◆第2話 リリィという少女

第2話〔1〕花のお仕事

 

 

 

 

 

モモ「おんなじ……みんなとおんなじ」

 

 

 衣装部屋の大きな鏡の前に立って、モモはうれしくなってつぶやいた。

 

子ども用のエプロンドレスは、小さくてもちゃんとフリルがついていて、それでいて動きやすかった。

 

真っ白い長くつ下に、真新しい黒いメリージェーン。

 

胸もとのリボンはピンク色で、中央にガラスのブローチがあしらわれている。

 

メイドの象徴ともいえる頭の物は、ひだのついたホワイトブリム。

 

 あざやかな薄べに色の髪を首すじまで垂らし、赤くてまん丸い瞳で見つめ返す鏡の中の少女は、確かに自分自身だった。

 

 

モモ「ジャスミンとポピーと、デイジーとおんなじ服だね」

 

 

アステル「そうだよ。

君は今日から、見習いメイドとして色んなことを学んでいくんだ。

これはその制服だ」

 

 

モモ「もらっていいの?」

 

 

アステル「もちろん!」

 

 

 アステルが横合いから鏡の中に入ってきて、こちらの頭を軽くなでながら言った。

 

 

アステル「リボンがさくら色をしているよね。

それは年少を表しているんだ。

ポピーといっしょだよ」

 

 

モモ「ねんしょー?」

 

 

アステル「そう。

モモとポピーは年少でさくら色、

デイジーは年中でたまご色、

ジャスミンは年長でみどり色。

一年ごとにくり上がっていって、3年間修行を積めば、晴れてメイドになれるってわけだ」

 

 

モモ「メイド……に?

なれるかな、ぼく……」

 

 

アステル「ああ、でも、君が望むなら、君はメイド以外になることだって、できるよ。

ただし、ここにいる以上は、ここを巣立っていく時のための準備をしなくてはならない」

 

 

モモ「すだっていく……ときのため……」

 

 

 彼のおだやかな面持ちとは対照的にとても深刻な内容らしい話だったので、モモはむずかしい顔になってしまった。

 

 こちらの両肩に手を触れて、そっとしゃがみこむアステル。

 

2人の顔が、同じ高さに並んだ。

 

 

アステル「そんなに暗い顔をする必要はないよ。

ごめんね、こんな話はちょっと早すぎた。

時間はたっぷりある。

少しずつ学んでいけばいい。

さ、おいで、城の中を案内しよう」

 

 

 そう言い終えて彼が、立ち上がってこちらの手を引く。

 

廊下へと続くドアを開けると、すでに知っていた顔が4つ、戸口の向かいに人待ち顔で並んでいた。

 

 

ルナ「にゃあ~、かわいい~!」

 

 

ジャスミン「か……かわいい……」

 

 

 こちらを見つけた2人がまず、のどの奥にためこんだ裏声を小さくしぼり出すようにして一言。

 

みんな亜人だとの説明はあったが、モモにとっては誰もほとんど普通の人間で、すぐに仲良しになることができた。

 

 

アステル「あらためて紹介するよ。

見習いメイドの3人に、パーラーメイドのルナ」

 

 

 ジャスミンは8才の年長で、10才のモモよりもわずかに背が高く、ふっくらとした体型をしていた。

 

イノシシの特徴を持つハーフオーク族の少女だったが、横に突き出た耳と上向きな鼻以外は、いたって普通の女の子。

 

肌は白いし、切りそろえられた緑色の長い髪はつやつやだし、黒いつぶらな瞳も小さな口も、全く人間と変わらなかった。

 

 

デイジー「ふんっ、モモったら……似合ってるのよ」

 

 

 親指先ほどの大きさの角をひたいの左右から生やしたゴブリン族のデイジーは、強気な目つきながら話せばとてもやさしい女の子。

 

青い髪に黄色い瞳に浅黒い肌と、少々人間離れをした姿ではあったが、立派に人間らしい姿だった。

 

年中の7才だ。

 

 

ポピー「モモ~……リボンおなじ~……ふゎぁ~……」

 

 

 常に眠たそうにしゃべるピクシー族のポピーの背中には、透き通ったきれいな4枚の羽根が垂れ下がっていた。

 

背はモモより頭一つ分低く、細い手足。

 

ホワイトイエローの短髪に、瞳の部分が深い青、白目の部分が浅い青。

 

開き切らないまぶたに頼りなげなまゆが乗っかって、ながめているだけでもあくびが出そうになる顔立ちだ。

 

年少の6才。

 

 

ニア「まあ、メイド服をいただいたのね、モモ」

 

 

 廊下の奥から四角いメガネの大人の女性がやって来て、とても上品そうな立ち振る舞いでこちらに声をかけた。

 

 

アステル「ニアは知っているね?

