第24話 2085年クリスマス 千葉県 千葉市 柏区 柏ニュータウン

木々雑草蔦が鬱蒼とした柏ニュータウン 忘れ去られた時の向こうの幸せな住宅街も今や人の気配も無し 街への出入り口には、右側面が穴だらけの白い改造ラシーン 

そして松本家宅まで歩く一行


「家主が来て刈り込まれた家もあるけど、手入れがまばらだな」最上、見渡し溜息

花彩、片手に小さい骨壺を持ちながら

「皆さん、日本から移住したまま中々戻って来れないですからね、移住した先の墓地で法要など済ませています」

「我が家を懐かしむゆとりも無いなんて、未だそんな時代なのかしら」天上、ゆっくり住宅街を見渡す

階上、手にはクリスマスケーキの箱

「この日本、いや関東は、廃れ過ぎて余裕なんて無いですよ 特にこの辺は幹線沿いまで出て来ないと配給に有り付けませんて、暮らすなんて無謀ですよ」とくとくと「それより、穴だらけの改造ラシーンの修理、やっぱり静岡まで行かないと駄目か いや横浜の日産グローバルセンターに頼み込もうかな、はーーそれも駄目か、改造しまくってるからメーカー保証も何もないわな、どうしようかな」

「まだまだ廃車にするには勿体ないわ、日産の常務に便宜を計って貰うわね」口角の上がる天上

「うわ、何か悪巧み、勝手に魔改造か、但しこれ以上は重く出来ませんからね」吐息の階上

「まだまだ乗れますよ 何より大晦日の『あなたの向こうで』控えてますからね、日産さん良い宣伝になりますよ、階上さんの日産改造ラシーン頑丈でしたから」花彩綻ぶ

「うわ、それがあった、やべっつ、穴だらけにして絶対怒られる」目を覆う階上

尚も悪戯な笑みの天上

「そうね、当分改造ラシーン借りるわね 如何に分厚い装甲か、ショールームに飾って貰いましょう、証拠が無いと年末の特番も信じて貰えないでしょうから そうね、そののちに復刻版も視野に入れないと需要に応えられないわね」

「機関銃にも爆風にも耐えたんだから、良い宣伝だろ階上、CMも夢じゃないぞ」鼻で笑う最上

「駄目だ駄目だ、まんず緊張すると訛るし、ビキニのCMタレントなあんて、わがんねわがんね」階上頻りに手で仰ぐ

笑いを堪える一同

「無理に空気作るな、階上」最上諭す

「最上、空気迄斬るなよ」嘆息の階上



大きな通りを曲がる一行

「いっそ、帰りにでもこの辺一帯野火送りしましょうか、餞になりますよ」最上辺りを見渡す

「最上さん駄目ですよ、皆さん苦労して我が家を手に入れたんですよ、ローンだって凍結したままの人も多いんですよ」花彩鼻息も荒く

「とは言えこれでしょう、配管もいい加減ボロボロだろうし、柏ニュータウンだっけ、復活は有り得ないよ」階上宥める様に

食い下がる花彩

「でも、関東は埼玉原爆・多摩原爆・茨城原爆・群馬原爆、そして東京湾原爆は2回の半減期はとっくに過ぎています、その気になれば復興できます、そう、その気になれば」

「それで、昨年度の日本の歳入幾らだっけ、」最上、花彩を見据える

言い淀む花彩

「…人口1800万人でやっと5兆円の大台です、今の日本にニューディール政策継続は有効です」

ふと歩みを止める天上

「それは駄目よ、インフラ整備と言え三次団体が年々増え、有りもしない国益に繋がってるのよ、また元老安良神部会みたいのが出て来て搾取されるわ そう、また誰かが戦うのよ、この国は」

「俺は構いませんよ、役目ですから」最上毅然と

「大義を忘れたの、最上 ここ最近で腑抜けたかしら」天上、吐き捨てる

「この俺がですか、全ては流れのままですよ」対峙する最上

間に入る階上

「まあまあ、今の状況もこれはこれで復興の過程としては有りですし、日本人が戻ってくれば、また上向きますよ、そうですそうです、ねえ花彩」花彩に振り向く

「ええまあ、日本への帰還の年齢制限が撤廃されました、日本国民としての本懐も理解されるでしょうし…えーと、放射能も何とか基準値ですし、そう半減期も今や無いものですし…」言葉を探す花彩

