イシコロ君の運試し ~大吉編~

梨兎

第1話

 ころころころ どこへ行く?

 ころころころ 右に行く?

 ころころころ 左へ行く?

 今日は左に行ってみよう。


 ころころころ ころころころ

 ころころころ ころころころ


「イシコロくん、おはよう」

 誰かがイシコロ君にあいさつしてきました。

 流れのゆるやかな川の向こう側には、スズメくんが羽をパタパタさせてイシコロ君を呼んでいます。

「スズメくん、おはよう」

イシコロ君はスズメ君にあいさつします。

「なにしに行くんだい?」

 スズメくんは大きな声で聞いてきました。

 スズメくんをまねて、イシコロ君も大きな声で答えます。

「今日の運試しをしに行くところさ」

「今日の運試し?」

 スズメくんは左右に首を倒し、ふしぎそうな顔をしています。スズメくんは羽をパタパタと動かし、川を越え、イシコロ君の前に砂ぼこりを上げて着地しました。

「そう、運試し」

「なんだい、それは?」

 スズメくんは再び左右に首をかしげます。

「何人の友達に会えるか、どんなできごとがあるかで、今日の運を決めるんだ。たくさんの友達に会えたり、すてきなできごとがあれば大吉。誰にも会えなかったり、かなしいできごとがあれば大凶。今日は、スズメくんに会えたから、大凶ではなくなったよ」

「へー、それはうれしいな」

 スズメくんはさえずるように言いました。

「スズメくんはどこに行こうとしていたの?」

「おっと、いけない! イシコロくんを見つけて思わず声をかけてしまったが、ぼくはお母さんにおつかいをたのまれていたんだった! イシコロくんと話していたいけど、お母さんが困ってしまうから、ぼくは行かなくてはいけない」

「また会ったとき、ゆっくり話そうよ」

「そうだな。またな、イシコロくん!」

 パタパタと羽を動かして、スズメくんは川の上流に向かって飛んでいきました。



 ころころころ どこへ行こう?

 ころころころ 右に行く?

 ころころころ 左へ行く?

