第51話 大団円

 思い返してみると、あの後は色々と大変だった。

 マークは予め、国に手配をしていたらしい。デモは暴徒のように伝えられ、それを鎮圧するための部隊がやってきた。

 僕は正直、これはまずいなあ、なんて思っていたんだが、玉藻さんのお陰でそれは何とかなった。

 空から巨大な狐が降りてきても、通常通り業務をこなせる人たちなんていないだろう。

 僕は玉藻さんと一緒に、彼らの上司と直接交渉することになった。

 と言っても、彼らの上に立っていたマークが消えてしまった時点で、状況がどこに着地するかは見えていた。


 有耶無耶だ。


 この国の得意技だね。

 責任者がいなくなったということで、原因は全てマークに被せられ、関係者には温情つきの措置が取られた。

 僕はしばらく偉い人達とやりとりすることになって、大層忙しかった。

 個人的には小説だけ書いて、立夏さんとイチャコラして暮らしたかったのだけど、何よりイチャコラのためにはこの事後処理が非常に大事だった。

 シェイプシフターに関する人権法案の立法が行われ、僕は知識者としてそのプロジェクトに加わることになった。

 明確に身元が確かな人間で、シェイプシフターに最も詳しいの僕だったのだから仕方がない。


 そんなこんなで、僕と立夏さんが婚姻届を出して挙式するまでに、一年かかった。


「いつも苦労をかけて悪いねえ」

「それは言わない約束ですよ、真崎さん。あ、ちょっと白髪増えてきてますね」

「えっ、ほんと!?」


 なんて会話をしながら、なんとかかんとかこの法案成立に全力を出して、テレビやネット番組にも出演して、説明をして回った。

 すっかり僕は有名になってしまって、適当なエッセイでゴロゴロしながら暮らすなんて夢のまた夢になってしまった。

 なので、僕と立夏さんの結婚は妙にニュースになってしまって、ひっそり身内だけで披露宴をするのも一苦労だった。



 この間に、司上は所属する役所でそれなりのポストを得たらしい。

 シェイプシフターである事もあり、外部向けの顔みたいな役職になっていた。

 彼は友人である部屋大吾という男も雇い入れ、公務員二人で忙しく走り回っている。

 披露宴で聞いたところ、忙しすぎて二人共出会いがないらしい。

 部屋君は、同族の女はおっかなすぎてもういい、と漏らしていた。何かあったんだろうか。



 山本氏は正式に副編集長になった。

 大出世である。

 これから新しい雑誌を発行するとかで、毎日会議や取材で残業続きらしい。

 披露宴に来た山本夫人が嬉しそうに愚痴っていたが、夫婦仲は良好らしい。

 お嬢さんの玲子さんと立夏さんの交友はまだまだ続いているそう。

 立夏さん的には、年下のアドバイザーとして、色々学ぶことも多いらしい。



 編集長は統一ベルトを取ったらしい。

 何やってるんだあの人は。



 紅鮭の情熱には頭が下がる。

 あいつは、マークを連れてどこかに飛び去ってしまった嵐華さんをこの一年探しまわっていた。

 世界各国の目撃情報をネットで集め、最近連絡を取り付けることに成功したらしい。

 そんなに彼女が好きなのかと聞いたら、人生をかけるに値するとかくさいことを言ってきた。

 まあ、気持ちは分かる。

 あまりに必死だったので披露宴に来る余裕はないだろうなあ、なんて思っていたんだが、当日に嵐華さんと一緒に現れたから、僕と立夏さんは腰を抜かすほど魂消た。

 どうやら僕らに続いて結婚するらしい。

 もう少し早ければ、ダブル披露宴だったな。

 でもあいつが義理の兄っていうのはどうなんだろうな。



 マークの行方は杳として知れない。

 嵐華さんも口を閉ざし、生きているとも死んでいるとも告げない。

 嵐華さんは国から指名手配にされていたが、玉藻さんを解して司法取引があったらしく、罪には問われないことになった。

 彼女の生体組織を国に提供することになったらしい。

 それでもマークの情報は渡さないというのだから、義理というものがあるんだろう。



 猫又はなんだか、普通の猫みたいな顔をして我が家に居着いている。

