第44話 禁じられたりした遊び

 猫又は判断した。

 こいつは不気味だ。だから、さっさと片付けるに限る。

 彼女としては珍しく、一切の遊びが入らない、必殺の一撃を放った。

 立夏すら完全には視認できない速度で跳躍し、鋼鉄でも切り裂く爪を見舞ったのだ。

 だが、その優れた身体能力が故に、猫又は気付いてしまった。

 その男と自分を隔てる僅かな空間に、黒くてふさふさして、ゆらゆら揺れる物がいつの間にか聳えていると。


「ああっ……ああああああっ」


 ゆらん、ゆらん。

 ふさっ、ふさっ。

 攻撃は遅くなり、へにょへにょっとなった。

 二股に裂けた尻尾がぴくぴくする。

 男は腰を抜かしたような感じで、無様にひっくり返っている。だが、見事に猫又の攻撃が避けられていた。

 そして、猫又は攻撃を繋げる事ができない。

 目の前にある、この黒くて立派なビッグ猫じゃらしを無視できないのだ。


「ニャ、ニャ、ニャアアアアッ」


 思わず猫パンチを連打した。

 猫じゃらしがそれを、ダッキングやスウェーでかわす。

 当たらない!


「ニャッ、ニャアアッニャアアアアアッ!!」


 むきになって猫又が猫パンチを加速させる。

 音の領域に近づいたスナップが空気を鳴らすが、それさえも猫じゃらしは寸前で感知して紙一重で交わす。

 爪が空を切るこの空しさ。

 苛立ちが猫又の全身を駆け巡る。


「ヴニャアアアアアアアッ!!」


 ついに猫または我慢の堰が決壊し、全力で爪を振るった。音を超えた速度である。直後に衝撃波が巻き起こる。

 さすがの猫じゃらしも散り散りになったかと思えたが……。

 猫又の前に、一撃を地面に伏せて回避していた猫じゃらしが悠然と起き上がってきた。


「ああっ、ああっ、あああああああっ!!!」


 気が狂いそうだった。

 猫又は全ての精神力を動員して、この猫じゃらしを無視する事にする。

 そして、今ようやくお尻をさすりながら立ち上がってきた男に、必殺の一撃を……繰り出したところで何か不快な感触のものに突き刺さった。

 それは、男の前に聳え立った柱である。

 こんなもの、と引き裂こうとするが、それは弾力もなく、固さもなく、水分をそれなりに含んで、ぞぶぞぶぞぶっと爪を飲み込む。

 飲み込むだけで何もしてこない。爪の勢いでそれ以上裂ける、なんてこともなくて、爪を押し込んだ分だけちょっと裂けて、しかもしっとりとまとわりつく。

 手ごたえはないのに、邪魔をしてくる。

 なんだこれ、この不愉快なの、と思って、猫又は理解した。

 彼女の遺伝子が記憶を呼び起こし、目の前の物体が何であるかを理解させたのだ。

 豆腐だこれ。

 とても大きく、そしてぶにゅっとした感じに作られた豆腐が、猫又の爪を阻んだのである。

 しかも慌てて爪を抜くと、爪と爪の間、爪の付け根にたくさん豆腐が詰まっている。

 正確には豆腐のようになった黒い霧なのだが、そんなことはどうでもいい。

 豆腐を払い落とそうとしても、妙に粘り気があって落ちない。

 爪で削り落とそうにも、そちらの爪に付着する。


「ヴニャニャニャニャニャアアアッ!? ニャアッ! ニャアアッ!!」


 苛立ちが止まらない。

 いらいらしても、いらいらしても、解消できない。

 そこへ、黒い槍のようなものが突き出してきた。

 ようやく攻撃か! と猫又は怒り任せに両腕の爪を振るう……と、槍はぷるん、と弾かれて元のところに戻ってきた。

 こんにゃくである。


「………………………!!」


 猫又は血管から血を吹きそうだった。

 壮絶な無力感、やるせなさが彼女を襲ってくる。

 無力! 圧倒的無力! うちの爪は無力ニャアアアアッ。

 遊ぶどころではなかった。

 猫又は躁めいた感情が、一気に鬱々としてくるのを感じつつも何も出来ない。

 そのまま、くったりと地べたに座り込んだ。

 死んだ魚のような目で地面を見る。

 その背中を、男が逆撫でしてきた。

 ぞわぞわーっと悪寒が走る。

 だが、抵抗する気力は無い。

 止めを刺され、猫又は戦意を喪失した。


 男の背後に、新しい女性が現れる。

 彼女は指先から生み出した白い粒で、立夏の傷口を癒し始めた。

 そして、男に向けて感嘆の声を上げる。


「素晴らしい戦いぶりでした、綿貫様。平安朝の頂点に立つ陰陽師に匹敵いたします。先祖還りを果たした源シェイプシフターを子ども扱いとは……!」

「真崎さん、すごい!」

「いやいや、それほどでも」


 かくして、マッドPA-EXによって生まれた強大なる源シェイプシフターの猫又は心を折られ、綿貫の軍門に下ったのである。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る