絶対不可ノーのパラダイムシフト
小川かずよし
第1章 絶対不可能の領域
第1話 一番星の女
並木沿いのベンチで肘枕をしながら、外見など気にかけないトレーナーとジーンズを履いたニートの若者がいた。
「今日も、ダラダラと一日を過ごしたなぁ」
彼の名は
(あー働きたくねー。ニートの世界に召還されてー。無駄な消費が出来ないニートこそ、人類の救世主なんだぞー。そもそもこの世は何で働かなきゃいけないんだか)
そんな身勝手な妄想癖の強い男の目に、
「小さい頃はあんな星に行って冒険したかったなぁ、もう完全に夢の話だけれど」
田中がそんな独り言を呟きノスタルジーに浸っていると
「お兄さん、そんな事はありませんよ。今からでも私と一緒に宇宙を冒険しましょう」
田中の横で快活な女性の響きが貫いた。振り向くと、ストレートのやや髪の長い若い女性が田中を
「へっ? 君は」
「私は、神道
葉華莉と名乗る女が指差した先には細長い望遠鏡があり、天頂に輝いている一番星を指していた。
「そう言う意味ね」
格好からして望遠鏡のセールスでもあるまいと田中は安心し、興味本位からその望遠鏡で星を覗いてみる事にした。望遠鏡を覗く事など田中にとって生まれて初めての事だったが、要するに
「線が見える......ひょっとして、木星かな?」
木星は米粒くらいに小さいながら円を形どっていて、表面の
「そうですよ、おにいさん」
彼女は嬉しそうに田中に返答した。
「木星は火星より遠くにある惑星で、太陽系で一番大きな惑星です」
彼女は木星というものを丁寧に説明したが、もう少しレベルの高い話をしても良かっただろう。それとも相手の素養を探っているのだろうか?
「それくらいは知っているよ。あと、土星は木星よりも遠くにあるんだっけ?」
小学生でもこの程度は知っていると思うが、田中のその知識は学校で習った事よりも、漫画やアニメ等の二次元で養われたものだ。
「良く知っていますね。その土星や木星は地球の10倍もあって、しかも大半がガスで出来ているんですよ」
彼女は若干レベルを上げた解説をした。
「へぇー、それは知らなかったわ」
「それにしても、初めて望遠鏡で星を覗いたけど、こんなに良く見えるとはね」
田中は左目をピクピクと
感想を伝える。
「えっ? はい」
田中の何気ないその感想は葉華莉にとって意外なものだったらしい。そして彼女は、ほころんだ笑みを溢しながら話した。
「でも、大概の人はこんなものかと、がっかりする人も少なくないんですよ」
「みんな贅沢だなぁ」
「始めて惑星を見る人は、もっと大きい星のイメージを想像してるんだと思います。ただ、これでも肉眼の百倍の倍率はあるんですよ。それにもっと大きな望遠鏡を使えば、そら豆くらいには大きく見れるんです!」
さらに葉華莉は、語気を強め続けて田中に言い寄る。
「私の家には、もっと大きな望遠鏡がありますから、是非それで覗いて見て下さい!」
「いっ、いきなり! そもそも君の家って俺の自転車で行ける距離か?」
「距離からしてここから10キロはありますから、私の車で乗せて行ってあげますよ。お兄さんの自転車も私の車に乗せましょうか?」
「いや、自転車は鍵を掛けてここに置いてくよ」
「では私の車が止まっている駐車場まで行きましょう」
葉華莉の強引な押しの強さに田中は負け、渋々付いていく事にした。
彼女は持ってきた望遠鏡をバンに収納して、助手席へと田中を誘う。
田中が車内に入ると、運転席の
「それ、大切なもらい物なものなんです」
余程大事なものだったのか葉華莉から一喝され、田中は直ぐに手を下げた。
乗車して暫く時間が経ち、周りには一般住居らしきものは見当たらなくなって来た。
その様な状況になり、田中は当然ながらの勘違いをする。
