二年生編・花嫁選抜コンテスト

第63話・夢×憧れ

 暦も六月へと移り変わり、いよいよ明日にでも梅雨入りしそうな気配を見せ始めていたある日の午後。全校生徒が集まる体育館は俄かに活気づいていた。

 体育館へと集まった生徒の視線は、奥にあるステージ中央に向けられている。

 そこに向けられる生徒達の眼差しは人によって様々で、それは例えるなら、憧れであったり羨望であったりと、そういったものだ。まあそういった熱い視線を向けているのは、主に女子だろうけど。


「綺麗だなあ……」

「本当ですね……」


 俺のすぐ近くに居る茜と美月さんも、他の女子同様にステージ中央を見ながら恍惚にも似た表情を浮かべている。


「やっぱり女子はこういうの好きなんだろうな。なあ、まひろ」


 そう言って後ろに居るまひろに声をかけると、まひろはその問いかけに反応する事無く、他の女子と同じようにステージ中央をじっと見つめていた。そんなまひろの目の前に手をやり、ブンブンと横に振ってみる。

 するとまひろは、はっとした表情をしてからこちらを見てきた。


「あっ、どうしたの?」

「いや、別にどうしたって訳でもないけど、あれに見惚れてたのか?」


 そう言ってステージの中央を指差すと、まひろは少し顔を紅くしながら小さくコクンと頷いた。

 今日も今日とて、まひろの可愛さは最初からMAX状態だ。

 そんなまひろを少し微笑ましく思いながら、ステージでスポットライトを浴びているウエディングドレスの数々に視線を戻す。きっとあの純白のドレスには、女子の果てしなき夢や希望が詰まっているのだろう。

 ところで、なぜウエディングドレスがこの学園の体育館にあるのかと言うと、この学園の理事長がある有名なデザイナーと知り合いらしく、そのデザイナーから『ウエディングドレスのモデルを学園の生徒から募集したい』――とのお願いを受けたかららしい。

 噂によると理事長はそのお願いを快諾したらしく、それに伴ってモデルを集める為にこうやって実際のドレスを見せる事で女子生徒の熱気を煽り、モデル候補が集まりやすくするのが目的のようだ――。




 一通りドレスのお披露目が終わってから教室へと戻った俺達は、ウエディングドレスのモデル募集についての説明を担任の先生から受けていた。

 俺は配られたモデル募集の要項が載ったプリントにゆっくりと目をとおす。

 はっきり言って男にはまったく関係の無い事だが、まあどんな事でもイベント事というのは面白いもので、二週間後に行われる花嫁選抜コンテストがちょっと楽しみでもあった。

 それにしても、結構いい加減な募集内容だよなと、配られたプリントに目を通しながら思っていた。

 なぜかと言うと、『男でもドレスを着るに相応しい愛らしさを持っていればOK!』――などと書いてあるからだ。こんな内容を見れば、誰だってそんな風に思うのが普通だろう。どう考えたって、男にウエディングドレスが似合うはずはないのだから。

 仮にそんな事を可能にする男が居たら、是非とも見てみたいもんだ。そんな奇跡のような男が存在するのならな。


「ちょっと楽しみだね」


 右隣の席に居るまひろが小さな声でにこやかにそう言ってきた。そしてその時、俺はある重大な事実に気付いてはっとする。


 ――居たわ……不可能を可能にする逸材が。


 俺はまひろという奇跡の存在が居た事を思い出す。

 そして俺はさっき体育館で見たドレスの数々を思い出し、それをまひろが着ている様を想像する。


 ――Excellent《エクセレント》!


 その姿を想像した俺は、脳内に存在する花嫁姿のまひろに向かって拍手喝采を送った。

 もしも脳内に存在する花嫁姿のまひろが具現化できたなら、この学園中の人間がスタンディングオベーションをしてくれる事は間違い無いだろう。


「龍之介、どうかしたの?」

「えっ? あ、いや、何でもないよ」


 危ない危ない。最近、俺のまひろに対する妄想力が着実にレベルアップしてきているように感じる。気をつけねば。

 そんな俺を不思議そうに見ていたまひろが、可愛らしく小首を傾げた後で再びプリントに視線を戻す。

 この後、一通りの説明を先生がしてからホームルームが終わると、教室内は花嫁選抜コンテストの話題で持ちきりになった。コンテストは自薦他薦どちらも有りなので、端的に言えばこの学園に居る全女子生徒が応募してもいいわけだ。

 だがまあ、まずそんな事にはならないだろう。なぜなら既に視界に入る範囲だけでも、女子同士の牽制のようなものが始まっているからだ。

 それは例えるなら、『〇〇ちゃん、凄く可愛いんだからコンテストに出てみなよ』、『えーっ! そんな事無いよ。〇〇ちゃんの方が可愛いんだから、絶対に出た方がいいよ。私、応援するから!』、『えっー!? 本当に? 〇〇ちゃんがそこまで言うなら出てみよっかな』――的な事だ。

