第15話 シンガポール スラム 宵

夜の帳が降りる 上空より兵員輸送ヘリ:ナイトフライ5機、猿滑工房上空を展開し無音ホバーリングするも眼下のトタン屋根が揺れ始める 

漸く何事かと現れ始める街の住民達



兵員輸送ヘリ内 

背広ネクタイに防弾ベストを被る、どこにでもいる三十路の役人風情の男三宅、的確に指示を飛ばす

「いいか、地元警察と全PKOは下がらせた、銃撃に備えアンチシールド付け忘れるな、夜襲だからってくれくぐれも油断するなよ、お前等シールズの名を知らしめろ、go、go、go」次々降下隊員の背中を叩いては鼓舞



皺一つない白いスーツの猿滑、窓辺に立っては表の無音ホバーリングする兵員輸送ヘリを見つめる

「奴さん、少々仕事が出来るか」

ヘアクリームで整えた短い髪の壮年の女史、大鳥おおとり公使

「そこは昔からですよ」紅茶のティーカップをゆっくり降ろす 机の上にはオレンジの柄の日記

「大鳥公使のティータイムが長過ぎるのは無粋かと思うのですが、まずはディナーにしましょう、それ位の方が箔が付くでしょう」猿滑小さく頷く

大鳥公使ニコリ頬笑み

「ミスター猿滑、ショータイムは無いのかしら」

「さては日記で御気分を害されましたか、これは失礼しました」猿滑一礼

「構いません」大鳥公使視線を上げては「私もお嬢さんの思いに打たれたのです、ドクター猿滑が昂るのも無理が有りません」

「全く、見せてくれますね」猿滑感嘆

「ええ、皆がここでお世話になっている事も有りますが、戦後60年を行事として年を越えて行く風潮はいけませんからね」大鳥公使窓辺に歩き出す

「どうやら、私は人に恵まれた人生の様です」猿滑、思いが込み上げて来る

「あら、今更かしらね」大鳥クスリと


ドアをノックする音が激しく響く

「来た来たもう一人、こちらは如何なご婦人なのですが」猿滑溜息「お客人、お入りなさい」声を張る

「言わずとも分かりますね」大鳥笑いを堪える



ドアから顔半分現す女性

「ハーイ、ドクター猿滑 街はお祭り気分ね、セーフハウス提供してくれたのにそれは無いんじゃない、何人保護していると思ってるの、その前にね、入れと言っておいて、これ何、ドアチェーン外しなさいよ!」強引にドアを開けようとするも

猿滑愛想笑いも程々に

「ミセス天上あまがみ、少々、ここに至る迄事情があってだね、面倒だ、今日は良い酒を飲みたいのだよ」必死にドアを閉めようと抵抗「うん、ドア固いね」

天上、抵抗しながらドアを何度も叩く

「事情も何も、興味津々で一人逃げたわよ!」

「またジョンか、まだ飽き足りんか、止む得ん、トレーサー衛星使うか、ああ今開けるから静かにしなさい」窘める猿滑

天上、尚もドア叩く

「早くしなさい、猿滑」

「ドクター猿滑、やはりディナーにしないと行けないかしら」微笑しながら、入り口に近付く大鳥公使

「大鳥公使、ご心配無く、ミセス天上のご機嫌の取り方は心得ています」ドアから手を離し、大鳥公使に一礼

「猿滑、開けなさい!最上さいじょうも何処行ったの!」天上もはや金切り声



スラムは予想もしない襲撃に大パニック 自転車、スクーター、オート三輪、駆け巡る人々の波が必死に避難場所を探す

手慣れた地元名士、群集を手招きしては押し戻し、群集を翻弄して行く、混乱の極み



三宅逃げ惑う群集を掻き分け、頭三つ飛び出た阿南と合流、騒音も激しくつい声高に

「阿南さん、猿滑工房に突入しましたが抜け穴も無しでもぬけの空です、書棚の全ての本の中は真っ新で仕掛けもからくりも無し、コンピューター関連・電子機器・バイオマス機器・オートマシーンも筐体だけでした、対象は現在捜索中です、」

阿南、三宅をむんずと手繰り寄せ

「いいか住民が必要以上に溢れ返っている、間違えて撃つなよ、兎に角探せ、頭に叩き込んだ猿滑、そしてオレンジの柄の日記は最優先だ、抜かるな」

慌てふためく住民を避けるかの様に壁際に移動する三宅

「阿南さん対象ですが、この辺の区画徹底的に調査しましたが、地主が猿滑です、絶対トラップが或る筈です」

阿南口から飛沫を上げては

「そんなの百も承知だ、隣接の区画も突入しろ、絶対偽装している、三宅指示を怠るな」

三宅凛と

「この後に及んでの人海戦術より、制圧戦を進言します」

「バカ野郎、一般人に膝折らせて降参させられるか、奴はそれも狙いだ、市街戦のきっかけ作らせるな、、」阿南逆上

「それではどうするんですか、二度目の襲撃は有り得ません、見せしめに焼き払いますか」事も無げに三宅

「三宅、例え付け火で片付けても、良い事と悪い事があるぞ」阿南、三宅の襟を締め上げては「今回は許さん、俺が欲しいのは日記だ、証拠だ、日本を復興から遠ざける忌まわしい過去の記憶なんだよ」焦りを隠せず

三宅尚も食らい付く

「阿南さん、そういう事例は幾つも揉み消してきましたよね、内閣義務調査室に出来ない事があるとでも」

「貴様はよく出来るが、勘が一般人だ、階級上げてやるから根性入れ直せ」阿南、三宅を突き放す 

「光栄です、阿南さん」三宅躊躇わず敬礼

阿南不意に、白い厳かな建物プラザパシフィックを見上げる

「ん、あのホテル、満室じゃないのか」

「今のシンガポールはホリデーシーズン直中の観光で賑わってる筈ですよ…あっつ、」三宅、通信兵の腕を引き寄せ「斥候兵に確認だ、プラザパシフィックの今日迄の出入りを確認しろ!」

阿南、明るく照らされる25階建てのプラザパシフィックを丹念に見ては

「被弾した形跡が無いな、修繕にどれだけ注ぎ込んだ」

「まさか、あの三ツ星ホテルがですか、結構年季入ってますよ、それを、」三宅声を無くす

阿南尚もプラザパシフィック見つめる

「ああ、掻き集めた情報を丸呑みするな、奴の立ち振る舞い、医術と技術力、それから得られる資産は相当な筈だ」

通信兵確認終了

「三宅さん、プラザパシフィックは家族連れが全くいないそうです」

三宅溜息

「呆れました黒です、突入しましょう」拳銃のセイフティを漸く下げる

阿南怒号省みず

「当たり前だ、レフトウイング、ライトウイング、全部部隊呼び寄して投入しろ、降下したセントラルは今直ぐ飛んで来い!」

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