(この辺りってホテルが乱立していた様な、もしかして全て俺を誘うの口実だったのか。
それによく見ると彼女、結構可愛いしラッキーだわ。ジャージという学生時代を匂わせるコスプレもそそる)
田中がにやけてそんな妄想していると、車はやがて停止した。
「あそこが私の家です」
「家・・・・・・? あれが君の家」
田中は一瞬あっけに取られたが、その意外な外見のお陰で更に妄想が現実を超えた事を確信した。
「さあ、入ってください」
「ちょっ、いいの本当に?」
建物は三階建てで、看板は擦れているがそこにはホテルグリーンレイクと書かれていた。
「もちろん、ここの最上階で大きな星が見れますよ」
田中は期待を膨らませ、誘われるままホテルの一室に入った。
「あれ、真っ暗じゃん、それに受付も済ませてないのに行き成り部屋に来ちゃったけど」
「受付も何もここが私の家ですから。それよりドームを開けますからじっとしていて下さい」
モーター音と共に天井が開き、空には星々が瞬き、外の薄明かりにより彼女の近くにあったであろう大きな大砲が姿を現した。
「大砲、いや望遠鏡?」
「そうです、これは口径30センチ、焦点距離が3メートルあるアポクロマートの屈折望遠鏡というものです。シーイングのいい今日みたいな日は、アイピースに10ミリのモノセントリックを付けて適性倍率300倍でF10によるクッキリ、ハッキリとした木星を見る事が出来ますよ」
田中にはさっぱり理解出来ないうんちくを乱発させ彼女は自慢げに語った。
「随分詳しいんだな、えーと葉華莉さんだっけか?」
少し照れながら、田中は初めて彼女の名を発した。
「いきなり名前でですか、苗字は神道なんですけれど。まぁ、どちらでもいいです」
「ごめん、どっちが苗字だったか勘違いしたよ。俺の方は、田中って在りきたりの苗字だけどさ」
田中は、非礼を詫び代わりに自分の苗字を教えた。
「いえいえ、田中という苗字はなんとなく不動の安定感があります」
「田中の苗字で褒められたのは生まれて初めてだわ」
冗談で対応した田中だったが、葉華莉は
「でも、本当にどうでもいいんですよ。親から受け継いだ名前なんて」
やや引っかかる物言いで返した。
「私、宇宙が好きで勉強していて、いつか本当に宇宙に行きたいって思ってるんです」
田中はそんなリケジョの葉華莉に感嘆する。
「さっきの話は冗談じゃなかったのか。まぁ、こんなの見せられれば納得もするわな」
「私は本気ですよ。さあ、田中さんここを覗いて見てください」
会話中に葉華莉は、望遠鏡のセッティングを終えていた。そして、田中は公園で覗いた望遠鏡と同じ様に小さな覗き穴に目を近づける。
「・・・・・・これは凄い」
大砲とも言える大きさの望遠鏡で見た三百倍の木星は雄大で田中を圧巻させた。
(公園で見た米粒の木星も悪くなかったが、これは形がはっきり見え線どころか模様の濃淡ものもうっすらと分かる)
田中は木星の雄雄しい姿を眺め、10分位の間観賞に浸っていた。
「田中さん、どうですか?」
葉華莉は田中に様子を
「正直、驚いた。できれば他の惑星も見てみたいな」
田中の宇宙への興味はインフレを起していた。
「今の時期、他の惑星は明け方に見れますが、太陽に近いので良く見え無いんですよね」
葉華莉は、田中に丁寧に説明する。
「そいつは、残念だな。でも惑星以外にもアンドロメダ星雲とか見れないのかな?」
「アンドロメダ星雲も同じく、明け方にならないと見えませんね。でもアンドロメダ星雲なら肉眼でも見えますよ」
季節によって見れる星座が異なる事を知らない天文知識の乏しい田中に、葉華莉は更に詳しく説明した。
「肉眼でって、あの渦巻いているアンドロメダが?」