 今度は右に行こう。


 ころころころ ころころころ

 ころころころ ころころころ


「にゃにゃにゃ? イシコロ君じゃないかにゃ?」

 イシコロ君の頭上から声が降ってきました。

 視線を上げると、大きな大きな栗の木の枝に、シロネコさんが休んでいました。

「シロネコさん、おはよう。そんなところでなにをしているの?」

「友達を待っているところにゃ。でも、なかなか来ないのにゃ」

 果物が熟して落ちるように、シロネコさんは栗の木の枝から地面に降りてきました。

「イシコロ君こそ、こんなところでなにをしているのかにゃ?」

「今日の運試しをしているところだよ」

「にゃにゃ、前に話していたにゃー。良い出会いを探す旅にゃ」

「旅ではなく散歩だけどね。さっきまで、スズメくんと会っていたんだ。続けてシロネコさんに会えるなんて、今日は運がいいかもしれないよ」

「にゃにゃー。にゃんだかほめられたみたいで照れるにゃー」

 シロネコさんはぷにぷにの肉球でおでこのあたりをなでます。しかし、思い出したようにシロネコさんは両手で手をたたきました。ぷにん。

「そうにゃ。イシコロ君、おいしい栗は欲しくないかにゃ?」

 イシコロ君はクエスチョンマークを浮かべます。

「ひまつぶしにおいしい栗を集めていたのにゃ。でも、集めすぎてしまったにゃ」

 そう言って、シロネコさんは栗の木の根元を指さします。イシコロ君はシロネコさんの指先を追いかけます。そこには、栗が山のように積まれていました。

「大量だね。これ、シロネコさん一人で集めたの?」

「そうにゃ。気がついたら吾輩の体を超えていたにゃ」

「すごいよ! シロネコさんは集中力があるんだね。ぼくとは大違いだ」

「そんなことないのにゃ」

 シロネコさんは、またぷにぷにの肉球で自分のオデコをなでました。

「疲れたから、木の上で休んでいたにゃ。そしたらイシコロ君がやってきたのにゃ。グットタイミングにゃ」

 シロネコさんはぐいっと親指を立てます。

「とても欲しいけれど、ぼくより大きな栗を持っては帰れないよ」

 ごめんね、とイシコロ君はあやまります。

 花が枯れるように、シロネコさんの笑みは消えてしまいました。

 イシコロ君は、悪いことをしてしまった、と少し心が痛みました。

「イシコロ君の言う通りにゃ。吾輩としたことが、おバカなことを言ってしまったにゃ。それにイシコロ君は、良い出会いを探す最中にゃ。じゃまをしてはいけないにゃ」

 頭を抱えて、シロネコさんはうなり始めてしまいました。

 どうしよう、イシコロ君は悩みます。

「イシコロ君に食べてほしいのにゃ、とてもおいしいのにゃ。でも、栗が大きいのにゃ。栗を小さくすればいいのかにゃ? でも、荷物になってしまうのにゃ。良い出会いを探すじゃまになってしまうのにゃ。でも、とってもおいしいのにゃ。食べてほしいのにゃ」

 にゃにゃにゃ? にゃにゃにゃ?

 うにゃにゃにゃ? うにゃにゃにゃ?

 とうとう、シロネコさんは頭を抱えたままうずくまってしまいました。

 イシコロ君はオロオロとシロネコさんに声をかけました。

「シロネコさん、大丈夫? 気持ちだけもらっておくよ、シロネコさん」

 シロネコさんはフルフルと首を振ります。

 どうしよう、とイシコロ君は再び悩みます。がんばって栗をかつげるかな? 小さ目の栗なら大丈夫かな? イシコロ君はいろいろ考えます。

「吾輩がたくさん栗を拾ってしまったのがいけないのにゃ」

 シロネコさんが自分を責めはじめたとき、誰かがシロネコさんの名前を呼んでいる声が聞こえてきました。その声はどんどん近づいてきます。

「おーい、シロネコ。遅くなって悪いにゃー。来る途中に、川に大きな魚が泳いでいたから、捕まえてきたのにゃー。一緒に食べようにゃー。にゃ? どうしたにゃー?」

 イシコロ君とシロネコさんのもとにやってきたのは、シロネコさんと仲のよいクロネコさんでした。背中には、クロネコさんと同じ背丈の魚をせおっています。ぴちぴちと、ヒモでくくられていますが、魚はもがくように動いています。

「シロネコ、どうしたにゃー? 悪いことでもしたのかにゃー?」

 クロネコさんは、うずくまっているシロネコさんの背中を、まるで励ますようにぽむぽむとたたきます。

「吾輩はイシコロ君においしい栗を食べてほしいのにゃ。でも、イシコロ君より栗が大きいのにゃ。運べないのにゃ。クロネコ、吾輩はどうすればいいのかわからなくなってしまったにゃ」

 にゃー、とクロネコさんは首を振りながらため息をつきました。ため息に合わせるように、背中の魚もぴちぴちと動きます。

「相変わらずシロネコは頭が固いにゃー。イシコロ君より石頭にゃー。三毛猫カフェに行く道にはイシコロ君の家があるにゃー、立ち寄ればいいだけの話にゃー」

 うずくまっていたシロネコさんは、クロネコさんの提案を聞いて顔を上げました。そして、クロネコさんの肩に手を置き、ゆらゆらと揺らし始めました。

「そうにゃ! それがいいのにゃ! すごいにゃ、クロネコ! 天才にゃ!」

「シロネコ、やめるにゃー、世界が回ってしまうのにゃー」

 シロネコさんの丸いひとみはキラキラと宝石のようにかがやき、ヒマワリのような笑みを浮かべ、何度も何度もクロネコさんを褒めて、揺らします。クロネコさんがせおっている大きな魚も揺れます。ぴっちんぴっちん。