 猫は家につくものニャ、とかなんとか言って、我が家のエンゲル係数を上げることに余念が無い。

 元々はシェイプシフターだったらしいんだが、これが誰だったのか、今はもうわからない。

 まあ、僕には逆らわないし、立夏さんとは仲がいいみたいだしこれはこれでいいのかもしれない。



 黒い粒はなんだか前よりも感情表現が増えた気がする。

 彼らも生き物みたいなものなんだなと実感する。

 僕や立夏さんの言動から学習していっているようだ。

 家の掃除や害虫駆除はもっぱら彼らの自主性に任せている。

 有名人になった僕の周囲は何かと物騒になったが、彼らがお金のかからないSPとして仕事をしてくれるので、僕と立夏さんは安全そのものである。



 さて……少々気恥ずかしいけど、僕と立夏さんは結婚するまで、お互い純潔を守るなんていう事をしてたわけだけど……。

 正直、初夜はなかなか大変だった。

 なにせ、お互い経験がゼロなのだ。

 一昔前のハウツー本で勉強した立夏さんと、ネットの知識しかない僕。

 まあ、四苦八苦して、やたら時間をかけたけど、なんとか互いに納得できるところに収まったかと思う。

 以外だったのは、僕がシェイプシフターの血を輸血してから、どうやら以前よりも精力が遥かに増していたことだった。

 とりあえず夜明けくらいまで持ったのは我ながら凄いと思う。

 終わったら、お互いグロッキーだった。

 なんて疲れるんだ。スポーツだっていうのは本当だ。



 そして今、僕達夫婦はアメリカから招かれて機上の人となっている。

 忙しくて新婚旅行も出来ていないから、これがその変わりだ。

 僕も立夏さんも初の海外旅行だし、しかもファーストクラスの席だ。僕ら大興奮である。

 僕達を招いたのは、アメリカで上院議員をしている白頭大鷲のシェイプシフター、イーグル氏である。

 まんまだね。

 シェイプシフター会議が、ある程度オープンな形になって行われる初の会合に、僕らが招かれたとのこと。

 今後、世界はシェイプシフターという隣人を認め、彼らとともに歩いて行くことになる。

 僕と立夏さんは、表立って、人間とシェイプシフターが結婚したモデルケースになる。

 当分は忙しいままらしい。

 向こうについたら、少しの間は自由時間が欲しいものだ。


「ねえ、真崎さん。さっきから何を書いているの?」

「あ、ごめんごめん、手記みたいなものなんだけど……ここに来て、君と会ってからの事を思い出しててね」


 ポケットサイズのテキスト専用端末に、僕は今まであったことを書き綴っている。

 僕はあの時ああだったけど、彼はどうだったんだろう、なんて想像を交えながら。

 そのうち落ち着いてきたら、本にしてみたいな。


「うふふ、私、最初はあなたと出会って、すごくびっくりしたんだよ。狼相手だっていうのに、ひょろっとした人が立ち向かって行くんだもの」

「ああー、あれは怖かったなあ。でも、思わずやっちゃったんだよねえ」

「あれが、始まりだったんだよね。ねえ、そのお話が書き終わったら私にも見せて」


 身体を起こして、僕に顔を寄せてくる立夏さん。


「教えてあげたいの。この子にも……」


 そう言って、彼女はお腹を撫でた。

 えっ


「えっ、もしかして」

「はい、三ヶ月だって。真崎さん忙しくて、なかなか伝えられなかったから……どうせならびっくりさせてあげようと思って」

「……びっくりしたよ……!」

「……うれしくない?」

「死ぬほど嬉しい!」


 僕は身を乗り出した。


「ねえ、お腹に耳をつけていい?」

「あはは、まだ小さいから何も聞こえないかもしれないよ」


 それでもいい。

 僕は彼女の横に移動して、お腹に耳をつけた。

 暖かな感触とともに、鼓動が聞こえる気がする。

 これは立夏さんのものだろうか。それとも、新しい命のもの?


 シェードが降ろされていない飛行機の窓から、僕達に向けて夜の明かりが降り注いでいる。

 今夜は満月だった。

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