モスマンに占領された町(その1)
一、荒野を走る二台。
正午。
雲一つない青空のど真ん中に昇った太陽が、見渡す限りの荒野に容赦なく強烈な熱線を浴びせていた。
一直線に荒野を貫く車道に
その黒々としたアスファルトの一本道を、二台の四輪駆動車が前後に
前を走る車はメタリック・レッド。
後ろに付いて走るのは、シルバーの車体。
どちらも大きなタイヤを四輪に装着し、丸太などの障害物を乗り越えらるよう最低地上高を充分に取った頑丈なフレームを持っていた。
そのラダー型フレームの上に搭載された五人乗りの四角いハッチバックボディ。
後部荷室の扉には鉄パイプの
屋根の上に機関銃を
かつてこの世界に文明が存在した頃、この荒野はクルマが左側を走る国の領土だったのだろうか。
運転席は二台とも右側にあった。
後部座席のさらに
後部座席と荷物の間には背もたれを三十度倒す程度の隙間しか空いていない。
積み上げられた荷物と座席との間は頑丈な化学繊維のネットで仕切られ、荷崩れを防いでいる。
誰も居ない、何もない、天に昇った太陽がジリジリと照り付ける炎天下の荒野を、赤色と銀色、二台の四輪駆動車が走る。
前を走る赤い四駆に乗るのは三人の男女。
灼熱地獄の外とは対照的にヒンヤリと冷房の効いた車内でハンドルを握っているのは、大柄な筋肉質の女だった。
髪を短く刈り、両耳に大きな
町から町へと巡業して「女子プロレス」と呼ばれる見世物を出す一座が有るというが、もし運転席の女がその巡業一座に加われば間違いなくチャンピオンだろうという体格の持ち主だった。
助手席に座るのは、その大女よりもさらに二回りほど大きな男。
こちらも三十歳前後に見える。
少し倒した背もたれに身を預け、腹の所で両手を組んで目を閉じているのは居眠りか、それとも瞑想でもしているのか。
筋肉の盛り上がった体にカーキ色のタンクトップ。アーミーパンツ。
子供の頭ぐらいはあろうかという大きな筋肉の
そこから生えた
黒光りする
ふと助手席の男が
変速ギア・レバー、
パーキング・ブレーキは運転席をの足元から引き上げるステッキ式だった。
ダッシュボードには無線機。無線機のフックには
そして、もうひとつ。人差し指と親指が当たる部分に、ボタンあるいは銃の引き金のような装置が付いたレバーがあった。
助手席の男が、その引き金の付いたレバーをぐりぐり動かす。
鉄製の義手は、まるで男の本当の腕のように、かれの意志の通り自由自在に動いた。
レバーに合わせて屋根の上の機関銃が上下左右に動く。
機銃を固定している台座をモーターが動かすウィィン、ウィィン、という音が屋根から車内に伝わった。
「ハマキ、
「機関銃で遊ばないで。
いざという時に故障したら、どうするつもり?」
ハマキと呼ばれた助手席の男は、分かった、分かった、という風に右の義手を振って、再び腹の上で両手を組んだ。
「もう
後部座席からの声に、助手席の男……ハマキが振り返る。
後ろに女が一人座っていた。
柔らかそうな黒髪のショートカット。運転席の女とは対照的な細身の体。
前席の二人と同じような動きやすい薄手の服を着ている。
「もう
冷たく無表情な顔を前方に向けて、再び後部座席の女が言った。
ブツ、ブツ、と途切れるような発音。声に感情が無い。
黒くて大きな瞳が、真っ直ぐ伸びる道路の先を運転席の肩越しに見つめている。
「町? 大きな町か? ナヴィ」ハマキが聞いた。
「それほど、大きくは、ない」ナヴィと呼ばれた後部座席の若い女が首を振る。
「人間の支配下か? それともやつらの?」
「わからない」もう一度ナヴィが首を振る。
ハマキはフロントガラスの向こうに視線を戻した。
目を細める。
……見えた……
荒野の向こう、アスファルトの先、地平線の真ん中から低い建物群が現れた。
まだ豆粒のような大きさだが、このまま進めば
「どうする? ハマキ」運転席の女が言った。
「お前はどう思う? コハク」ハマキが
大小の石がごろごろしているとは言え、マクロ的に見れば荒野は山も谷もない平坦な土地だ。