 はじめはあきれて受け入れていたクロネコさんも、シロネコさんの加速するテンションに我慢できなくなり、「いいかげんにするにゃ!」と、シロネコさんのおでこをたたきました。「にゃー」と、声をあげてシロネコさんはうつむきます。クロネコさんがせおっていた魚も大人しくなりました。目が回ったのでしょうか。

「イシコロ君。なんだかシロネコがめいわくをかけたみたいですまないにゃー」

「え、そんな、めいわくなんて、ぜんぜん」

「栗は吾輩たちが責任を持って、イシコロ君の家に届けるにゃー。だから安心して出かけていいのにゃー。シロネコ、いつまでうつむいているにゃー。風呂敷に栗を包むのにゃー。もたもたしていたら、三毛猫カフェのマタタビパフェが売り切れてしまうにゃー」

 ぺしぺしとクロネコさんはシロネコさんのお尻をたたいて、栗の山へと押していきます。

 シロネコさんはクロネコさんから渡された、猫柄の風呂敷を広げて、栗を一粒一粒風呂敷の上に乗せはじめました。

「イシコロ君、長い間シロネコの相手をしてくれてありがとにゃー」

「いえ、ぼくもシロネコさんと話せて楽しかったですから」

「イシコロ君は良い子にゃー。おまけしとくにゃー」

 クロネコさんは手を振りシロネコさんのもとへと歩いて行きました。

 一粒一粒、ていねいに風呂敷へと運んでいるシロネコさんに、クロネコさんは「おそいにゃー」とシロネコさんの頭をぽむとたたきます。「こうやって手際よくするにゃー」と、大きな栗を次々と風呂敷に積んでいくクロネコさん。そんな職人技を見たシロネコさんは、栗のように大きくひとみを開き、拍手をします。「拍手してないで、はやくするにゃー」と、クロネコさんはシロネコさんの頭をぽむとたたきました。

 微笑ましいやり取りをするシロネコさんとクロネコさんを見て、イシコロ君はなんだかうらやましく、少しだけさびしい気持ちになりました。



 ころころ どこへ行こう。

 ころころ どこへ行こう。

 どこへ行こう。



 ころころ ころころ

 ころころ ころころ

 ころころ ころころ



「あらあら、イシコロ君。そっちは森よ?」

 イシコロ君が名前を呼ばれて顔を上げると、うさぎのお姉さんが洗濯物を干していました。

 イシコロ君は後ろをふり返ります。知らない間に、森の方へと歩いてきいたようです。森は迷路になっているから入ってはいけないと、お母さんとお父さんに耳が痛くなるほど言われていたことです。

「あらあら、なんだか顔色があまりよくないわよ? そうだわ、私の家で休んでいきなさい。今朝焼いたニンジンマドレーヌが残っているの。飲み物はパイナップルジュースでいいかしら? 昨日パパが仕事帰りに買ってきてね。飲みたくなったからって、ママに言わずに買ってきたのよ? ママったら、すごくおこっていたわ」

 フリルのついた真っ白なエプロンをつけたうさぎのお姉さんは、イシコロ君の背中をぐいぐいと押して家の中へと連れていきます。

 家の中に入ると、カントリー調の家具がイシコロ君を囲みます。

「さあさあ、座って」

 イシコロ君はうさぎのお姉さんに言われるまま、ニンジンのマークが印象的なイスに座りました。うさぎのお姉さんはぴょこぴょことキッチンへと向かっていきます。

「落ちこんだり、失敗したときは、いつもお母さん特製のニンジンマドレーヌを食べるの。するとね、ふしぎと笑顔になって、元気百倍になるのよ。おかしいでしょ」

 うさぎのお姉さんは照れくさそうに言います。綿毛のようなしっぽが、ふりふりとうさぎのお姉さんの気持ちを表現するように揺れました。

「さあ、召し上がれ」

 イシコロ君の前にあらわれたのは、もこもこと湯気たつニンジンマドレーヌとヒマワリのように黄色いパイナップルジュースです。湯気とともに、ニンジンの甘い匂いがイシコロ君の鼻をひくひくさせます。