「ええ、実際には雲の様にぼやけて見えるので、アンドロメダ星雲を見たとしても雲と勘違いする人が殆どです。一般に思い描く綺麗なアンドロメダ星雲は、写真で上手く撮影していますから」
感動を損なうとしても葉華莉は、事実を有りのままに田中に伝えた。
「そんなもなのか、そいつは残念だな」
「でも、ヘラクレス座のM13球状星団というのなら5月の今は見頃ですよ」
田中はヘラクレス座という星座の名前くらいは聞いた事はあったが、それ以外の用語に関してはちんぷんかんぷんで、色々と質問を葉華莉にぶつける。
「球場星団って、野球場の形をした星団かい? それにM何とかってどこかの宇宙人の住んでいる住所?」
「ふふっ、違いますよ。星が集まって球状になっているから球状星団なんです。Mというのはメシエという天文学者が星雲や星団に番号を振った事から来ている記号みたいなものですよ」
葉華莉は、田中に星への興味を持ってもらいたい一心で細かく説明した。
「そう言えば、そういった感じの物を図鑑か何かで見たことがあるな。確かマリモの様な形だっけか?」
田中は負けじと背伸びして、葉華莉に少しでも知識がある素振りを見せ様としていた。
「マリモですか、どちらかというとミラーボールに近いかも。でも多分それですよ」
葉華莉が慣れた手つきで望遠鏡を動かすボタンの付いたコントローラの様なものを操作して、目的のヘラクレス座のある一点に向きをむけた。
「アイピースを広角型に変えましたので、実際にそれを覗いてみてください」
田中は、度々彼女から聞くアイピースというものが、望遠鏡を覗く所にある交換できるレンズを指していることに気付いた。そして笑みを受かべて誘う葉華莉に、田中は期待を膨らませ望遠鏡を覗く。
「では、拝見しますか・・・・・・」
田中は、小さな穴から宇宙のマリモを眺め言葉を失った。
「・・・・・・」
その様子をじっと見つめる葉華莉。暫くして
「こりゃ、本当に凄い。一つ一つの星が綺麗に集まって、まるで花火だ!」
葉華莉はその姿を見て、自分自身が初めてその星団を見た時の様な嬉しさを感じていた。二人とも暫く愉悦に浸っていたが、突然そこに侵入者が現れた。
「葉華莉ちゃん、また星を覗いていたのか?」
それは作業着らしき服を着た白髪交じりの中年の男だった。
「おまけに彼氏と一緒とは、僕は驚きだよ」
男の揶揄に田中はとっさに言い訳をする。
「そうであって欲しいけど、偶然公園で会った彼女が星を見せてくれるって言うんでホイホイと付いて来たハニトラに容易に引っかかるアホな男です。しかし、断じて下心などないといえば嘘になります」
中年の男性は田中が気に入ったのか、快活に喋りだした。
「面白いお兄さんだね。葉華莉ちゃんは、そうやってよく見知らぬ人に声をかけて車でここに誘うんだよ。名づけて、覗かせ屋。しかし、若い成人男性を連れてきたのは初めてだよね」
その言葉を聴いて田中の沈黙していた下心が息を吹き返した
「初めて?」
中年の男は、更に余計なことまで語ってしまう。
「いつもはお年寄りや、子供達が主だから。以前は子供を車で連れて行こうとしている所を勘違いされ、誘拐犯や変質者と間違えられた事もあったね。はははっ」
田中はその話に便乗し、調子に乗って口走る。
「変質者ですか、確かにジャージというのはそのイメージが高いかもしれませんね。でも俺はジャージ
親指を立てて、意味の無い信念をアピールする田中。
それを聞いて流石に呆れた葉華莉は
「もう、二人とも! 私がジャージを着ているのは、機能性を重視しているからです。そもそも、社長もこれを着て仕事をしてもいいって言ってたじゃないですか?」
社長と聞いて田中は中年の男性に訊ねる。
「社長? もしかして社長さん」
頭をかいて、応える中年の男性。
「社長といっても、僕はしがない企業の経営者に過ぎないよ」
