第64話・迷い×決心

 体育館でウエディングドレスのお披露目が行われた日の放課後。学園内は二週間後に執り行われる花嫁選抜コンテストの話題で活気づいていた。

 家へと帰る為に下駄箱へと向かう間も、周囲に居る生徒達から花嫁選抜コンテストに関する話題が耳に入り、今回のイベントに対するみんなの注目度の高さが窺える。


 ――ホント、みんなイベント好きだよな。


 この学園は先生にしろ生徒にしろ、イベント好きが非常に多い。それはもう、この学園の校風とでも言っていいだろう。

 非常に浮ついた雰囲気ではあるけど、こういった感じは嫌いじゃない。ただし、リア充共が浮つくのを見るのは嫌いだがな。

 そんな浮ついた雰囲気の中を歩き、下駄箱で靴を履き替えてから校舎の外へと出た。


「龍之介せんぱーい!」


 校舎を出て間もなく、背後から弾んだ明るい声で名前を呼ばれて振り返ると、愛紗がこちらに向かって走って来ているのが見えた。

 やって来る愛紗の方向へ身体を向けると、俺はそのまま追いついて来るのを待った。


「先輩、今から帰るところですか?」

「帰宅部の俺は学園に居てもやる事無いしな。愛紗は?」

「わ、私も今から帰るところです。ぐ、偶然ですね」


 放課後にこうやって愛紗と遭遇するのはそう珍しい事ではないけど、もはや偶然にしては遭遇し過ぎなような気もする。

 だけど、そこはあえて言わないようにしておこう。言えば睨まれるだけだから。


「そっか。じゃあ、一緒に帰る? どうせ俺は独りで帰るところだったし」

「せ、先輩が一緒に帰りたいなら、私は構わないですけど……」


 愛紗はそう言いながら、俺の横を通り抜けて歩いて行く。

 こんな感じのやり取りも、これで何回目になるだろうか。俺と同じで愛紗も部活動には所属していないから、俺と遭遇しない時は独りで帰っているらしい。

 このように一緒に帰る時には、少しの時間だが愛紗とは色々な話をする。それこそ日常の些細な事から学園での出来事、昨日見たテレビ番組の内容まで結構幅広い事を話す。

 そしてそんな事を続けていたおかげか、何となく愛紗という子がどんな子なのかが分かってきていた。

 最近感じたのは、愛紗は結構寂しがり屋で恥ずかしがり屋だという事だ。事実、こうやって偶然遭遇した時に、『一緒に帰る?』と俺から言うのも、彼女にそんな一面があるのを感じたから。

 そして愛紗のそんな一面に気付いたのも、会話の所々で小さな頃の杏子を思わせるようなところがあったからだ。

 やれやれと思いつつも、『一緒に帰りましょう』と自分から素直に言えない愛紗をちょっと可愛く思っている自分が居る。

 そんな少し素直になれない後輩の後姿を見て、俺はちょっと微笑んでいた。


「な、何してるんですか!? 行きますよ、先輩!」


 立ち止まってそんな事を考えていた俺の方を振り返り、愛紗がこちらへと戻って来る。


「おう」


 お互いに歩み寄って合流したところで、二人並んで帰路を歩き始める。

 そして今日もいつものように他愛のない会話を交わして帰っていたが、いつの間にやら話は例の花嫁選抜コンテストの話題に変わっていた。


「せ、先輩は今度のコンテストに誰かを推薦するんですか?」


 そんな事を横目でチラチラと見ながら聞いてくる。

 今日は美月さんにも同じ事を聞かれたけど、女子はそんなに男が誰を推薦するかが気になるのだろうか。


「いいや。俺は誰も推薦しないよ」


 そう答えると愛紗は、『そうなんですね』と言って俺をチラチラと横目で見なくなった。


「そういえばさ、愛紗はコンテストに出るのか?」


 茜や美月さんの事もあり、ちょっと気になったからそう聞いた途端、愛紗は突然歩みをピタリと止めて俺の顔をじっと見てきた。


 ――な、何だろう……俺、何かマズイ事を聞いたんだろうか……。


 愛紗がこういう風にじっと見つめてくると、俺はなぜか条件反射で身構えてしまう。


「先輩、何で身構えてるんですか?」


 そう言いながら少しキツイ目で俺を見る愛紗に、このまま射殺されそうに感じてしまう。


「い、いや、別にそんなつもりはないけどさ」


 愛紗に怒られるのかと思ってつい身構えてました――などと言えるはずもなく、俺は曖昧な返答をして誤魔化す。

 そんな俺に対して未だ突き刺さるような視線を向けつつも、最後には『まあいいです』と言ってこの話題を流してくれた。そして何事もなかったかの様に再び二人で歩き始める。


「――先輩。さっきの話ですけど、もしも……もしもですけど、私がコンテストに出たら応援してくれたりしますか?」


 再び他愛のない会話をしながら歩き、学園から最寄り駅までの道を半分まで来た頃、愛紗は控えめな感じで唐突にそう聞いてきた。


「ん? コンテストに出るつもりなのか?」

「ま、まあ、先輩がどうしても出て欲しいって言うなら、考えなくもないですけど……」


 愛紗からの返答は、今日も変わらず平常運転の内容だった。

 それにしても、茜と美月さんもコンテストに出るとか言ってし、そうなると愛紗だけを応援するってのはマズイ気がする。

 多分、茜も美月さんも愛紗と同じような事を言ってくるだろうから、今回のイベントでは特定の誰かを応援するってのは避けたいところだ。


「愛紗には出場してほしいと思うよ。でもさ、もし出場しても、愛紗だけを応援するってのはできないかな」

「そっか……先輩には他に応援したい人が居るんですね……」


 何だか泣きそうな表情でこちらを向いてそう言うと、愛紗はそのまま俯いてしまった。別に愛紗を応援しないという意味ではなかったんだけど、言い方が悪かったのかもしれない。