 イシコロ君は両手を合わせてから。

「いただきます」

 パクリ。

 もぐもぐ もぐもぐもぐ 

 もぐもぐ もぐもぐもぐ

 ごっくん。

「おいしい!」

 イシコロ君はパイナップルジュースの入ったコップに手を伸ばします。

 ごくごく ごくごくごく

「ジュースもおいしい!」

 ニンジンの甘さが際立つマドレーヌとパイナップルの甘酸っぱいうまみが、ふしぎとさびしい気持ちを甘く、幸せな気分にさせてくれました。

「元気になったみたいでよかったわ」

 うさぎのお姉さんは優しい笑顔でイシコロ君の頭をなでました。その笑みは、お母さんが笑っているように見えました。なので、イシコロ君は元気がなかった理由を口にしました。

「シロネコさんとクロネコさんが仲良くしている姿を見ていたら、なんだか兄弟がほしくなっちゃったんだ。兄弟がいたら、毎日楽しいのかなって。ぼく一人っ子だから」

「そう、だから元気がなかったのね」

 うさぎのお姉さんは笑顔のままイシコロ君の頭をなでてくれます。優しくて、温かくて、ふわふわで、なんだかお母さんになでられているようで、イシコロ君は安心しました。

「私はイシコロ君がうらやましいけどな」

「え! どうして?」

 イシコロ君はおどろいてうさぎのお姉さんの顔を見つめます。

「だって、お母さんとお父さんをひとりじめできるでしょ? 私の家は姉弟が多いから、いつも誰かがお母さんとお父さんをひとりじめしているの。それに私は長女だから、甘える方じゃなくてお母さんやお父さんを助ける側に回らないといけないの」

「お姉ちゃんは、ひとりじめしちゃいけないの?」

「いけないわけではないのよ。でも、順番があるの。私はもうたくさん甘えたから、次は弟や妹達が甘える番なの」

 弟や妹の知らないところでこっそり甘えているけどね、とうさぎのお姉さんはウインクしました。

 うさぎのお姉さんはいろいろな話をしてくれました。お母さんの料理がおいしいこと。お父さんが日曜大工にきょうみを持ったこと。うさぎのお姉さんに好きな人がいること。たくさん、たくさん話してくれました。イシコロ君は話を聞きながら、もぐもぐとニンジンマドレーヌを食べ、ごくごくとパイナップルジュースを飲みました。

「あらあら、もうこんな時間! 夕飯の準備をしないと」

 ニンジン型の時計を見て、うさぎのお姉さんは勢いよくイスから立ち上がります。

「ごめんね、イシコロ君。長い間引き止めちゃって」

「大丈夫だよ。とっても楽しかったし、ニンジンマドレーヌもパイナップルジュースもおいしかったから」

「よかった。お母さんにそう伝えておくね。きっと大喜びするから」

 ぴょんぴょんはねちゃうかも、とうさぎのお姉さんは笑いました。イシコロ君もつられて笑ってしまいます。

「気を付けて帰ってね、イシコロ君」

「うん」

「また、遊びにおいで」

 バイバイ、とうさぎのお姉さんは、イシコロ君の姿が見えなくなるまで手を振ってくれました。イシコロ君は何度も何度も振り返り、手を振ります。

 うさぎのお姉さんと話していたら、いつの間にか、さびしい気持ちが消えていました。



 ころころころ さあ、家に帰ろう。

 ころころころ 暗くなる前に。


 ころころころ ころころころ

 ころころころ ころころころ

 ころころころ ころころころ



「あれ、イシコロじゃん! こんなところでなにやってんだ? 早くしないと日が暮れちまうぜ」

 大きな声でイシコロ君に話しかけてきたのは、カラスくんでした。桜の木に止まって、毛づくろいをしています。毛づくろいが終わると、カラスくんはバサバサと翼を広げ、しゅいーんと風に乗ってイシコロ君のもとへとやってきました。砂ぼこりが上がり、イシコロ君はケホケホ。