田中は、疑問に思っている事をかいつまんで聞いてみた。
「要は、あのお姉ちゃんとあんたは上司と部下の関係で、このホテルも何か関係があるっているという事ですか?」
田中は気取って推測した。
「お兄さん、察しがいいね。ところで興味出たのかい? この先の秘密を知ったらもう後戻りはできなくなっちゃうけど先に進みたいかな?」
社長は意味深なことを告げた
「覚悟は出来てると思う、3割くらいは」
人生や命を賭けるほどの秘密とはとても思えないが、妄想癖バンザイの田中には好奇心の方が勝っていた。
「ならば、こちらに来なさい」
社長はそう言い、田中をラブホテルの応接間へと招待した。
応接間には社長の年代を思わせる懐かしいロボットの模型が陳列していた。
その他にもSF類の映画のポスターなどか隙間無く張っていたりと
社長の憩いの場となっていた。
田中はその部屋を見て瞳を潤わせて語る。
「通常販売されているプラモはもとより数量限定のガレキまであるなんて」
ちなみにガレキとはガレージキットの略で特殊な生産工程のため大量生産されない模型の事である。
「おぉ、わかるかね。なら次は、この超弩級万能宇宙船メクセリオンだ。こいつは三年前にネットオークションで見つけた珍品でね、翼が可動式でラジコで空も飛べるんだよ。更にこっちのライトブレードなどは、高周波の単極タイプでリアルなサーベルの発光をかもし出すんだ」
社長は得意げに続けてうんちくを語る。
「取っておきは、この騎高戦士カソタムのプラモ。ポリキャップの代わりに球形にした特殊プラスチックのパワークリップを嵌めているから間接がヘタらない様に改造されているんだ」
「それは使えそうですね」
田中は魅了されていく。
「ただ僕の夢は、模型作りではなくて、本物のロボットを作って乗ってみんなとロボットチャンバラでもしてみたいと思っているんだけどね」
「そ、壮大な夢ですね」
田中は本題を忘れ社長の話に没頭し感心していたが、葉華莉が割り込んで来た。
「もう、社長も田中さんも世間の一般常識が通じない異世界の会話なんてしないでくださいよ。そもそも、ここに何しに来たか忘れてませんか?」
「えーとなんだっけ葉華莉ちゃん?」
わざと、とぼけた振る舞いをする社長に葉華莉の口はへの字型になった。
「分かってるて、そんな顔しないでよ。とにかくお兄さん、そこに座って」
田中は近くのソファに腰を下ろした。
「じゃあ、私は屋上の望遠鏡を収納しに行きますから」
葉華莉はそう言うと部屋を出て行った。
「お兄さん、夢はあるかい?」
社長はこれまでの穏やかな雰囲気を払拭して田中の
「夢? そりゃ、荒唐無稽な夢ならあるけどさ。例えばニートでも生きて行ける世の中になればなぁと」
会社の面接でも尋問でもないのでいい加減に返答する田中。
普通の社会人ならそこで馬鹿らしくて相手にもしない所だが、この社長は違った。
「そのニートってのは仕事をしないって事だよね。なら、仕事しなくてもいい世の中にするにはどうすればいいかな?」
想定外の社長の返事に田中は自分をからかっているのだろうと勘繰り、更にいい加減に返答する。
「そりゃ、金があれば仕事しなくても済むじゃん」
社長は田中の予想通りの回答に笑みを浮かべ、真面目に伝える。
「それは、お兄さんだけが金持ちになって働かなくてもよくなるという事だよね。そういった人は才能や運が味方する一握りだけだ。ならいっその事、この世の全ての人が働かなくても生きていける世の中を作ろうとするのは馬鹿げている事かな?」
「出来る訳ないじゃんか」
田中は完全に馬鹿にされていると思い立腹した。
「だから、何が原因でそれが出来ないのかな?」
それでも社長は粘り強く本当の答えを田中から聞きだそうとしていた。
