第7話 第五提案

個別面接会場の注目を一身に浴びる、松本芳賀位打の席


「ところで、位打さんって何をされているんですか」松本頭をもたげ「ああ、いやでも、会社のホームページでそのお顔見た事あるような」

位打、嬉々と

「記事も読んでもらえたかね」

「斜め読みはきちんとしてるんですけどね…あっつ、思い出しました【落第点の社員は存在しません】 そう、皆が支え合って生きて行く姿勢、全く同意見です」松本破顔

「ありがとう、あれは私の渾身の記事だよ、同じ意見とは心強いね」位打、ほくそ笑む

芳賀気を取り直し

「松本君も思い出したなら話は早い 位打さんは、元警察官僚で現在は我が社の総務部安全衛生対策室のシニアアドバイザーを勤めて頂いてる 君達は全く知らないだろうが、我々の仕事私生活まで全ての安全衛生に粉骨砕身身命を賭して頂いて貰っている どうかね今迄ヤクザチンピラ等に絡まれた事あるかね、無いだろう それもこれも位打さんのお陰だよ」

「ふん元警察、総務部安全衛生対策室って名前は大層だけど所詮は犬小屋かよ、それなら何でも知ってそうだな」松本顔をしかめる

「松本君!」芳賀𠮟咤

位打、芳賀宥めては

「芳賀さん、まだ何も話していませんよ」

松本、位打のネームプレートを見ては尚も噛み付く

「大体“位打麝広くらいうちせきひろ”さんって本名かよ、朝敵かよ、人と話すならちゃんと本名明かせよ」

「松本君、不躾も程々だよ!」芳賀尚も𠮟咤

「松本さんの賢さはよく分かっています、さすが日本シネマカメラの売上げ5%を稼いでるだけはありますね」位打余裕の笑み

「褒め殺しから始めるとは、この状況の中で余裕ですね さすが、この恐ろしい戦時下マニュアルを遂行しているだけは有りますね」松本言い放つ

「松本さん、ここは穏やかに行きましょう 無理に話の流れを掴もうとすると綻びますよ、気をつける事ですね」位打微笑「そして私の名前ですが、国の仕事に深く関わった為本名は明かせないのだよ “位打麝広“ この名で許して頂けないか」みるみる目がみなぎる

「分かりました、話を進める為にも事情は察します」松本ゆっくり息を吸う「位打さん、話も途中からですが、芳賀さんから提示して貰った提案内容:労働条件の変更・志願兵・生体間臓器移植・福岡支社への異動 これら一つも飲む事は出来ません いいですか何度も言いますが今直ぐ中国と和平に向けて対話して下さい 国と国が出来ないなら、会社と会社、人間と人間が互い向き合って解決すべきです、もう大きかろうが小さかろうが知ったこっちゃないです、関係回復するには例えどんな一歩でも必要なんです、その為の手助けなら何でもします この話理解出来ますよね、国の側にいる位打さんなら出来ますよね」


様子を聞き入る面接会場から拍手“パチパチパチ“ 次第に広がり一斉に大きな拍手“パチパチパチパチパチパチ“終る事無く続く


芳賀勢い余って立ち上がり

「君達はうるさい!聞いてもいいが黙ってなさい、」憮然と座る

漸く静まる拍手

位打の口角が微かに上がる

「松本さんは非常に賢い、確かに日本シネマカメラ、いや日本の青年の一翼を担う立派な国民ですよ、感服しました」

芳賀興奮収まらず

「いや位打さん、こいつクビですよ、これ以上は時間の無駄です」

「芳賀さん、それは私が決めます 話を続けましょう、いいですか松本さん」位打、松本を厳しく見据えたまま

「ええ、まあ」松本つい気圧される

位打厳かに

「それではこの説明会の命題足る、中国との戦争とは何か語りますが、心を傾けて頂けると非常に有り難いです いいかね」

「どうぞ」松本姿勢を正す

「そうだね、情報が全く伝わっていないが、これは言っておくべきですね」位打深い溜め息「今分かっているだけで、中国は日本に同時刻に10発の原爆を落としました、うち2発は沖縄本島で炸裂、沖縄に見向きもせず直接本土に進軍しているのですから、本気ですよ中国は そして不謹慎ではありますが1発に付き約10万が死亡と想定されます、そう、たった一瞬で約100万人がお亡くなりになりました、死ぬ理由も見つけられずにですよ」松本を見据える