「これから家に帰るところだよ。カラスくんは休んでいたの?」

「おう! もう少し飛ばなきゃならねーからな、ちーとばかり休んでたんだわ。そうだ! オレが家まで送ってやるよ。ちまちま歩いてたら夜になっちまうぜ! このカゴに入りな!」

 カラスくんはイシコロ君をくちばしではさんで、そのままカゴの中へと入れてしまいました。

 ころころころりんこ。いてて。

「ちょ、ちょっと待ってよ、カラスくん! ぼくは一人で帰れるし、カラスくんのじゃまになってしまうよ」

「いーから入ってろって、すぐに着くからよ!」

 カラスくんはカゴの取っ手部分を両足でがしっとつかみ、翼を広げ、夕日に染まる空を目がけて飛び立ちました。

「うわっ!」

 イシコロ君はころころとカゴの中を転がります。カゴの中に入っていた、とてもきれいな石といっしょに。

 右へころり 左へころり

 また右へころり 左へころり

「あわわ、目が回るよ、カラスくん」

「おっと、すまねー。いつもみてーに飛んじまったぜ! いつもよりていねいに飛ばなくっちゃな、イシコロを落としてしまうぜ」

 カカカ、とカラスくんは笑いました。

「笑いごとじゃないよ、カラスくん」

「すまねーすまねー」

 カラスくんとカゴのすき間から見える夕日は、歩いている時とは違い、より夕日を近くに感じました。

 こつん、ときれいな石がイシコロ君のお尻に当たりました。

「ところでカラスくん。このきれいな石はなに?」

「ん? あーそれか? それはかーちゃんのコレクリョンさ」

「コレクリョン?」

「気に入った物を集めることだぜ。ちなみにオレはセミのぬけがらをコレクションしてるぜ! 今度イシコロにも見せてやるよ。すっげーかっけーからさ」

「なんだかカッコイイね。ぼくもなにかコレクションしてみようかな」

「中には、すっごい高いものもあるんだぜ! うちのかーちゃんが前にダイヤモンドを拾ってきてな、じじいにかんていしてもらったら、かーちゃんしっしんしちまってよ。二、三日寝込んで大変だったんだぜ」

「えっ! 大丈夫だったの?」

「ああ、元気になったら欲しいもの買いまくってたぜ。オレにも新しいゲーム機買ってくれたしな」

「そんなにたかいものなんだ、この石」

「石はその輪っかの一番かがやいてる部分だぜ。その輪っかのことは、指輪って言うらしい。人間たちが話していたのを盗み聞ぎしたから間違いないぜ」

「また盗み聞きしたの? カラスくん。それはよくないことだよ」

「場所を考えず話しているヤツが悪い!」

「えー」

「お、イシコロの家が見えたぜ!」

 カラスくんは翼をじざいにあやつり、ゆっくりとカゴを地面に置きました。そして、イシコロ君をくちばしではさんで地面に下ろしました。

「そうだ! これ持っていけよ」

 そう言って、カラスくんはカゴの中から指輪を一つ取り出して、イシコロ君の頭に乗せました。

「そこについている石はエメラルドっつって、安定や希望、満足感や喜び、新たな始まりっていう意味があるんだぜ。他にも意味があったが忘れちまったな、まあ、悪いことは起きないと思うぜ! じゃあな、イシコロ」