 女子というのは実にしたたかなものであると、男である俺は多々感じる。


「龍之介さんは誰かを推薦したりするんですか?」


 前の席に座る美月さんが振り向いてそう尋ねてきたが、俺は即座に頭を左右に振った。


「いいや、特にそんな予定は無いよ」

「龍ちゃんは誰も推薦しないんだね」


 右斜め前の席からこちらを振り向いた茜が、何だか残念そうにそんな事を言う。


「まあ自主的にそんな事をしなくても、十分に楽しめそうだしな」

「龍之介さんは私のウエディングドレス姿、見てみたいですか?」


 そう聞かれた俺は、花嫁衣裳を着た美月さんの姿を想像してみる。


 ――Хорошо《ハラショー》!


 思わず心の中でロシア語が飛び出す程に素晴らしい美月さんの花嫁姿が脳内に浮かんだ。


「そうだね、見てみたいかも」

「りゅ、龍ちゃん! 私は? 私のはどう? 見てみたい!?」


 美月さんにそう言ったからかは分からないけど、茜がそう言いながら寄って来た。正直、鬼気迫る表情をしていて怖い。


「お、落ち着け茜! み、見てみたい! 見てみたいって!」


 胸元を両手で掴まれてグラグラと揺らされていた俺は、それを止めさせる為にそう言うしかなった。

 しかしまあ、茜はそれで納得してくれたらしく、『そうなんだね!』と満面の笑顔を浮かべながら胸元を掴んでいた両手を放してくれた。


「でも、やっぱり人前に出るのは恥ずかしいよね」

「そうですね」


 茜と美月さんは顔を見合わせて苦笑いをしていた。この様子だと、二人が自らコンテストに参加すると言い始める事は無いだろう。


「あっ、お兄ちゃーん!」


 二人の様子を見ながらそんな事を思っていると、なぜか一年生の杏子が元気に教室へと入って来た。そのにこにこした表情を見ていると、何だか嫌な予感がしてくる。


「どうした杏子? こんな所まで来て」

「花嫁選抜コンテストについての新情報を持って来たの!」


 流石は我が妹と言うべきか、やはりこういうイベント事には積極的だ。まったく、いったい誰に似たんだか。


「ほほう。で? その情報ってのは?」

「あのね、コンテストに優勝した人は、好きな相手とドレスの宣伝用パンフレットに載る事ができるんだって!」


 杏子の持って来た情報が本当なら、それは男子にとっても嬉しい話になるだろう。上手くいけばウエディングドレスを着た好きな相手とパンフレットに載れるわけだし、カップルが多いこの学園にはおあつらえ向きのご褒美内容だと思う。

 そんな事を思いながら周囲に視線を向けると、杏子が言った内容がみんなに聞こえていたのか、クラスの男子がざわめき始め、女子の目の色も変わったように見えた。


 ――やれやれ、結局みんな考える事は一緒か。


「それでね、お兄ちゃん。私もコンテストに参加する事にしたから。もしも優勝できたら、ちゃんとお兄ちゃんを選ぶから安心してね。じゃあ!」

「お、おいおいっ!?」


 杏子はそれだけ言い残すと、まるでスキップでもするかの様に軽やかに教室を出て行った。


 ――アイツはいったい何を考えてんだ? 例え優勝しても、ウエディングドレスを着た妹とタキシードを着た兄貴が並んで写るなんて、いくら何でもヤバ過ぎだろうが……。


「杏子ちゃん、張り切ってたね」

「アイツはこういったイベント事が好きだからな」


 苦笑いを浮かべながらまひろと話をしていると、近くに居た茜と美月さんが何やら小さくボソボソと呟いていた。


「二人共、どうかした?」


 その声にはっとした様にした二人が、同時に俺を見てくる。


「龍之介さん! 私、コンテストに出ます!」

「わ、私もコンテストに出るよ! 龍ちゃん!」

「えっ? ええっ!?」


 さっきまでコンテスト出場には消極的だったのに、いきなりどうしたんだろうか。


「い、いきなりどうしたのさ?」

「せっかくのイベントなんですから、楽しんでみようと思ったんですよ」

「あ、杏子ちゃんも楽しもうとしているみたいだし、私もそうしようかなーと思っただけよ」

「そ、そうなんだ……」


 つくづく女子のこういった心境変化は分からない。俺は目の前で気合を入れている二人を見ながら、どうしたものかと溜息を吐く。

 このコンテスト、面倒な事にならなければいいけどな。

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