第49話 預言

 支持者たちは踊る。

 最後に目にした預言は、

『現実の存在にも、架空の存在にもマークを倒せない』

 というものだった。

 今思えば彼らはなんだったのか。

 マークは考える。

 既にそれは、マークにとっての信仰であった。

 全ての行く手を指し示す灯台の明かりであったし、事実、支持者たちが残したコメントは誤まるという事を知らなかった。

 それが、どうだ。


 画面の中には、マークを非難するコメントが溢れている。

 炎上だ。

 彼の城であったネットが、今燃え上がっている。


「なぜこんなことになった」


 苛立たしげに呟く。

 彼の周囲には、誰もいない。

 彩音が消え、しのんが消え、楓が去り、大吾は顔を見せない。

 涼だけは、今も空の上でマークの敵を監視し続けている。

 情報が絶えず、彼の端末には送られてきていた。


 映るのは、デモである。

 数は数千人。

 整然と、楽しそうに歩きながら、しかし主張はマークを糾弾している。

 あの、大義なきデモで、犠牲者を複数出した責任。

 何が責任だ、ばかばかしい。お前らが勝手に踊ったのではないか。


 大衆は身勝手だ。

 見つけた楽しい事に飛びつき、祀り上げ、褒め称える。

 そして、いざ祀り上げた存在に瑕疵あらば、それを貶め、責め立てる。

 そこに大義など無い。

 ただその瞬間が楽しいかどうかだ。


 奴らは何も理解していない。

 マークは怒りを覚える。

 だが果たして、マークが何を理解しているというのか。

 マークは裏の社会の頂点に近づいている。

 既に、大きな権力を振るう事も出来るだろう。

 国家の深奥にも近づき、一部を自分のものともしている。

 

 傷つくのは、ネットの中での自分だけである。

 現実の自分は……あのデモさえなければ、些かも傷はつかない。

 だからこそ、自分を糾弾するあのデモは許す事ができない。


「誰か、誰か! あれを潰せ! あの目障りなデモを潰せ!」


 デモがもたらす力は知っている。

 かつてそれを笑った者たちが、デモによって動かされた世論により、追い詰められ、かつての地位を失っていく様を見た。

 大衆が起こす力を知っている。

 ネットで暴き立てられた真実が、ネットで晒した醜態が、拡散され、その者を滅ぼしにかかるのを見た。

 自分は、あちら側ではなかったのか。

 マークはふと気付き、愕然とした。


「……おれは今、画面のこちら側にいる」

「仰せのままに」


 マークの呟きに被さるように、整った口調の女の声がした。

 服の長い裾が床を擦る音がする。


「マークさん、皆の声をお聞きする事をお勧めいたします。滅びもまた、愉しき定め。常々、お忘れなきよう」


 闇に消えていく。

 画面の中で、あの作家がいた。

 立ち止まって昼飯を食っている。

 横にはイヌガミの媛がいて、箸で弁当の中身を取り分けて、作家の口まで運んでいる。

 無数の旗がはためき、参加するものたちは意気軒昂。


 マークの手のものが現れる。

 シェイプシフターの革新派たちだ。

 だが、その一部もネットが伝えるマークの噂に幻滅し、離れて行ったと聞く。

 残った者たちだけで、あのデモを止められるのか。

 いや、おれにはもっと大きな力だってある。

 あるのだ。


 イヌガミの媛が、妨害者たちの前に進み出た。

 彼女はその両手に、不恰好な形のダーツを握り締めている。

 それを、獣に変じたシェイプシフターめがけて投げつけると、たちまちの内に命中した者達は狂った。

 獣ともいえぬ狂乱に落ち、互いに食いつきあう。

 その横を、デモ隊が粛々と進んでいく。

 行きがけの駄賃で催涙スプレーなんか吹き付ける。


 シェイプシフターは、彼らの敵ではない。

 彼らが目指すものは、ただひとつ、マークだ。

 だが、マークはまだ心の中に余裕を持っていた。


「支持者たちが告げていた。おれを倒すには、里山を動かさねばならんとな」


 あの人波が里山だとでもいうのか? ばかな。

 デモは一時的なもの。おれが今得た権能を打ち崩すほどの力など無い。

 だが、報は告げる。


『マーク』


 落ち着いた声音だった。

 涼だ。

 この男は最後まで、マークから離れていかなかった。

 部下というのではない。今では、マークは友情に似た感情をこの男に感じている。


『これは、何かの冗談か。俺の目がどうかしてしまったらしい』

「どうしたんだ、用件を言ってくれ」

『里山が……化人の里が、動いていく』


 マークは己の部屋を飛び出した。

 ビルの地下深くに作られた施設である。

 エレベーターに飛び乗ると、最上階を目指した。

 停止と同時にまろび出ると、窓ガラスに両手のひらを当てて張り付く。


「ばかな、ばかなばかなばかな」


 呪文のように口をつく。

 彼の信仰が崩されようとしている。


 彼方から何かが飛んできている。

 大きな物体だ。

 地上にいる豆粒ほどの人が、それを指差して何か叫んでいる。

 物体の上には土や木が載ったままで、それを崩して地上へ振りまきながら、こちらへと飛んでくる。

 その姿が、ゆっくりと変わっていった。

 本来の姿へ。


 マークは乾いた笑いをもらす。


「なんだ、これは。一体全体、これは何の冗談なんだ」


 涼が送ってきた映像は、マークの端末で再生されていた。

 崩れていく里山の中から、金色に輝く飛行物体が舞い上がっていく。

 今、目の前で変身していくそれと相違はない。

 そして、変わりきったその姿はまるで、


「九尾の狐……。出来の悪いCGじゃないのか、これは。これは、現実だぞ……!」

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