「それは......食い物が足りなかったり、資源が無かったりで」
ようやく思った通りの返事が来たのか、社長はソファに背をあずけてリラックスして話を続ける。
「それを聞きたかったんだよ、足りない、無いこの言葉。つまりこの世はそれらが有限であるから、人は奪い合っていると言えるんだよね」
「奪い合うって、それ泥棒とか戦争とかの事じゃ無いの。仕事しているのは奪い合いじゃないでしょ?」
田中は常識的な意見を述べる。
「慈善事業や物々交換で利益をほとんど求めないレベルならそうだけれど、相手の利益を奪って儲けたいというのが資本主義社会の根幹だよ。資本主義は競争社会で進歩するという、聞こえはいいけれど、全員が同じ事をして儲けられる訳ではないし、おまけに競争を強要されているのが前提で、人は鞭打つ様に働かされているよね。さて、ここで誰が競争を強要しているのでしょうか?」
社会の事に疎い田中には、そんな問題提起に応えられる訳も無く
「そりゃ、自称偉い人がでしょ」
「正解は、人を利用して楽をしたい輩だよ。君は、人間が生きて行くのに必要最低限の労働時間はどれくらいだろうって考えた事はあるかな」
いきなり労働時間の話など、仕事をろくにした事の無い田中にとって判断に悩んだ。
ただそれでも唯一、短期で働いたことのあるバイトの時間帯を伝えた。
「それは、八時間くらいじゃないの?」
「その八時間労働というのは、ドイツのカール・ツァイスという光学機器会社にいたエルンスト・アッベという本当に偉い科学者兼経営者が、八時間の労働制を作ったのが始まりで、それ以前は決まった時間帯は無く延々と労働者は働かされていたんだ。つまり、八時間しか働かなくても良かったんだと皆気付いてから、どこの企業も労働者の暴動や批判を避ける為に真似する様になったんだね」
ニートの田中は、社長の話に興味を持ち始める。
「つまり、労働者はそれまで騙されいたと?」
「そういう事。しかも、それが出来たのは1900年だから今から百年以上も前の話なんだ。現代の様に更に科学技術が進歩して自動化が半ば可能な状態なら労働の負担も最低半分に減ってもおかしくないんだけれど、いまだに八時間労働というのはこれまたどういう事だろうかね?」
田中はにやりと笑みを浮かべて
「労働者は今なお騙され続けているという事でしょ?」
「そういう事になるよね。価格競争で値段が下げられるのは、元々の値段が高かったからとも言えるだろ? つまり、給与も労働時間もそれが当然の相場だと騙されているという事だよ」
社長の居心地のいい話に田中は本音を漏らす。
「社長さんのその話を聞いて正直、俺ほっとした気分だよ。今まで朝から晩まで働くことを強要されなきゃいけないのか不愉快でたまらなかったんだ。何で、みんなはもっと楽な社会を望まないのかって、そんな甘えた願望もっていたらこうやってニートになってたよ」
田中は、今まで誰にも言えなかった事を、まるで安らぎの地でくつろいでいるかの様に本心をさらけ出した。
「ニートには、世の中に疑問があって、それに従うのが嫌だという者もいるのだろう。どうやら、君はそういったタイプのニートの様だね」
社長からニートの田中に賛同する様な意見を聞き、はにかむ田中。社長は更に話を続けた。
「ただその疑問の終着点は、楽観出来ない要素に辿り着いてしまうんだ。例えば技術の進歩で百円の物が10円で買える様になっても、物を欲する人間が十倍に増えたら百円のままという事になる。人口が増えると需要が増え、同時に供給が増えるという現象だね。どうしてそうなるか分かるかい?」
「そんなの、さっきと同じで資源とかに限りがあるからでしょ?」
田中は、誰でも分かっている単純な答えを率直に伝えた。
