第46話 マッドPA
追っ手を一掃した僕らは、とりあえず帰ることにした。
あまり広くない我が家に、僕、立夏さん、紅鮭、司上、黒い粒、猫、玉藻さんが集まると、いかにもぎゅうぎゅう詰めの様相を呈する。
ああ、そうだ。玉藻さんも分身を切り離して我が家にやって来ている。
それから、立夏さんと戦って、僕がやり込めた猫は、驚く事に猫又から普通サイズの猫になってしまったのだ。
紅鮭いわく、
「マッドPAの一種を使って暴走状態になったからだろうが、俺もあのパターンは見た事無いな。先祖還りだってことだが、彼女を構成するSS粒子のように、活性化した細胞に個人が食われてしまったのかもしれんな」
この猫がもともとどういう人格だったのかは知らないが、今は話しかけても、
「何ニャ! うちは毛づくろいで忙しいのニャ!」
と、明らかにしゃべる猫、という返答をしてきて、とてもマークに由縁がある人物の物言いではない。
そして僕が撫でようとすると逃げる。
立夏さんが撫でると、気持ちよさそうに目を細める。
おい、君はその子と戦ってたんだぞー。
ともかく、彼女は全く別の人物になってしまった。
マッドPAの効果自体は紅鮭も研究していたそうだが、この副作用による一時的パワーアップは、封印した研究だったようだ。
何せ、使ったらかなりの割合で死ぬ。
人と獣の状態を意図的に混ぜ合わせる効果を発揮するが、戻らなくなり、内蔵が機能不全を起こすのだそうだ。
ある意味彼女はもとに戻らなくなったのだが、洒落にならない状態で固定された事になる。
「まあ、それはそれとして」
僕は気を取り直した。
明らかに狭い我が家で、集まった面々に向かい合う。
「これからの方針を考えよう。とりあえず、マークをやっつけようと思う」
僕の言葉に、集まった彼らは一も二も無く賛成した。
「PERSを使うか?」
紅鮭が提案する。
並みのシェイプシフターには死病として力を発揮するレトロウィルスだ。だが、人間にとってもインフルエンザ様の効果を発揮する。
インフルエンザだって、かつて欧州を壊滅させかけた強烈な死病である。感染力が劣るとは言え、粘膜感染ならシェイプシフターに噛みつかれた者も感染するという事になる。
「やり方は任せたいところだけど、それってもうテロじゃないかなあ」
「マイノリティがマジョリティを打倒するならテロリズムが一つの手段じゃねえか」
「いやいや、ここにいる私、公安から出向してきてるんですけど」
公僕を前にしてテロ談義とは肝が太いな僕ら。
「それに、皆さんがマイノリティだとは思いませんがね」
「むむむ」
司上の言葉に、僕と紅鮭は考え込んだ。
立夏さんは猫を撫でつつ、
「別に私はこのままでも、真崎さんを守っていきますし大丈夫ですけど」
とか言うので、僕は慌てて否定した。
「さっきだって死にそうな目にあっていたじゃないか。傷だって残るのかもしれないし、もうこれ以上僕は君を危険な目に遭わせる気は無いぞ。今度は守るのは僕だ」
「真崎さん……!」
紅鮭が顔を扇ぐ不利をして、司上が爆発しやがれ、とか呟く。玉藻さんはニコニコしていて、猫は撫でる手が止まったのでぷらぷら立夏さんから離れていく。
「子孫を残す事は素晴らしい事です」
「いや玉藻さん、今の論点はそこじゃなくてですね。とりあえず、マークをどうしようか……という」
「それこそ、私がさっき言ったじゃないですか。皆さんはマイノリティじゃないんですよ。近頃のマークの評判ご存知ですか?」
「?」
世情に疎い、僕と紅鮭、おっさん二人は首をかしげた。
「彼が流した動画で世論は動いていたんですけどね。今やかつてとは時代が違います。彼のシンパは強い力を持っていますが、さて、彼の口車に乗って動員された兵隊はどうなりましたか?」
この間のデモの事だろうか。
あれは僕がやめさせた。
「人間、聖人君子とはいかないもので、本来恨むべき相手が叶わないものだと思うと、別の方向に恨みの矛先が行くものです。つまり、今マークへのバッシングは結構流行っているのですよ」
「へえ、大変だねえ」
「お前ほんと人事みたいに言うのな」
マークが困る分には人事だからなあ。
でも、それは確かに利用できそうだ。っていうか、千載一遇のチャンスかもしれない。
「それで、一体どうやって戦うんだい?」
「そりゃもう」
司上が笑った。悪い笑みだ。
「目には目をですよ」
なるほど。
彼もシェイプシフターながら、マークの事が嫌いなのだな。というか、彼は守旧派だって言っていたっけ。マークが率いるのは革新派。守旧派を打倒した勢力だ。
「そうとなれば機材を揃えんといかんな」
紅鮭がよっこらしょ、と立ち上がった。なんとじじくさい。
そして、僕もよいしょっと立ち上がる。
「しかし、そんなにみんな見てくれるものかね」
「綿貫先生のネームバリューを侮っちゃいけませんよ。あなたは今、ネット界隈ではちょっとした有名人ですよ」
「そうなのかい?」
ぴんと来ない。
僕は困惑した。
だが、状況は僕の理解を待ってはくれない。
加速していく時代の流れは、誰にも止められないところまで来ていた。
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