「駄目よ この国にこんなにたくさん、25個も原爆落とされて、悲惨な出来事忘れながら楽しい日常送れると思うの 復興は大切だけど限度と限界があるの、諦めろとは言わないけど、まだまだゆっくり時間を掛けるべきなの」天上、花彩を見つめる

口を尖らす階上

「でた、ユーロ至上主義 日本から出たくても出れない人いるんですよ」

「それも甘えよ」天上ピシャリと「審査は有るけど日本からの移住許可は何処の国も受け入れてるわ 全ての道はローマに通じます、ねえ花彩さん」頬笑む

躊躇う花彩

「やはり、ローマに行かないといけないのですか」

ゆっくり頷く天上 

「すでに花彩さんのご両親から了承は頂いています、どうしてもあなたを保護しなければなりません」

「何の因果か、私も昔からしつこく誘われてるけど、でもね…」階上、思いを巡らすも「いや、従兄弟の漣子ののアップルパイを食べる為に日本に残ってるのにさ、いやー旨いんだこれがね、ふふ、ゆくゆくは私自らりんご農園経営して多角経営だよ」頬笑む

「おお、それならローマでインターンどうでしょう、ローマの北部にりんご農園有りますよ、栽培・加工・ドルチェ・レストラン、もう夢が盛り沢山 階上さん、私も学びたいくらいです、うんうん」花彩嬉々と

最上クスリ

「結局ローマ好きなのかよ」

「うーーん、結論はそうかもしれませんけど、そこに至る過程が、」花彩、溜息

「そうね階上、週末は聖都ローマの私の家で料理の修行もいいわね、私が不在の時でも娘も負けず劣らずだから、そうしなさいよ、階上」天上、寂し気に頬笑む

「天上さんも事情知ってるくせに、でも夢ね、それもいいかな、いやいや実家の事細かい状況もあるし、むー」唸る階上

「いいわ、階上は一族の事情があるから無理強いはしないわよ、ゆっくり考えなさい」天上溜息混じりに

「まあ花彩も、これから有名人だしな 何より可愛いから、ローマで手厚く保護しないと」最上、事も無げに言い頬笑む

花彩その場で弾んでは

「可愛い、それ嬉しいですよ、最上さん」

「ふん最上、どうせローマに着いたら大道芸の助手だろ」俯く階上「いや、まさか恋したか」階上目を見開く

「さあ、佇まいに惹かれるのは確かだ、後5年は欲しいかな」最上クスリと

「その最上の笑顔、見た事無いわね、全く」思案顔の天上

「マジかー」階上苦笑

一気に駆け抜ける花彩

「あのー、もうすぐで、お家に着きますよー」顔も真っ赤に

「あら、本当に可愛いわね」天上思わず照れ笑い



松本家宅に上がり、居間に佇む一行、ソファーに凭れては感慨深気に

階上漸く口を開く 

「途中参加でも痛ましいのはかなり分かったけどさ、ここがゴールなのかな」

「階上、はいサヨナラには、まだ早いって」最上吐息

「ここで一旦皆さんとはお別れなんですか」花彩しんみりと

「そうね、そうなるかしら、花彩さんは一旦シドニーへ帰って、ローマの寄宿舎へ今年のうちに入る準備してね 私達はまだ日本で挨拶回りしなくてはいけないの」淡々と持参したボトルからカップに紅茶を注ぐ

「シドニーなら静岡普通空港だね、鉄道乗り継ぎ大変だし、いいよ、私が改造ラシーンで送ってくよ」階上車のキーを回しては上々に

「階上さん、ありがとうございます」花彩一礼 


暫しの沈黙、皆切り出す言葉を探しては


「ねえ、今日クリスマスよね」天上ポツリと

「てっきり忘れていると思ってました 大江戸市に大きな聖堂ありましたよね、これからでも行きますか」最上物憂げに

「それって去年出来た高輪世界復興記念聖堂ですね、うわー行ってみたいな」花彩浮かれては

「その前に、新大江戸駅でクリスマスケーキ買ったけど、この雰囲気で食べれますか、小岩井のバターでマーガリンを代用してないと言ってましたからかなり貴重ですよ、残すと勿体ないですよ、なんせ国産のバターっすからね まあ皆さん食べないなら、奮発して買った7号丸ごと食いますけどね、まだ昼食べてないけど、私行きますからね」階上、机の上のクリスマスケーキの箱を眺める