私の専属メイドをつとめてくれている。

まぁ、秘書のようなものだよ」

 

 

ニア「ふふふ、これで正式に城仕えの見習いね。

よろしくね。

さ、みんな、今日から忙しくなりますよ」

 

 

 あいさつもそこそこにしてニアが号令をかけたので、それをきっかけに場にいた者たちが自分の持ち場を目指して散ってゆく。

 

モモとアステルの2人も、連れ立ってその場をあとにした。

 

 城案内ということで、まずは食堂横の厨房を訪れて、その中にいた彼以上に大柄の女性と対面した。

 

 

アステル「プロテアさん、今日から見習いを始めることになったモモを紹介しておくよ」

 

 

プロテア「あらマァ、かわいらしいコじゃないの。

アタシゃ、ハーフエルフ族のプロテアっての。

アンタ、いくつだい?」

 

 

モモ「じゅ……10さい……」

 

 

 朝食の片付けに少々さわがしい室内にもよく通る声で早口ぎみに話しかけられたので、モモはアステルの脚に半分隠れつつもじもじと答えた。

 

後ろでたばねたその人の髪は、青い根もとから先にいくほど赤くなっていて、めずらしい色合いだ。

 

 

プロテア「あっはっは、10歳かい、若くてうらやましいねぇ。

アタシゃ、こう見えても、もう87だよ、87!」

 

 

 冗談のつもりで言ったのだろうか、紫の瞳の気丈そうなまなざしも、ななめにそばだった耳も、張りのあるほほも、とても若々しくてきれいだった。

 

豊かなかっぷくに、これまた豊かな胸が、大きく胸もとを欠いたエプロンドレスの中ではち切れんばかりの存在感を放っている。

 

その谷間を飾っている飾りヒモの色は青だった。

 

 

アステル「プロテアさんは城の料理長をしてくれている。

毎日おいしい料理が食べられるのは、多くのキッチンメイドたちと、この方のおかげなんだよ」

 

 

プロテア「マァ、うれしいコト言ってくれるじゃないか。

モモちゃん、食べたいものがあったらアタシに言いな。

何でも作ってあげるからね、あっはっは!」

 

 

 歳のことはにわかには信じられなかったが、ともかく気さくそうで、よく笑う人だった。

 

 仕事にもどってゆく料理長と別れ、厨房を出て居館の外へ向かうと、次にたどり着いた先は離れの兵舎。

 

城壁に接して設けられた石造りの建物は、城壁と同じ高さがあってかなり大きい。

 

迫持せりもちをくぐって中へ入ると、武具の置かれた部屋で数人の城兵たちが鎧を身につけている最中だった。

 

 

アステル「こちらは城兵長のルドベキア。

ナイト爵をお持ちだ。

“デイム・ルーディ”とお呼びするんだよ」

 

 

デイム・ルーディ「モモというのだったな、母を亡くしたのは、まことに残念であった」

 

 

 すでに装備をととのえていた一人を紹介されたが、どうやら母の葬儀の時に会った城兵らしい。

 

今までで一番大柄の、男とも女ともつかない亜人で、それが頭の真上から話しかけてきたので、モモはひるんで目を丸くした。

 

 

デイム・ルーディ「はっはっは。

こんな顔をしているのでさぞかし驚いたであろう?

それがしはワニの亜人、まあ、ケイマニアンなどと呼ばれたりもするがな。

我々がいる限り、この城は安全だ。

だから安心して、たくましく育てよ!