一斉に血の気が引く個別面接会場


「位打さん、言葉が軽過ぎませんか それに10発も原爆落とすなんて、証拠はあるんですか」松本、声を失くす

位打尚も淡々と

「国からの極秘回線で聞きました 衛星写真が10個のキノコ雲を今も尚映し出しているそうです 松本さん、それ以上の証拠を求められますか、いやあなたの事だから、今直ぐ被災地に飛んで助けたいでしょうね」

「ええ、」松本只目を見張る

「松本さん、放射能を甘く見られては困る、最低1年、いや半減期を考えたら四半世紀は近付かない事です」位打顔を背けては向き直る「その前に私がそんな真似をさせません、民間人に焼け果てた国土、この世の地獄を見せては、後悔の念が延々残ります」

「あっつ、でも、困った人がいるなら…」松本一瞬躊躇するも

「そう普通の人なら誰でも躊躇します すぐに助けに行っても完全防備しないと必ず被爆しますよ、大体そんな防備など日本中掻き集めても有りもしません 松本さんもどうか虚勢を張らず現状を素直に受け止めて欲しい」位打視線も遠く「松本さんには何より大切な家族がいますよね、後先考えない無理はしない事です」


尚もざわつく個別面接会場、故郷親類縁者を思い泣き喚く人も


「ああ、何故、中国は日本を、」松本必死に言葉を繰り出す

位打表情を崩さず

「松本さんは賢いですね、私の部下にもいましたよ君みたいな天才肌 前提を徹底的に叩き込んだ上で、将来展望を描き、あらゆる困難を事前に想定する 実に効率的で美しい仕事ぶりですよね そうそう、言い忘れましたが私は松本さんのファンなんですよ ここで松本さんの心が折れては日本シネマカメラの士気が低下します、話はまだ続きますが、どうか心は穏やかにいて欲しい」

「いや、そこは芳賀さん押し付けてばかりいるから、つい正論を言いたくなるんですよ」松本逡巡しだす

「松本君!会社組織を嘗めているのか、朝令暮改は当たり前、上には従え、それも滅私奉公のうちだよ」芳賀思わず声を荒げる

「芳賀さん、あなたは何時の時代の人なのですか」位打苦笑「まだ話の続きなのですが、いいですか」

「申し訳ございません、位打シニアアドバイザー」芳賀平身低頭

「いいでしょう、続けましょう」芳賀向き直り「中国は我慢ならなかったのですよ、この日本から近代に入って延々見下げられている事にです」

「いや、俺は一度もそんな事は、中国は今や世界の工場ではないですか、難しい要望も聞いてくれて、ただ頭を下げるのみです、ちゃんと感謝してますって」頻りに唸る松本

「そうですね、社会で暮らしている以上、繋がりをもった方に感謝を忘れない事は基本です しかし、昨今ではあらゆる感謝がつい忘れられていますね」位打つい頬笑む「ですが松本さんは基本が出来ていらっしゃる、世界中がそうでありたいですね」

「あっつ、はい、いやお話を続けましょう」松本恐縮しては

「そうしましょう」位打頷き「現在の中国は世界の工場であるが故に、工業汚染は凄まじいものです どう規制しても汚染対策技術が追いつかず、水道の水さえ当てにならず、外だって完全武装しなければ歩けない程です しかし、それでも生産を止める事が出来ない いや世界中の人々が己の欲望を満たす為にそれを待ってくれない 中国国民のこの苛立ちとこの憤り、分かりますか松本さん」

「ですが世界の人々の為です、ああいや、でもこれは答えでは有りません、でも何と言ったら」松本動揺隠せず

「分かりますよその気持ち 今や中国は世界の屋台骨です、そう答えざる得ないでしょう」位打大仰に溜息

「すいません」松本ついお辞儀


個別面接会場は尚も耳を澄ます


「しかしその中国も、世界の工場の名声で得るものは果たしてあるのでしょうか、いや無いのです そうやっと気付いたのですよ 連綿と続いて来た豊穣の土地が失われ、人の住める土地も年々狭まっています、しかも工業汚染は年々広がり待った無し そこで、はたと気付きました、そこには希望も何も無かったと、このままでは未来が危ういと」位打従容と

「そうですね、無いかもしれませんね、ああでも、その生産して貰った分の対価はちゃんと支払ってます、それを工業汚染対策の方に回せば、でもなんだろスッキリしないな、」松本、逡巡して止まらず