天上、ボトルのカップを口から離す

「いいんじゃない、話も弾まないしお口直しよ」

「それじゃ用意しますね」階上、鞄からサバイバルツール食器一式取り出す


純正クリスマスケーキに唸る一同

「もう、この生クリーム幸せ、さすが小岩井、国産バター、最高!」階上手足をばたつかせる

「日本でもこれだけのバター作れるんですね」花彩食が進む

「階上もどれだけ、貧しているのよ」天上、只目を細める

最上食が進み

「階上、やはりユーロに来い 貧したらどこかで躊躇うぞ」

階上、目を伏せがちに

「何でもかんでもユーロって、考えさせろよ」

「ユーロですか、ユーロなら、何でも揃うのかな」花彩頭をもたげる

「ああ、松本さんの物理メインメモリと物理サブメモリの復旧だって出来るさ」最上、ケーキ3つ目に

階上、最上に指を割しては

「最上食い過ぎだ、お前控えろよ、年に数回のケーキなんだぞ」

「いいわよ、私は1個で十分だから、最上お食べなさい」頬笑む

「ほらな、階上も気を使えるレディになれよ」最上、尚もクリスマスケーキ頬張る

「むー、時によりけりだ」階上歯噛み

花彩、鞄から真鍮製の小箱を取り出す 中にはメモリが二つが丁寧に並ぶ

「おじい様のメモリですが、物理メインメモリは消耗が激しいので復旧さえ困難でしょうね ですが鍵こそ掛かっていますが物理サブメモリに一縷の望みが有ります ローマに行ったら、コンピューター借りてコンパイルし直してテキストと映像に変換してみたいと思います ただ相当時間掛かりそうですけど」

階上クリスマスケーキに夢中も

「不用意にアクセスしない事だね 長年使用してて接点も脆いだろうし、本体割れたら元の木阿弥だよ」

「はい、キリを付けて復旧します」花彩、姿勢を正す

「どうかしらね、賛成しかねるけど、凄惨な記憶もあるんでしょうね 花彩さん時には忘れる事も大切よ」天上、花彩を優しく見守る「でもこれ、どこかのクソ老人が言ってたわね、はー」口に紅茶の入ったカップを運ぶ

「貴重な記憶です それは譲れません」花彩凛と対峙

「やれやれ戦争映像戦争映画なんて、もう飽き飽きだよ、こっちは毎度ナウだよ、ナウ、」階上、クリスマスケーキ食べ終わり体を投げ出す

「そうか、ジョン・ストーン監修プログラムの第三次世界大戦ものの映画、そこそこ見れるぞ」最上、コップの紅茶を飲み干す

「最上の知っている戦争映画なんて、所詮は規制の掛かったエンターテイメントでしょう、嘘でも面白がっちゃ駄目よ」天上溜息「でもそうよね難しい問題ね そのメモリ、本当に蒸し返してフィレンツェ世界戦争記憶館で公開すべきかしら」物憂げに

花彩従容と

「天上さん、それも皆さんが通ってきた“道”ですよ 復元次第フィレンツェ世界戦争記憶館への申請手続きお願いしますね」

「“道”ね」天上、一際感慨深く

「さてはね、今度は花彩が世界を救う番か」階上クスリ「天上さんサヨナラでした」笑い転げる

「無闇にハードル上げるな、階上」最上、感嘆

「いいえ、きっと出来るわ」棚の写真立てを見ては頬笑む

花彩、鞄から分骨した骨壺持ち出しては立ち上がり、視線の先の棚へと向う

「最後に、この小さい骨壺と写真立てを置いていっていいですか、駄目と言われても置いていきますよ」

「僅かな遺灰と、蓄電小屋の机にあった松本文也さんの写真立てね 思う度に痛ましいわね」天上、感慨深気に

「いいえ、どれもおじい様が生きた証しですよ」花彩凛と頬笑む「ありがとうおじい様 この日本はこれから新たな夜明けを迎えます、天国から見ていて下さいね」花彩十字を切り「アーメン」 

続く十字を切る天上最上階上「アーメン」

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