第13話 2085年12月 シンガポール市街

12月 シンガポール市内に日が燦々と照りつける 未だ道路は爆弾で陥没したまま、通りの壁には生々しい銃弾の跡だらけ 中国の原爆投下逃れるも第三次世界大戦の内戦は逃れられず



麻のスーツ姿の長身の四十路男が、白いカットソーとスカートの未だあどけない女子に付かず離れず歩みを止めず

「花彩さん自ら探さなくても、私達敗戦処理アドバイザーがちゃんとおじい様を探し出します」阿南あなんが捲し立てる

花彩立ち止まり、阿南を見上げ目を見つめては

「いいえ阿南さん 新村さんの口説き落としで、日本政府から何とか戦後の全未帰還者の生存追跡管理システムのログは頂けましたが、そこはやはり戦後から60年、おおよその見当をつけるのがやっとです そして頼りにしていたお国の出先機関、終戦相互協力復興会の優秀な戦処理アドバイザーの阿南さんでさえも未だ探し出せないのです、李氏朝鮮からアフガニスタンまでの範囲を加味したら途方もないのは承知していますが時間が掛かり過ぎですね ここで私が頑張らないと誰が頑張るんですか」

「花彩さん 通常の捜索業務なら有に5年は掛かります そして捜索者の中には戦争忘れようと次々名前を変えるので案件によっては困難を極めます そう聞きましょう、島根来訪の後、ここシンガポールを目指されたのは勘ですか」阿南嘆息 

「ええそうです、新村さんのお邸の居候さん達の協力で、未帰還者の戦中からの認識票のやり取りが一番多い地域を統計学にもかけて弾き出しました、ここシンガポールに間違いないと思います」破顔

「いや、統計学まで持ち出したら全然勘では有りません、立派な分析です そんな俺駄目かな」阿南がっくり項垂れる

「ええそうです」花彩頬笑む「私も出演した『あなたの向こうで』で公約した手前、もっと積極的に動かなくてはなりませんよね」尚も頬笑む

阿南身振り手振りに

「あの予告映像はやはり流すべきではなかった、真壁め、調子に乗りやがって」阿南嘆息

「いえいえ、真壁さんは優秀ですよ」花彩笑みが溢れる

「全く、花彩さんは何から何まで正論の上を行ってて言い返せませんよ」阿南尚も「ですが、ここは言い訳になるかもしれませんが、私達の調査手腕も信用して下さい 戦後60年そしてその後の混乱、あらゆる手を尽くしていますが年を経る毎に再会の確率が絶望的になっているのです そこをしゃしゃり出て来た新村のジジイの居候共などに負ける筈が無い 花彩さん敢えて問います、私では信用に足りませんか」

花彩頬笑んでは

「ええ、大分」

悶絶する阿南

「あー真壁の『あなたの向こうで』のダイジェストでは誠意が伝わりませんかね、俺が大活躍なのに、そうそれだ、あいつ長回しは得意だけどカット割りがまるで下手なんだよ、行間と言うものをまるで知らない いや、やはりシドニー始め周辺国に『あなたの向こうで』放映権をタダでも流すべきなんだよ、そう思いませんか花彩さん」

花彩見据えては

「阿南さんはお茶の濁し方がお得意ですね、私は阿南さんの職務怠慢と責めていませんよ」

阿南姿勢を正しては

「いいでしょう、直感で全ての事情を飲み込んでいらっしゃるなら率直に言いましょう、大晦日に向けての過剰な番宣は止めるべきです そうです、ここまでのドキュメントで休止して“かなり頑張りました”と放送を繰り上げるべきです」

花彩立て板に水

「いいえ違います 親族自ら探し出したと『あなたの向こうで』にて放送されれば、きっと日本国民の復興への士気が上がる筈です 日本の敗戦処理アドバイザーのお仕事に就かれているなら、志をお忘れでは有りませんよね」

「仮定のお話を尚も続けるおつもりとは、英邁な花彩さんらしくない 呉々も言いますが私達には私達の調査手段が有ります、全てお任せ下さい 何よりシンガポールは未だ政情不安定でこの有様です」阿南、ビルの壁を頻りに叩いては「この壁の銃弾見えますか、当たると死にますよ、分かりますか、花彩さん」