「松本さん、そこは無いの一択ですよ」位打尚も厳かに「中国に限らず、この世の中で対価で得たお金は、まず何に使います、そこも己の欲望ですよ 少々品の良い言葉を使いますと、心豊かな暮らしですよ」

「そこを否定されるんですか、心豊かに暮らす事、何故いけないのですか」詰めようかと松本

「松本さん、心豊かな暮らしとは国土という天の恵があればこそです、決して疎かにしない事です」位打毅然と「そのもっとも足る国が中国です どの科学者も押し並べて言います 仮に中国内における生産を全面停止しても、既に歯止めが利かず22世紀中に全土が砂漠と化すと、生命を育まない土地に成り果てると、絶望的な未来ですね」

「そんな、」声を失くす松本

「公表はされていませんが周知の事実です、世界の工場たる規模なら無理も有りませんね そして、絶望的な未来を回避すべき方法とは何でしょう、さあ松本さん」問い掛ける位打

「他国への侵攻ですか、」振り絞る松本「いや!方法は幾らでも」

「方法ですか、世界中が安い賃金で働かせておいて他の方法も何もありませんよ」位打歯噛みしては「しかし手元にあるのは、そう武器、潤った国益をよどみなく注ぎ込んだ兵器、その果てが南下進撃政策、新たな時代の幕開けと踏み切って当然の結果です」

「いや、過程が安易過ぎませんか、」呆然の松本

位打事も無げに

「歴史が動く時は得てしてそんなものですよ、ですが、その動きを見事食い止めて来た歴史もあるのは確かです」

「ですから対話ですよ!止めましょう戦争!」松本の声が響き渡る


松本位打の動向を見守る個別面接会場


位打重い口を開く

「対話、そうですね、各国一同、中国への敬意が無さ過ぎたのも問題ですね」

思わず机を叩く松本

「そんな事は有りません、中国の皆さん、ビジネスパートナーには最大の敬意を払ってます、ちゃんと分かり合えます」

「分かり合う、それはきちんと向き合う事ですね、果たしてそれは可能でしょうか 例え話に逸れますが、東京オリンピック準備期間の東京観光案内“おもてなし案内”ですが、真心がこもっていると言えますか」位打の目が光る

「何故、嫁のボランティアを知っているんですか」憮然と松本

「松本さんのご家族など調べていませんよ 観光案内の多くはご婦人方のボランティアですからね、大いなる偶然ですよ 国を代表して言いますが感謝しています、本当にありがとう」位打慇懃に

「えっつ、まあ、ありがとうございます」思わず一礼

「ですが、来訪者の国籍によって対応がまちまちなのは頂けませんね 私も街に出て様子を時折眺めていましたが、どこかで見下げた感じがありまして、笑顔が少ないと言うか、そこまでボランティアの方に求めるのは少々酷ですかね」位打不意に溜息「そして、それを受けてか暗い顔をしていた観光客の方々は気の毒でしたね、近隣国なら仲良くすべきと改めて痛感していましたが、今となっては時すでに遅しですね」

「それは今からでも、あっつ、でも、今となっては東京オリンピックも中止か、」改めて肩を落とす松本

「止む得ませんね、オリンピックは平和の祭典ですから諦めましょう」位打万感の思いで「そう、全ては一事は万事です、時もまたすでに遅し 貯まりに貯まった恨み辛みはどこかで爆発せざる得ません」

松本、不意に我に返る

「位打さん、国の偉い人は何していたんですか」

「そちらに話題が移りますか、宜しいでしょう 日本は中国を何度も軽くあしらって、あらゆる問題をずっと伏せていましたね 今直ぐ解決出来る問題でさえもです これは報道でも散々流れていましたから知らない事は有りませんよね」松本を見据える

「国境線問題、」松本ポツリと

「敢えて語りましょう国境線問題、未来永劫その国境線ではないのに頑として譲りませんでしたよね しかしこれは政治の問題だけではなく世論も反映しています、なんせ3ヶ月前の世論調査で95%の国民が国境線問題譲らずでしたからね 国民あっての政治家ですから政治家を責めるべきでは有りませんね」位打淡々と語る

松本歯を食いしばっては

「世論に流されたわけじゃないですよ、日本国民なら中国の言われなき国境線主張にハイとは言えません」

「松本さんも国を憂えてくれるのですね」位打微笑「そうビジネスと同じにする訳にはいかないですが、お互い多少の譲歩は必要です 特に中国は汚染問題で今後の食料確保に頭を悩ませているのですから、そこは気付くべきでしたね」