「正しくその通りだよ、田中君。資源が有限だから物の値段はゼロにはなれない、特にエネルギー資源がね。戦争の主な原因は、相手の資源を強盗殺人してでも楽をしたいという単純な動機だよ。そういった類の戦争がなくす為には、ニートの世界が実現できる事とほぼ等しいと言えるだろう。だから、エネルギー問題を解決しない限り、この手の戦争は無くならないしニートの世界も難しいと言えるんだ」
社長の現実的な結論に田中の夢はここで覚めてしまった。
「そんなの絶対に不可能な永久機関でも作らない限り無理でしょ。最初からニートの世界など不可能って分かっていたけどさぁ」
田中の発した永久機関という言葉に反応し、不適な笑みを浮かべる社長。
「君は、永久機関が本当に不可能だと思うかい?」
あれだけのうんちくを語りながら永久機関の話など、この社長は無知なのかと田中は笑いながら言い返す。
「社長さん、永久機関が出来ない事なんて小学生ですら知ってますよ。それに、これまで
社長はそれらを想定していた様に腕を組んで余裕の表情で返した。
「僕も学生の頃は、そんなものは不可能だと信じていたがね。周りが出来ないと言っているから出来ない。出来ないと教育されているから出来ない。自分で実験して想定どうり出来なかったから出来ない。でも、そもそも出来ないを前提に考えているのに出来る訳がないんじゃないかな?」
社長の話は、まるで永久機関を既に実現させたかの様な自信に満ちていた。
「それは永久機関を実際にを作った人が言えるセリフですよ」
そう、田中が質問するのも、もっともな事だろう。それに対して社長は、こう述べた。
「それはそうだね。なら、ニート社会を切望する君が作って見ないかい?」
「え?」
田中はきょとんと目を丸くする。
「君がこの会社で働いて永久機関を作ってみないかと聞いてるんだよ?」
「俺、永久機関なんて信じてないし、専門知識も無い。そもそもここってラブホテルでしょ?そこの従業員の就職なんて考えてませんよ」
戻って来た葉華莉が、田中の勘違いを訂正する。
「違いますよ、このホテルは、元々廃屋同然だったのを購入して研究所にしたそうです。そして、ここでの基本的な仕事は、永久機関の開発を始めとする自由研究と様々な発明やその特許申請、そしてたまに来る依頼です」
葉華莉は掻い摘んでこの会社の説明をした。続けて社長が追加する。
「後は、太陽光による発電で売電もしているんだよ。主な収入源はそこからだね」
「なんだ、永久機関を外せばちゃんとした会社じゃないですか。でも葉華莉さんだっけか、君見たいな頭良さそうな人でも永久機関なんて信じてるの?」
田中は葉華莉に視線を向けた。
「私は社長と違い永久機関を作るというよりも、それを模索する過程でエネルギー問題を解決できるヒントが得られるんじゃないかと思っています。具体的には、限りなく百パーセントに近い動力源の開発です。それさえあれば宇宙旅行も夢ではありませんからね。その為に、東京真理科大学を卒業したんですから」
と葉華莉は、元気よく発声した。
しかし田中は、葉華莉の目的よりも、別の件で驚いていた。
「と、東京真理科大学! 天才だけ入学を認められる学費は無料という超エリート大の」
田中は、履歴書に書ける最終学歴が高卒だったのであっけなく屈服した。
「天才ってそんなことありませんよ、数学や科学全般は得意ですけれど好きと言う事だけですから。それより、ここで私達と一緒に働いてみませんか? 永久機関を信じて無くてもエネルギー問題を解決できる発明でもしたら、ニートの世界も夢ではありませんよ」
鬼気迫る怒涛の葉華莉の気迫にひるみ田中は
「は、はい......」
負けてしまった。
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