花彩壁の銃弾見つめては

「中国製の銃弾ですね シンガポール内からアフガニスタンへの供給ルートが途切れ、戦争の時にレジスタンスに使われたのですね」

「ふん、推理ごっこはそこまでです、戦争は遊びでは有りませんよ、ここ学校できっちり学んでますよね」阿南必死に壁の銃弾を何度も凝視

花彩厳かに

「もちろんです 私達の世代が、平成の時代の様に平和ボケしているとでも言われますか 未だ世界の帰還兵の半分が祖国に戻っていないのですから、とても戦後とは言えませんよ」

「レジスタンス等の話はここでは関係有りません それでは言いますが、もう三日もシンガポールで何ら手掛かりもありません、それでも捜索を続けますか」阿南負けじと張り合う

「はい、シンガポールでの捜索は続けます 何よりおじい様の日記がここに有ります」鞄をポンと叩く「65年の時を経て私の手元に戻って来たのです、必ず何かのきっかけになると確信しています」花彩、阿南を真っすぐ見つめる

「同行している真壁も見限って張り付かなくなったのに、頑張るのも程々にですよ」阿南只溜息

「真壁さんは紀行番組の取材もあるとかですよ テレビマンってお忙しいんですね」花彩、鞄から手帳を捲っては確認「真壁さんの取材内容から行きますと、押すとは思いますが、遅くても夕方には合流ですね」

「全く、大江戸テレビも一人しか寄越さないのに兼務させるのか、シーンどうやって繋ぐんだよ」阿南、苦笑

「シーンの繫ぎはお構いなくです、真壁さんからブローチ型の携帯カメラお借りしました 音声と共に起動しますので録り逃しは有りませんよ」花彩、シャツの襟のブローチを指差す

「ふん、全米製ですか、全く日本から全ての特許を足元見て買い叩きやがって」阿南吐き捨てる

花彩諭す様に

「阿南さん、もう戦後60年ですよ、おじい様の日本シネマカメラ始め多くのメーカーは辛うじて町工場で残りましたが 過去の技術などとっくに特許切れです、どんな価格であろうと買ってくれた全米に感謝すべきです」

「花彩さんはシドニーに移住してるから、そんな悠長な事を言ってられるのですよ 戦後から今も尚日本は塗炭の苦しみ中必死にもがいて生きています、ええ、戦前の外交下手を今も問い詰られ縋る国も皆無なんて、本当に困ったものですよ」阿南尚も言葉を吐き出そうとするも言い淀む

花彩切に

「お言葉ですが、シドニーだけではなく世界中の移住者も日本にその都度復興支援金を送っています 金額の多い少ないの議論はしませんが協力は惜しみないつもりです そして私達若者は日本に戻りたくても、各国、入国への年齢制限が撤廃されましたが、未だ親族が原爆の落とされた国への渡航を猛反対します ここで若い者を代表させて頂きます、自らの手を差し伸べられず申し訳ありません」一礼「ここを何卒汲んで頂けませんか」

「ああいや、分かってます、私があったお若い方は何れも立派です、いや規格外もいやがったが、いやそれはいいです」阿南歯噛み「そうです、ジュネーヴ生存協定に日本もサインしたので無理に日本に帰化しろなんて口が裂けても言えません、国を跨いでいますが共に日本を支える仲間です、これは嘘偽りの無い真心です」阿南、平謝り