はっはっは!」

 

 

 これもまた、よく笑う人だった。

 

身につけた物を軽く確認しつつ城の警備に向かった城兵長と別れると、モモとアステルは再び館の中へもどった。

 

 しばらく廊下伝いに歩いて様々の部屋を解説付きで見て回っていたが、さしかかった一階の階段の手前でアステルの足がふと止まる。

 

 

アステル「そうそう、地下室へは行ってはいけないよ。

危険な薬品や高価な機械が置いてあるからね。

これは絶対だ」

 

 

 地下へと続く下り階段を示して、真剣な面持ちで彼が言ったので、モモは返事をすることも忘れてそちらをながめた。

 

階段は途中から暗闇に飲みこまれていて、その先に何があるのかを、この時は確かめられなかった。

 

 その後、人を探し始めたアステルに連れられて引き続き城内をめぐったが、その人に会うまで少々時間を食ってしまった。

 

 

アステル「ミセス・ウェブスター!」

 

 

 一つの部屋に入っていこうとするメイドを、呼び止めて歩み寄るアステル。

 

 

ウェブスター「ぼっちゃま、どうなさいました?」

 

 

アステル「紹介しておきたい子がいてね。

新しく見習いをすることになった、モモっていうんだ」

 

 

ウェブスター「まぁまぁ、かわいらしいお嬢ちゃんだこと」

 

 

アステル「モモ、この方は女中頭じょちゅうがしらのサフラン・ウェブスターさん。

メイドのみんなをまとめる、リーダーだよ」

 

 

 彼が双方を引き合わせると、ミセス・ウェブスターは小腰をかがめてこちらの顔をのぞきこんだ。

 

 彼女は犬の亜人であるらしい。

 

顔じゅう細かい被毛ひもうにおおわれていて、チェーン付きの丸メガネからのぞくやさしげな目に、積み重ねられた年とゆたかな知性をもうかがい知ることができる。

 

灰色がかった白むらさき色の髪はシニヨンとメイドキャップで後ろにひとまとめにされ、被毛と同じクリーム色の毛でおおわれた垂れ耳が肩にかからぬ程度の長さで左右に垂れていた。

 

アステルより頭一つ分低い上背だったが、まっすぐ伸びた華奢な身体と背すじは、彼女をいくぶん長身に見せている。

 

オレンジ色の飾りヒモを、エプロンドレスの胸もとに結んでいた。

 

 

モモ「…………」

 

 

 モモはアステルの手をにぎったまま、緊張して無言でおじぎをすませてしまった。

 

 

ウェブスター「ほっほっほ、そんなに構えずともよろしいのですよ。

お城のメイドは皆あたくしの子どもみたいなものですから。

モモ、困ったことがあれば、あたくしに何でも相談しにいらっしゃい」

 

 

モモ「…………」

 

 

 たのもしげな言葉にこちらが思わず笑顔を浮かべると、女中頭はさらに笑って部屋の中へと入っていった。

 

 結局、みんな気さくそうでよく笑う人たちだった。

 

 

アステル「とりあえず顔を憶えてもらわなきゃいけないのはあの3人だ。

料理長、城兵長、そして女中頭。

この方たちが先頭に立って城を守ってくれている。

他にも、城医者しろいしゃ、森番、飛行場番、ガヴァネス、それからハウスメイドやランドリーメイド、キッチンメイドにパーラーメイドたちがいるよ。

まあ、それらはおいおい知ることになるだろうけどね。

全部で214人が今この城で暮らしているんだ。

モモを入れて215人だったかな」

 

 

ニア「アステル様」

 

 

 廊下で一対一の講義を受けていると、ニアが後ろからやって来て彼を呼ばわった。

 

 

ニア「リリィ様のお部屋の件でございますが……」

 

 

アステル「そう、もうすぐリリィが来て、216人になるね」

 

 

 質問をよこしたニアを指し示しながら、アステルはにこりとこちらへ合図する。

 

 

モモ「リリー?」

 

 

アステル「うん、リリィは私のいとこなんだ。

あさってに来ると言っていたから、今日明日はその準備でちょっと忙しくなるね」

 

 

 それからアステルはニアとむずかしい話を始め、何か色々と指示を出していた。

 

 

アステル「──というような段取りでお願いね。

それじゃあ、モモ、初仕事だ。

ニア、この子をよろしく」

 

 

ニア「かしこまりました」

 

 

 ずいぶん駆け足で城案内を強行されてしまったが、最後はニアが引き継ぐ形で突然終了した。

 

にこやかな面持ちのあるじに見送られ、来た方向へ引き返す彼女についてゆく。

 

 ともあれ、これで、モモは見ならいメイドとしての第一歩を、踏み出したのだった。

 

 

 

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