一斉に項垂れる個別面接会場


「ああ、位打さんはそこまで考えられるのに、何故国に指摘をしないのですか」必死に振り絞る松本

「私から言うのもおこがましいのですが、松本さんも含めて言わせて貰えれば、賢い方はただ煙たがれるのですよ そして転々としては、今日、日本シネマカメラにお世話になっているのです そうですよね芳賀さん」位打、芳賀に一瞥もせず

「位打さんは全く別です、例外です」芳賀毅然と言い放つ「それより松本君、組織である以上、あざとく賢さをひけらかさず弁えなさい、今こそ実務能力の均一化は必要です、まず命令に従いなさい」

「ふむ、果たしてそうでしょうか 芳賀さん 平均点ばかりの人間を重用すると、会社の伸びしろが無くなり、取引先にも見放されますよ いやこれは失礼、つい平和な時代を思って語ってしまいましたね」位打、思案顔

「はっつ、肝に銘じます」芳賀、只平身低頭

松本割って入る様に

「話を進めていいですか、位打さん、何故国に苦言を呈さなかったのですか、はぐらかさないで下さい」

位打毅然と

「残念ながら、苦言も何も、私も未だに若僧扱いでお偉い方は聞こうともしません まあ見ていなさい、しっかり階段を上り詰めて、この国を良い方向に導いてみせます 今はそれを答えとさせて下さい」不意に口角が上がっては「今度は私の番です 松本さん、芳賀さんから提案させて頂いた労働条件の変更は勿論、志願兵・生体間臓器移植・福岡支社への異動、この何れか選んで頂けませんか、他の方への示しが一切つきません 答えを中々出せないのは分かりますが、出す迄とことんお付き合いしますよ」凛と言い放つ

松本狼狽えては

「ええ一通り聞きました、何れの提案も受け入れ難いです どうしても最善の答えがあるように思えて仕様がありません」

芳賀苛つきながらも

「いつまで手こずらせるのだ、松本君、この個別面接会場全部が注目して、一向に進まんよ」

位打、芳賀を見ようともせず

「芳賀さん、この説明会は早く終らせるのが目的ではありません、納得頂ける迄話を続けましょう」松本を促す

「ええ、絶対答えは有ります」松本毅然と

「そうですね、今日ここに至る迄の前提は話しましたし、」位打珍しく思案顔「どうやらこの極秘対応マニュアルが気に入らないのですね」積み重なったをマニュアルをポンと叩く 

「ええ、まさしく死へと導くマニュアルですよ、何人殺す気なんですか」松本の目が吊り上がる

「松本さんのご意見はごもっとも、かなり棘はあるが重々承知の上です」位打一気に砕ける「ただね松本さん、この状況だよ、戦争だよ、殺し合いだよ、やらなきゃ死ぬんだよ、ここは会社一丸いや国が一丸となり、適材適所でこの難局を乗り越えるしかないのだよ ここ分からない筈ないですよね」

「それなら、他の会社もこうなんですか、うちの会社だけが目を付けられてるんじゃないですか」松本くぐもっては

斜に構える位打

「今度は愚俗な質問ですね 松本さん安心しなさい、日本全ての会社今まさにこれですよ マニュアルもこの緊急事態が来る迄封をし、もし開いたら厳罰に処しています 中には好奇心抑え切れず封を開け知ってしまった輩がいましたが、あらゆる方法を高じて漏れ無く塀の中に入れました 恐ろしいとお思いでしょうが国の体を守る為です」

「誰がこんな、恐ろしいマニュアルを作ったのですか」微かに手が震える松本

「日本を守る有志です そしてその中には私も入っています そうこの身が裂ける思いで作りましたよ」位打、松本から尚も目を逸らさず「しかし、まさかこの日が来ようとはね、有志一同驚いている事でしょう」


一気に怯え始める、個別面接会場


「位打さんが、」松本気を取り直し「その割には冷静ですね 前置きは確かに聞きました ですが中国が前触れもなく戦争仕掛ける筈有りません、あなた方有志一同が水面下暗躍したんじゃないですか」

「すっかり悪の組織扱いですか、陰謀論も程々しないと悪のりする輩が断ちませんよ」位打嘆息

「はぐらかすんですか」松本尚も食らい付く

「はぐらかすも何もありません 戦争にいたる推定経緯は私が知る範囲で答えた筈です どうしても導火線に火をつけた犯人を知りたいのですか」位打、個別面接会場をキリと見据える「お聞きの皆さん、犯人を知りたいなら、この難局を乗り越えた後に検証しなさい、生存競争を勝ち抜くのです」


