職業は陰陽師兼勇者です

浮只深 伯智

第一部 異世界観光編

プロローグ

第零話 日常

 黒髪の少年が町中を駆け回っていた。

 しかし、いつものこの時間なら見えるであろう夕日はその姿を隠し、他の人は誰もがその動きを止め、世界は灰色で埋め尽くされている。

 さらに少年の周りでは、無数の化け物たちが自らの力を示すように暴れまわっている。

 明らかに異常な状態だった。

 化け物の力は人では到底太刀打ちできるようなものではない。

 たとえ人が動けていたとしても、逃げ惑うことしかできなかっただろう。

 ただ、それはの話だ。

 少年は、左手に持つ刀と普通の人間ではできない奇跡を顕現する力を使い、次々に化け物を倒していく。

 それは、どこかの神話の一節かのような光景だった。

 やがて最後の一匹を倒し、世界にはいつもと同じ夕焼け色が戻った。

 それを確認して、少年は物陰で武装を解いた。

 そのタイミングで背後から声がかかった。


「そっちも終わったみたいね、ハル」


 後ろを振り向くと、そこには見知った少女がいた。

 少女の名は代中よなか栞璃しおり

 後ろで一つに束ねた黒髪と、軽いキレ目が特徴の美少女であり、ハルと呼ばれた少年、祠堂しどう晴臣はるおみと同じく、の一人だ。


「ああ、今さっきな。まったく、学校帰りで疲れてるっていうのに『異形いぎょう』どもはなんでこんなタイミングが悪いんだ」


 『異形いぎょう』、これがさっきの化け物達の総称だ。

 異形いぎょうには多くの種類があり、そのどれもが人と敵対する。

 存在が確認されたのは室町時代のことであり、それから数多くの戦いが人と異形いぎょうの間で繰り広げられてきた。

 そんな戦いは今現在も続いており、異形いぎょう根絶のため、を持つ者達は日夜命懸けで奮闘している。


「こっちのタイミングで終わったってことは、お前の方が早かったてことか」

「ええ、私の方が二十分は早かったわね」

「そんな早かったのか。それなら終わった後何してたんだ?」

「そこの屋根の上で観戦してたわ。ハルが苦しんでいる姿は、見ていて面白かったわ」

「鬼かよお前? 危なくはなかったけど助けろよな」


 ……命懸けで奮闘している。

 誤解しないでほしい。これはこの二人が異常なだけであり他の方々は本当に命懸けなのだ。


「そんなことより早く帰りましょ。汗がベタついて気持ち悪いわ」

「そんなことよりって。まあいい、俺も今日はさっさと寝たい」


 帰路につこうとし二人が物陰から出ると、ちょうど見知った顔と遭遇した。


「あれ? 晴臣先輩と栞璃先輩じゃないですか。ここら辺にいるのは珍しいですね」


 そう言って声をかけてきたのは二人の高校の後輩、天地あまちみおだった。

 セミロングの茶髪はしっかりと手入れされており、運動部らしい、ちょっと焼けた肌が、彼女の活発な性格をよく表している。


「ああ澪か。いや、この辺に中学の頃の友達がいてな。今日はそいつと会ってたんだ」

「栞璃さんもですか?」

「ええ、私もその人とは面識があってね」


 こういう時の言い訳は後々面倒臭くならないよう、二人でしっかり考えてある。

 中学の頃、一度それで失敗してからは、そこをよく気をつけるようにしいていた。


「天地さんはどうしてここに?」


 栞璃ができるだけ違和感のないように話を逸らす。

 もちろんそんなことには気づかない澪は、そのまま笑顔で話し続ける。


「私は晩御飯の買出しです。私の家は父母が忙しいですから、こういうのは私の役目なんですよね。ちなみに今日はカレーです!」


 晴臣はそう言いわれて、澪の持つ二枚のビニール袋を見る。確かに、その両方には今晩の食卓に並ぶのであろう食材が入っていた。

 だがその量は一家族では到底消費しきれない量に見えた。

 その視線に気づいたのか澪は、


「いやー、実はスーパーが特売日で買いすぎちゃったんですよ」


と、照れくさそうに答えた。

 晴臣はそれを聞いて苦笑した。一人暮らしをしている晴臣も似たような経験があったのだろう。

 そして、それがどのくらい重いのかも知っていた。


「女子が一人で持つには重いだろ。家まで持ってってやるよ」


 そう言って澪からビニール袋を奪った。


「え?! いや、それは悪いですよ! 先輩も学校で疲れているでしょうし」


 澪がそう言うが、なかば強引に取られたビニール袋は帰ってこない。

 そんな様子に見兼ねた栞璃が口を開いた。


「いいのよ天地さん。そんな馬鹿は馬車馬のごとくこきつかってやれば」


 そう言われるが澪はやはり申し訳なく、少し考えて良い案を思いついた。


「そうだ! それなら、お二人とも私の家で晩御飯を食べてってください。どうせ材料も余っているので!」


 言われた二人は顔を見合わせ頷いた。


「それなら、お言葉に甘えてご馳走になるか」

「ええそうね。それに、ハルを天地さんと二人っきりにして何かあったら申し訳ないわ」

「なにもしねーよ」

「そんな度胸ないものね」

「余計なお世話だ」


 そんな二人の掛け合いを見て澪は笑った。


「どうした?」

「いえ、仲がよろしいな、と」

「天地さん、それは不快よ」

「おい、なんでだよ」

「まあまあ、日も暮れちゃいますし早く行きましょう」


 澪に諌められた晴臣は納得がいかなそうな顔で歩きだそうとした。

 しかし、そこで違和感に気づく。

 人がいないのだ。

 いくら夕暮れで人通りが少ないと言っても車の1台くらい通ってもいいはずだがそれさえもない。


「栞璃」

「ええ、分かってるわ」


 栞璃もその違和感に気づき原因を探り始めた。

 そんな二人の様子に何かあったのかと思って 澪が聞こうとしたその時だった。

 突如として、三人の足元に光り輝くが姿を現した。

 この異常事態に即座に反応した晴臣はまず、近くにいた澪を庇うように抱え込んだ。

 そしてこれはと考え栞璃の方を向いた。

 しかし帰ってきた言葉は


「ハル! これは駄目なやつよ!」


 今までにないくらい焦った栞璃の声だった。


「せ、先輩!これ、何が起こって!?」

「俺にもわからん!とにかく絶対に俺から離れるな! 」


 栞璃が駄目だというのならどうしようもないと判断し、晴臣は何が起こっても対処できる準備を始めた。

 そして、そこで魔法陣の光が一層強く輝いた。

 辺り一面を光が覆い尽くし、それが消えると三人の姿はなくなっていた。

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