 カラスくんは飛び立とうとします。イシコロ君は慌てて引き止めます。

「えっ、カラスくん! こんなたかい物もらえないよ!」

「気にせずもらっとけって、かーちゃんもイシコロにあげたって言えば怒らねーだろーし。むしろあげない方が怒られる。だからもらえ!」

「で、でも、家まで送ってくれて、こんなたかい物までもらっちゃったら悪いよ」

 イシコロ君はうつむいて、なにかお返しできないか考えました。うーんと、うーんと。

「りちぎだねーイシコロは……ところでイシコロ、あの山はなんだ? お前の家、つぶれるんじゃないか?」

「え?」

 イシコロ君は自分の家を見ました。

 そこには、家を囲むように、栗が山積みになっていたのです。

「あわわわ、ぼくの家が!」

 家に近づこうとしたイシコロ君を、カラスくんは足で止めます。軽くふみつけられ、イシコロ君はむぎゅっと声をあげました。

「待て! うかつに近づいてなだれでも起きたら危ないぜ。ここはくずれねーように、どかしていくしかねーぞ」

 カラスくんは足音を立てないように栗の山に近づき、翼を広げ、てっぺん付近の栗を羽ですくうように栗を持ち上げました。

「カラスくん、気を付けて!」

「おう! イシコロは、万が一なだれが起きても巻き込まれない場所にいろよ!」

 少しずつ、少しずつ、カラスくんは栗の山をけずっていきます。

そして、イシコロ君の家を囲っていた栗の山は、小さな山がいくつもできました。

「とりあえず、これで大丈夫だろ」

 ふうー、とカラスくんは大きく息をはきました。

「ありがとう、カラスくん。おかげで家に入ることができるよ!」

「なーに、こんぐらい朝飯前よ!」

「お礼に、栗をもらってよ! この栗、今朝シロネコさんとクロネコさんがくれたんだ。まさかこんなにたくさんくれるとは思わなかったけど」

「マジか! あのシロクロがえらんだ栗ならよろこんでもらうぜ! あいつら、おいしい栗を見分けるのうめーんだよ」

「好きなだけ持っていっていいよ。ぼくら家族で食べきれる量じゃないからさ」

「おう、えんりょなくもらうぜ!」

 カラスくんは指輪の入ったカゴに次々栗を入れていきます。

「ありがとな、イシコロ!」

「こちらこそ、ありがとう!」

ずっしりと重みを増したカゴに、カラスくんは鼻唄まじりに帰って行きました。



「ただいま」

「おかえりなさい。今日の運勢はどうだったの?」

「大吉! あのね、あのね」

 イシコロ君は今日のできごとをお母さんに話しました。お母さんは時におどろいたり、おかしそうに笑ったりしてくれました。

 夕飯の時、イシコロ君はお父さんにも今日のできごとを話しました。お父さんも、お母さんと同じようにおどろいたり、おかしそうに笑ってくれました。

「そうだ! これ、カラスくんがくれたの」

 イシコロ君は指輪を机の上に置きました。

「食事中にダメじゃない……あら、すごくキレイね」

 お母さんは目を丸くしておどろいています。お父さんも、持っていた箸が止まってしまいました。

「その石にはね、意味があってね、確か……希望、喜びだったかな」

「イシコロ、カラスくんにお礼を言ったかい?」

 お父さんはまじめな顔つきでイシコロ君に言います。

「うん、ありがとうって。お礼にシロネコさんとクロネコさんがくれた栗もあげたよ」

「じゃあ、シロネコさんとクロネコさんにもお礼を言ったかい?」

「あ、わすれてた」

「じゃあ、明日お礼とお返しをしておいで」

「うん。なにがいいかな? やっぱりお魚かな? あ、猫カフェのお菓子でもいいかもしれないな。あ、でも、あそこすごい人気だから、朝早く行って待たないといけないかな?」

 イシコロ君がシロネコさんとクロネコさんのお返しを考えていると、お母さんとお父さんが顔合わせて笑っていました。イシコロ君は「なにかおもしろいこと言ったかな?」と、思いました。

 イシコロ君はシロネコさんとクロネコさんのお返しを、眠りにつくまで考えました。

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イシコロ君の運試し ~大吉編~ 梨兎 @nasiusagi

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