今度はざわつく、個別面接会場 めまぐるしい応酬に倒れ込む社員が後を断たず


「続けます、」取り繕う松本「それなら、日本シネマカメラは政府調達Bランクのままではいけないのですか、無理にAランクに上げようとするから、こんな混乱を起こすんですよね Aランクになって貰える公民札って命より大切なんですか」

「松本さんは、何の為に働いていますか」口角の上がる位打

「家族を養い、そう、日本を、世界を明るくする為にです、」松本慄然と

「はははー」馬鹿笑いする芳賀

「まるで新人議員のキャッチコピーですね」位打失笑「いや、いいのです、正解です それを全て補完出来るのが政府調達Aランクの会社だけなのですよ 政府調達Aランクの気高さ確と分かって頂けますよね」

「いや、生活を切り詰めれば政府調達Bランクでも生きて行けます、助け合いの精神ですよ」松本食い下がる

「そうだね助け合う姿はいつ見ても美しい これは皆さんここに至ってが漸く気付いた事でしょう ですが日本シネマカメラは何が何でも政府調達Aランクの重い十字架を背負って頂きたい」位打、凛と


ぐるりと位打を恨めしそうに見つめる、個別面接会場全員


「位打さん仰々しいですね、ですがこの雰囲気、皆の気持ちはすでに固まった様です、総意と言えますよ 俺達、政府調達Bランクでも頑張れます」松本、個別面接会場をぐるりと見渡す


促されるかの様に、頻りに頷く個別面接会場の社員と説明員 盛大な拍手が巻き起こる


位打、不意に溜息

「そうですね、そろそろ日本シネマカメラの置かれた状況も話さないといけないですね 日本シネマカメラの社員である以上、君達にはどうしても背負って頂きたい事があります 心して聞きなさい」厳かに

「もう十分、日本シネマカメラの看板は背負ってるぜ」息を吹き返す松本

「いい度胸だ小童、」ついに啖呵を切る位打「それなら存分に背負って頂こう この先も試練は多い、まずはここで乗り切ってから理想を語れ、」

「ふん、言ってみろよ、絶対負けないからな、」負けじと啖呵を切る松本

「松本さん、この日本シネマカメラが販売している24Kカメラ、プロの現場及び世間の評判が好評ですよね」位打の口角が更に上がる

「ええ、アングルは変えられませんが、或る程度引きで撮っておいて、後で倍率変更・ファインダー変更がムラ無く出来ますからね 特に映画業界での映像編集の際かなり役立っています そう、そのお得意様達、国内外の映画賞の作品賞だけではなく撮影部門編集部門でも軒並み選出、大賞こそ逃しましたけどね、多くの人がスピーチで24Kカメラの事褒めてくれて、いやー感涙ものでしたね」松本悦に浸る

「その大好評の24Kカメラがだね、中国の落とした原爆全てに転用されていたらどうなるかね」松本を厳しく見据える

「、、何を言ってるんですか、」松本、冷や汗がしたたり落ちる「そんな訳…」

芳賀一気に崩れ落ちる

「そんなバカな、有り得ん…」

「全く、」位打尚も捲し立てる「優れ過ぎた民生品は困ったものだよ ブラックボックスも無く、分解も容易、何より部品を抜き出して考えうる兵器にすぐさま転用可能だ 分かるかね、馬鹿みたいに誰彼問わず売りやがって、君達も間接的に敵国中国の原爆一斉投下に関与しているのだよ、」

「そう、、証拠はあるんですか」松本力を振り絞る

位打徐に立ち上がり

「状況証拠なら幾らでもある ここまで原爆の精密発射が出来るのは、日本シネマカメラの24Kカメラ以外無いと、防衛省次世代開発研究所の見解です 正に完全無敵の殺戮兵器です! ついでに極秘回線で官房長官に怒鳴られたがそんな事はすでに後の祭りだ、ここ日本シネマカメラにそんな歴史的屈辱に対応出来る対策室など一切無い、君達はいつまで温室の中にいるつもりだ、」個別面接会場に位打の声が響き渡る「先程から、私達の話を聞いている皆さん、漸く分かったかね、日本シネマカメラは中国の原爆一斉投下の片棒を担いだ大悪党だ、幾ら否定しても構わないが、この事実を絶対受け止めなさい、お分かりか!」毅然と見渡す



