私の知らない世界の私。

みゅーと。

織田波留の場合。


校舎の隅で、普段は存在すらも忘れていた桜の木が今ここぞとばかりに花を咲かせている。


毎年気づいた時にはすでに冬の寒さが過ぎ去って、いつのまにか春の暖かさを鳥や虫、雑草や花が一緒に連れて来る。アスファルトの割れ目からも緑が顔を出し、そこにはてんとう虫が止まっている。花も虫も小さいながらも桜に負けまいと精一杯に自分の自分の存在を主張する。


そこで初めて、たった1つだと気にも止めないような小さな主張がたくさん集まって「春」というものを全力で表現しているとことに私はやっと気づいた。


もう花粉症の季節か。と少し憂鬱になりながらも、外のふわふわな陽射しを浴びるとそんな気持ちも融けて消えていった。





「今日が最後です」


と言う先生の声でふわふわの意識が夢の世界から現実へと戻ってくる。



そう、学校に通うのは今日が最後。


3月1日は卒業式。



親戚のおじさんや近所のおばちゃん、その他大勢の大人たちは皆一同に

「高校生ってのは一番楽しい時なんだよ、いっぱい遊びなねぇ。あとから後悔しても遅いんだからぁ。」と私に言ってきた。


そりゃーいつだっていっぱい遊んで、人生を楽しみたいよ。とか思ったりするあたり、私はまだまだ子供なのかもしれない。



誕生日が3月の私は卒業してから18歳になる。そのたった1週間後に19歳になる結衣と同い年なのが不思議だ。


それなのに結衣はまるで子供のように気まぐれで純粋で、生きてる中でだんだんと染みついてくはずの大人の汚い部分が何も染みついてない感じだ。


小さい頃の私の夢はお花屋さんだった。

けれど、いつからかそんなのじゃ、やっていけないと思い始めていた。


当たり前のことだけど、そう思うことが悲しかった。


気づいたら子供じゃなくなって、自分も大人の毒に浸り始めてるみたいだ。あとどれくらいで全身が大人の毒に馴染むのか。



私は小さい頃、誕生日が早いのが羨ましかった。


でも今は違う。


ずっと17歳でいたい。


受験勉強なんかしないで毎日ふらふらと近くのショッピングモールで結衣たちと戯れたり、放課後の吹奏楽部の練習が聞こえる教室でガールズトークしたり、、、そんな日がもう来ないのかと思うと、やっぱり歳をとりたくない。



そのうち、どこどこの夫が不倫したんだって、とかだれだれさんちの会社が破綻したらしいのよ。とかそんな噂話を公園で話す時が来るかと思うとゾッとする。



結衣は都内の私立大学への進学が決まっている。


こんな田舎暮らしは嫌、私は都会の女になる。

なんて無邪気に言って10月のうちに推薦で合格を決めた。


私はその決断力と行動力が羨ましくもあり、でもそんな理由で将来を決めていいのかと疑問にも思った。


それ以降結衣は、

都会の女になるための勉強しなきゃね。

と言って毎回東京の話をする。


あっちは電車が5分に一本は来るんだって!と目を輝かせて楽しそうに話す結衣を見てると羨ましさがぐっと増す。


でも結衣は私に対し嫌味がないから、聞いてて私も楽しかった。


今日の卒業式が終わっても進路が決まってないのはクラスで私1人。


国立大学への進学率があまりよくないこの高校の卒業生はほとんどが私立大学に入学する。


私は国立大学入試がつい先日終わり、あとは発表を待つだけになっている。


もう今からどんなに勉強しても何も変わらないことはわかってるけれど落ち着かず、頭の中は常に数学の公式や英単語がぐるぐると周り続けている。


あと4日生まれてくるのが遅ければ、あと1年勉強できたのにな…なんてこと考えてるあたり、やっぱり私はまだ子供なのかもしれない。



気づいたらHRでの先生の話が終わってて、あとは卒業式の会場に在校生が並び終えるまで教室待機となっていた。


教室内は普段の倍くらい賑やかで、皆の声もやけに大きく騒がしかった。


そんな中でも近くの男子たちはいつもと相変わらない。


「昨日の夢にアイドルの春野沙紀が出てきてさ〜」


「羨ましいなオイ〜!」


「いや野村奈美の方が可愛いだろー。」


とか話してて、この男子たちはまだまだ子供に感じる。


こういうところ男子って子供ぽくてかわいいよなーとか横目で思う。



その奥ではクラスのスクールカーストに馴染めなかった男子が1人で机に伏して寝ている。


いつも1人で、業務的な話以外では喋ったことがない。


きっと、今日が終われば生まれ変われる、新しい自分で大学からはやり直すんだ。なんて思ってるんだろう。



そんなことを思ってる私は、スクールカースト上位では無いけど決して下でもない狭間に位置していると思ってる、あくまでも、思っている。


トップは愛理と駿が率いる男女4人だ。


愛理は既に髪も金髪に近い色に染めていてピアスの穴まで開けてる。


もちろん先生に注意されたが気に掛ける事もない。


適当に「はーいすいませーん。」とあしらうだけだった。


そんなやりとりを見て駿は、お前ヤンキーだなーとか言ってるが本人も似たようなものだ。


スクールカーストの上位に位置するからと言って尊敬されてるわけではなく、むしろ私は冷めた目で見ている。


昨日カレシとヤったんだけどさ~とか大声で話してるのを聞いて、きっと他のみんなも似たような事を思っているだろう。


愛理は卒業したら看護の専門学校に行くらしい。


あんな看護師にお世話になるなんてゴメンだ。

そう思った時に私は彼女の夢を1つ否定してしまったような気がした。


じゃあそんな私は、皆から受け入れられてるのか、私の夢はみんなに誇れるものなのか、なんて考え始めたら怖くなった。

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