「真心、良い言葉ですね」花彩破顔



通りの向こうから銃声の上がる音

花彩頬笑んでは

「あちらに手応えが有りそうですね」阿南に目もくれず進む

「たく、最近の学生は何でも有りだな」阿南困り顔



通りで辺り構わず発砲しまくるオートマシン、只管自動小銃AKー47を発砲、ベストから弾倉抜いては交換、また発砲

街の住民身を隠しては様子を伺う

「誰だ、オートマシーンに断りもなく銃を持たせた奴は!」

「これが第三次世界大戦症候群か」

「人間だけじゃないのかよ」

「ポンコツはぶっ壊せ!」

「そんな事やったら、国際裁判所に出頭命令だ」

「ああ、一生ブタ箱だ」

「いいから、誰か銃持って来い、応戦だ」

「無駄だ、あのガタイで防弾ベスト着てやがる」

「いいか、オートマシーンの年季の入った戦闘、絶対嘗めるな」


通りの向こうから、着倒したシャツの白髪老人が胸からリモコンを差し出し押すと “ガクン”ピタリと止まるオートマシーン


着倒したシャツの白髪老人、声を張っては

「誰だ、私からオートマシーン買った奴、リモコンの説明書も渡しただろう」

着倒したシャツの白髪老人に一目散に縋り寄る一張羅の男

「済まない猿滑さるすべり、この事は警察、いやPKOにも内緒にしてくれ、よく働くオートマシーンの働き手がいないとうちは倒産だよ」

不敵に笑う猿滑

「おお、陳さんかい、華僑は相変わらず板挟みで大変だね だがオートマシーンにボディガードは如何だよ、早計だよ」右手を差し出す

「おお、ありがとう猿滑」陳握手を求めるも、猿滑に手を弾かれる 

猿滑クスリ

「分かってるかい、ビジネスも真心だからね 私がどうにでも掛け合うさ、任せなさい」再度右手を差し出す

「おおそれか、すまない猿滑、頼るべきは日本人だね」陳、猿滑のスーツに有り金全て捩じ込む

「さて、事故の次はこちらか」猿滑深い溜息、花彩と阿南に視線を送る


遠巻きに見やる花彩と阿南

「ほーここにも真心ですか あの日本人の方、何でも知ってそうですね」花彩、只感嘆

「いやただの強欲なジジイです止めておきましょう この手の輩は復興中の日本を捨てシンガポールまで流れてきた輩です、何をされるか分かったものじゃない」阿南、吐き捨てる

「阿南さんはその人達相手に交渉しているんですよね」花彩、阿南を見据える

阿南宥める様に

「物事を進めるにしても、この手の輩は状況証拠をきっちり揃えませんと、何かにつれにいかつい弁護士から訴えられます、何事も慎重にですよ」

「そうですか」花彩思案顔も「ポケットに突っ込まれたお金、安定の台湾ドルですよ 全部で300万円相当がお仕事の相場なんですね」

「えっつ台湾ドル、見えたんですか、しかも数えてる」阿南、花彩を目を見張る



花彩と阿南に気付き、近寄ってくる嬉しそうな猿滑

「やあやあ、日本語が聞こえたのは気のせいじゃないね、久し振りに日本語が聞けて嬉しいよ、そうそう名前は遅れたが、私は猿滑です、宜しくね」仰々しく一礼

花彩深々とお辞儀

「初めまして猿滑さん、私は松本花彩です シンガポールは今回初めてでして、色々お尋ねしたい事があるのですが宜しいですか」

阿南、内ポケットから透かさず名刺を出しては

「猿滑さん、私は日本の敗戦処理アドバイザーの阿南と申します、同じ日本人として是非御協力を頂きたいのですが、宜しくお願いします」平身低頭

猿滑、名刺を碌に見ず破いては胸ポケットに捩じ込む

「日本の官僚は無能だ、下がりなさい」

阿南尚も

「いや、そこを何とかお願いします この松本花彩さんのおじい様の消息について教えて頂きたいのですよ、曲げてでもお願いします」

「官僚のゴリ押しは好かんよ」猿滑吐き捨てる「だが、このスラムでお嬢さんのスカート丈は合格です 私の工房で宜しければいらっしゃい、ホワイトコーヒー位しか無いが、如何かな」頬笑む

花彩頬笑んでは

「スカートを褒めるなんて、猿滑さん余程の紳士さんなんですね」

「いや何、老いぼれの気紛れだよ」猿滑一瞬強ばるも

阿南、花彩の耳元に囁く

「…花彩さん、ただのスケベジジイですよ、止めましょう」

猿滑眉をひそめては

「そこの官僚、コソコソ話は悪口が相場だぞ、気を付けなさい」

阿南姿勢を正し直立も悪びれず

「勉強させて頂きました、以後気を付けます」

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