個別面接会場は落胆の極み、すでに放心状態

振り絞り立ち上がる沈痛な面持ちの芳賀

「いいか皆、時間が押している、皆、個別面接を続けなさい」席を離れ会場を促して行く

それでも言葉を繰り出せない一同



俯いたままの松本

「位打さん、だからここまで日本シネマカメラへの国の締め付けが厳しいんですか」

「ああ部会の最右翼は、この日本シネマカメラ社員をどうしても最前線に送り込んだり、会社を疲弊させて無きものにしようとしているね、穢れた歴史を消すと言うのは途方も無い事なのだよ」位打一瞥もせず

「とんだ見せしめですね」松本尚も食いつく

位打、松本に向き直り

「松本さん、何度でも言おう他人事では無い、中国の原爆一斉投下で300万人が死んだのだ、誰かが責任を持たねばならまい」

「えっ…100万人じゃないんですか」松本淡々と

「松本さんもしれっと、感覚が麻痺してきたかな、死者はもっと増えるだろうね 原爆10発を一斉に落とされたら、救援隊も間に合うまい、負傷者はただ死を待つだけだよ」位打、従容と

「俺が、やったかも知れないのか、、」松本戦き震える

そっと囁く位打

「どうかね松本さん、提示された提案をのめなければ日本シネマカメラを辞めるのも一つの手だよ」

「考えさせて下さい」松本、震えを抑えようと

位打、見下ろすかの様に

「考えても無駄だよ、どの道この日本シネマカメラには未来は無い、国がなんとしてでも抹籍処分を下す」

「いや、死んだ皆さんに何か謝罪が出来る筈です、そう何か、出来ます」松本、目もうつろに

「いやここが潮時です 戦争となった今、これから更にたくさんの人が死んで行きます、それを今更どうしろと、詫びて生き返るわけでもあるまい」不意に位打の口角が上がる「しかし松本さん程慈悲深い方なら、日本シネマカメラを辞めても、自らの希望に敵う仕事を幾らでも用意出来ます どうですか私の話を聞きませんか」硬軟織り交ぜ

「でも、」躊躇う松本

「謝りたいのでしょう、罪を償いたいのでしょう 大丈夫、こう見えて私の顔は広い 君が望む仕事は幾らでもあります、任せなさい」松本の肩を叩く

松本首を振り

「いや、俺だけ逃げるなんて出来ません」松本目を伏せては

「何を言うのかね 潰れる会社に逃げる逃げないは適用されません 何より松本さんと私は、この個別面接ですでに肝胆相照らす仲です 明日の国家を背負う担い手を、こんな所で失う訳にはいきません」位打凛と澄ます

「ですから、俺だけ逃げるなんて」つい顔を上げる松本 

位打、諭す様に

「松本さん、死の灰の二次被害で外に出せず分からないだろうが、今は日本全土隈無く戦場だよ、生き抜く事を最優先に考えましょう 何より24Kカメラの中国無断転用を聞いて、この会社から逃げたいでしょう、家族仲良く暮らしたいでしょう、餓死をしたくないでしょう そう、肝心な所が抜け落ちてる日本シネマカメラにどこまでも付き合う事は有りませんよ、とっとと乗り換えましょう、さあ」松本の肩を強く握る

松本、また俯いては

「あーいや、でも戦争状態なんですよ、そう簡単には、」

位打大仰に

「大丈夫、中国への反攻作戦が展開するまで少々時間は掛かるでしょうが、日本は九州位制圧されても、我々には日米同盟のアメリカ最強軍がついています 大船に乗りたまえ 中国軍などあっという間に大陸に押し戻しますよ 見ていなさい」鬼の形相へと変わって行く

松本漸く顔を上げては

「ああはい、聞くだけですよ」松本、躊躇するも陥落する

「やっと建設的な話が出来るね、何としてもご家族は守りぬきましょう」位打、その笑みは魔が乗り移ったかの様

「はい、家族は守ります」松本、拳に力がみなぎって行く

「ただそのご家族なんですが、今の状況を緊急時マニュアルの進行で鑑みますと、大規模疎開が始まる筈です こう言ってはなんですが、原爆一斉投下の暴挙に出られた為、想定を遥かに越えています そうですね、ご家族に再び合うのはかなり至難の技です」位打ふてぶてしくも思案顔「しかしそこは何とか便宜を計りましょう、何としても君達ご家族を生き延びさせます、これはご内密にお願いしますね」

「ありがとうございます、位打さん」松本立ち上がり、位打に一礼

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