*11*初めての
あんなに真剣な楓、初めて……。
悶々としているうちに駅前へ到着。
おびただしい人が闊歩する昼下がりの片隅に、ひょろ長いあいつはたたずんでた。
あたしを見つけるとフィールドジャケットのポケットから手を出し、もたれていた街路樹から細い身を起こす。
「お疲れ」
「……どーも」
いつもマシンガンみたいに続く会話は、これっきり。
やけに胸がざわつく。息を吸えば、真冬の冷気にのどが凍りつきそうだった。
「……意外だったな。ユキさんがメイド喫茶でバイトしてたの」
先に会話の糸口をつかんだのは、楓。あたしも探り探り言葉を返す。
「キャラじゃないけど、この辺じゃ一番時給よかったし……」
「似合ってたよ。見惚れた。そんで……やな気持ちになった。俺のほかにも、こんなユキさん見てたやつらが大勢いるんだって」
下田さんや木村さんだって、悪気はなかった。そんなのわかってる。だけど。
「ユキさん……俺、すごく悔しい。茶化されて、ポロッと零れたみたいに知られるのが情けない。でもっ……この気持ちは、もうごまかせない……!」
「ちょっ……」
「好きだ……っ」
たった1歩で詰められた距離。
腕をつかまれたあたしは、みるみる抱きすくめられていく。
「そんなっ、あり得ないよ!」
「……何が」
「楓は勘違いしてるの! ふれても平気な異性が、たまたまあたししかいなかったから……!」
「たまたまさわれたから、ユキさんのこと好きになったと思ってんの? 違う。ユキさんが好きだから、ふれられたんだ」
腰を絡め取る腕。
驚きのけ反った先で、熱に浮かされた瞳を仰ぐ。
――心臓が飛び跳ねた。
あたしを映す瞳が、あまりに甘やかで……。
「一目惚れはやだ? 信用できない?」
「そんな、ちが……」
「じゃあ聞いてよ、俺の気持ち。ユキさんが好きだ。可愛くてしょうがなくて……大切な女の子なんだ」
なんだ……なんだこれは。
だってあたしの知ってる楓は、ヘタレで、バカで。こんな大衆の前で何かするとか、あり得なくて。
鎖で繋ぐように、掻き抱いたりしない。かすれた低音で、囁いたりしない……。
……そうやって、楓の全部をわかったつもりでいたんだ。
「……本気だから」
「待ってかえでっ……だめっ!」
どうして考えなかったんだろう。立ち止まって、向き合わなかったんだろう。
向けられた好意がたしかなものだったこと。
だからこそ、愛おしげに頬を撫でた楓が次にどうしたいかなんて……ほんの少し考えを巡らせたなら、辿り着けただろうに。
愚かなあたしは、痛感するのだ。
「……んぅっ!」
押しつけられた唇の熱さを。堰を切ったような楓の熱情を。
真冬の冷気さえ入り込めない抱擁を一身に受け、今さら思い知る。
「っは……だ……や、だ……」
か細い懇願に、わずかながら離れる熱。
泣きそうなのは、あたしだけじゃなかった。楓だって、顔を歪めていた。
「嫌なら、なんで突き飛ばさないんだ」
「だって……かえでが……っ!」
「こんな近くにいるから、止められなくなる……これ以上、俺を苦しませないでくれ」
「かえでっ……やっ……セ――」
「頼むから……俺のこと見て。好きだって返して……! それ以外、何もいらないから……っ!」
応えてほしい、と願いながらも、言葉を紡がせてはくれない。
いっそ思考回路を壊してしまえと、キスの雨を降らせる楓は……捨てられた子犬のように怯えていて。
あたしは戸惑い、しがみつくのがやっと。
近すぎて、楓が見えない。与えられる熱が、ひどく悲しい……。
「っ……ユキさん……」
苦しい……苦しい、苦しい。
「ユキさん…………ユキ」
窒息しそうなほど、深い感情……愛。
「幸……っ!」
何度も何度も繰り返される声音にあてられて、熱い……身体が、燃えそうなの。
甘い熱を逃したくて身をよじる。
伸ばした指先が虚空を掻いた瞬間だった。
糸が切れたマリオネットのように、あたしの世界はブラックアウトした……。
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