「いやいや、特別応援したい人が居るって事じゃないんだよ。実はさ、俺の幼馴染と友達が突然出場するとか言い出してな。それでどちらも応援してあげようと思ってるんだよ。だから愛紗が出るなら、俺は愛紗の事もちゃんと応援するぞ?」

「そ、そういう事だったんですね……」


 泣きそうな表情から一変、愛紗はほっとしたような表情を浮かべた。


「あっ、そういえばさ、コンテストの優勝特典の事は聞いたか?」

「えっ? そんなのがあるんですか?」

「ああ。なんでも優勝したら、好きな相手とパンフレットにペアで載せてもらえるらしいぜ」

「ほ、本当ですか!?」

「おう。そうらしいぜ」


 愛紗の驚きの表情を見ていると、どうやらこの話はまだ完全に学園の生徒には浸透していないようだ。まあこの話も明日には正式に発表があるんだろうし、知るのが少し早いか遅いかだけの事だろう。

 そういえば愛紗って好きな人が居るっぽいし、その相手がどこの誰かは知らないけど、多分この学園に居る奴だとは思うんだよな。確証は無いけど。

 もしもそうなら、このイベントは愛紗にとって絶好のチャンスって事になるのか。個人的には愛紗がリア充街道を行くのは気が進まないけど、他ならぬ可愛い後輩の為に後押しくらいはしてやるか。


「なあ、愛紗が出場して優勝したら、好きな人と一緒に写れるからチャンスなんじゃないか?」

「な、何を言ってるんです!? そ、そんなの無理に決まってるじゃないですか…………」

「どうしてさ?」


 どうやら愛紗の慌て様を見る限り、意中の相手がこの学園に居るのは間違いなさそうだ。


「だ、だって……優勝して相手を選ぶって事は、その相手が好きなんだって告白しているようなものじゃないですか」


 確かに言われてみればそういう事になるのか。てことは、恥ずかしがり屋の愛紗にはかなりハードルが高いかもしれない。それに相手に対して好意が分かるのはチャンスでもあるけど、結構なリスクを孕んでるのも事実だ。

 でもまあ、選んだ相手=好きな相手って解釈も安直な気はするけどな。


「まあ、言いたい事は分かるけど、そこまで深く考えなくてもいいんじゃないか? 別に優勝したからって、絶対に意中の相手を選ばなきゃいけない訳じゃないしさ」

「それはそうですけど……」

「それにうちの妹なんて、『もしも優勝できたら、相手はお兄ちゃんを選ぶからね!』とか言ってるんだぜ。うちの妹ほどとは言わないけど、もうちょっと気楽に考えてもいいんじゃないか? せっかくのイベントなんだし」

「そ、そうかもしれないけど……」


 愛紗が再び難しい表情を見せる。その表情は、まだ何かが引っかかっていて吹っ切れないと言った感じにも見える。


「……でも私って背が小さいから、ああいうのって似合わないんじゃないかなって思うんですよね……」


 なるほど。愛紗が出場を躊躇している原因の一つは、自身の身長に対するコンプレックスもありそうだ。


「俺は見てみたいけどな、愛紗のウエディングドレス姿。凄く似合うと思うから」


 確かに愛紗の身長は高くないけど、それはそれで可愛らしい花嫁姿になりそうでいいと思った。

 俺は頭の中で愛紗の花嫁姿を想像してみる。その小さな身に純白のドレスを纏った姿を。

 想像の中の愛紗はドレス姿で恥ずかしそうにしながら、俺に向かってこう言うんだ。『幸せにしてね、先輩』――と。


 ――くうーっ! 可愛いやないか!


 こういった時に発揮される男子の妄想力――もとい、想像力は凄まじい。ありとあらゆる事象を瞬時に捻じ曲げ、自分に都合の良い世界を一瞬で作り上げる事が出来るから。


「本当に……そう思ってます?」


 恥ずかしげにそう聞いてくる愛紗はとても可愛らしく、見た目の小ささがそれを一層引き立てている。小動物的な可愛さとでも言えばいいだろうか。


「もちろん」

「わ、私は別にイベントに興味は無いですけど、先輩がそこまで言うなら、コンテストに出てみます……」

「本当か? そりゃあ楽しみだな!」


 にこやかにそう言うと、愛紗はどこか吹っ切れたような笑顔を浮かべていた。

 こうして二週間後のイベントに楽しみが増えた事を喜びつつ、目の前に見えてきた駅までの短い時間を、愛紗と一緒に笑顔で歩いて行った。

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