彼らの乗る四輪駆動車なら(乗り心地を別にすれば)舗装路を外れて道なき道を走るのは難しい事ではない。
「昨日の点検では、エナジージェルは最大備蓄量の半分。
ここらで補充出来れば
水と弾薬、医薬品関係は充分だけど……可能なら食料は手に入れておきたい」コハクと呼ばれた運転席の女が言った。
「ふむん」しばらく考えた後、ハマキがダッシュボード中央の無線機から下がっているマイクを取った。
「二号車、聞こえるか」スイッチを入れ、マイクに向かって言う。「目の前に町が見えた。侵入する。以上」
マイクを置いて後部座席を見ると、ナヴィが9ミリ・クリスタル弾仕様の小型ピストルを取り出し、左手でスライドを引いて薬室に初弾を装填していた。
二、二号車の男たち
「……で、その『アキハバラ』って街には、な、電器屋って名前のでっかい建物が何軒もあって……」
後続の銀色の四輪駆動車の中で、運転手の男が、助手席と後部座席に座る二人の男たちに向かって話しかけていた。
しかし同乗者たちは全く聞いていない。
「いろんな
タンケンお前テレビって
運転席の男はベラベラと
二十五歳前後。
頬のこけた面長。いかにも軽薄そうな顔つきだ。
「おい……タンケン、聞いてんのか? 何か答えろよ」
「え? 何だって?」窓の外をボンヤリ眺めていた後部座席の男が視線を前に向ける。「良く聞こえなかったんだ。何て言った? ゼンセ」
まだ少年らしさの残る顔。
「ったく、しょうがねぇな。
テレビだよ、テ・レ・ビ。
「テレビ……分からないな。
俺、ゼンセと違って『冷凍睡眠』前の記憶はそんなに多くないんだ」
「テレビってのはな、まあ、この無線機みたいな物なんだ」そう言って運転手のゼンセがダッシュボードの黒い箱をコンッ、コンッ、と指で
「うーん。良く分からないけど……コンピュータの画面みたいな物か?
コンピュータなら見た事あるよ。
前世……『冷凍睡眠』前……じゃなくて目覚めた後に」
「え! お前、コンピュータ見た事あるのかよ!
ど、ど、どこで?」
「名前も無いような町だったな。
俺、このチームに合流する前の一年くらい、あちこちの町を転々としていたから。
まあ、今でも似たようなもんだけどさ。町から町への放浪生活って意味じゃ」タンケンと呼ばれた後部座席の若者が言った。
「そ、そうか。なら、話は早い。
その通り。コンピュータに接続されている画像装置みたいなものさ。
ただ、一点違うのは、コンピュータと画像装置はコードで
「受け取るって、どこから? 画像電波の発信源は何さ?」
「そ、そりゃ、おめぇ……俺も、そこまでは
「あはは……タンケン、あんまり追及するな。ゼンゼの
四十歳くらいの男だった。二台の四駆に三人ずつ分乗しているこの『チーム』の中では一番の年上だ。
黒い
「ちぇ、ひでぇな、ハカセ。
『冷凍睡眠』前の記憶に関しちゃ、俺は、誰よりも自信があるんだ。
記憶がブツ切りで所々抜けていて一貫性が無いのは仕方ないだろ。
ハカセ、あんただって……それから後ろに座っているタンケンも、一号車に乗っている連中も……この世の全ての人間が記憶喪失なんだからな。
俺は、あんたらより、ずいぶんマシなんだぜ。
『睡眠』前にどんな生活をしていたかだって、
「ふん」ハカセと呼ばれた男が鼻を鳴らした。「どうだか」
その時、無線機のランプが点灯し「ガリッガリッ」という空電音を発した。
「二号車、聞こえるか」一号車に乗るハマキの声をスピーカーが伝える。「目の前に町が見えた。侵入する。以上」
二号車の男たちの間に緊張が走る。
すぐに助手席のハカセが拳銃を取り出し、薬室に9ミリ・クリスタル弾を装填する。
さらに後部座席のタンケンから同じ9ミリ・クリスタル弾仕様の短機関銃を受け取り、遊底を前後させてこちらにも初弾を装填した。
後ろを向くと、タンケンも同じように9ミリの拳銃と短機関銃の準備を終えた所だった。
銃器の準備を終えたあと、タンケンは座席の下から短剣を取り出し、プラスティックの
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