第39話 綿貫真崎

 僕は、立夏さんと黒い粒を従えて、アニメのBDなど見ていたりする。

 行きつけのレンタル店で、この春公開された海外の新作があったのだ。

 元はヒーローものらしいのだが、広報が上手い事やって、まるでアットホームなファミリー向け映画のように宣伝された。

 結果それなりのヒットである。

 立夏さんはこういうのに免疫が無いらしく、あちこちで、ハラハラしたり、涙ぐんだり、ぐっとこぶしを握り締めたりしている。

 黒い粒もどうやらこれを理解できるらしく、あちこちで、ハラハラしたり、ブルブル震えたり、うおおん、と唸ったりしている。

 すると、良いところで打楽器を打ち鳴らすけたたましい音が響いてきた。

 僕も立夏さんも黒い粒も、顔をしかめる。


 最近、よくうちのマンションの周囲でデモをしている人たちがいるのだ。

 だんだん数が増えている気がする。

 ネットで知ったのだが、何やら僕がパブリックエネミー扱いされていて、バッシングを受けているようだ。

 瓢箪書房や、僕の作品を放映するテレビ局も狙われているらしい。

 瓢箪書房の面々は鋼の精神を持つので大丈夫だとして、テレビ局は……まあ番組が潰れてもいいか。

 本の不買運動は困るなあ。僕の収入が減ってしまう。


「真崎さん、またとっちめてきましょうか」


 立夏さんが右腕をぶんぶん回した。

 ここ最近、僕の家を探る連中が出てきて、侵入しようとしたり、果ては放火しようとするものまでいるのだ。

 僕は基本インドア派で、昼でもカーテンを閉めてネットをしていたりするので、侵入しようとした輩はすぐ分かった。

 立夏さんが蹴りだした。

 ここは4階だが。

 放火しようとする輩は、巡回警備していた黒い粒が見つけた。

 指を5~6本溶かしてやったらしい。


 だが、今回のこれはいけない。

 僕は基本的に我慢強い性格だが、ある一点を超えると一気に爆発する。

 例えば、好きなBD作品を見ている時とか、立夏さんといちゃついている時とか。

 こういうのを邪魔する奴は本当にどうかしていると思う。

 今日こそガツンと言ってやろう。


「よし、立夏さん、いっちょ行くか」

「はい、真崎さん!」


 黒い粒もぶぶぶ、と同意した。

 最近僕は、この黒い粒の特性を把握してきていて、大体のことはやれるようになっていた。

 三角コーナーに発生するコバエを分解したり、落ちづらいお風呂の水垢を繊細にそぎ落としたり。

 最近では、彼らの擦れる音を使って、グラスハープ紛いの事ができるようになっていた。

 楽譜を買ってきて、彼らを上手く使って奏でさせるのだ。

 黒い粒も、これは新鮮な体験らしく、毎度乗り気で挑戦していた。

 今こそ日ごろの成果を見せる時である。


 僕と立夏さんがエレベーターから出てくると、怒号がいっせいに上がった。

 うひょー、たくさんいるぞ。

 みんな口々に何か言っててよく聞き取れないし、何よりうるさい。

 プラカードがたくさん上がってるが、主張はまちまちだなあ。


『出てきました! 綿貫真崎です! 許してはいけません!』


 おっ、なんかマイクで喋っている人がいる。

 その声に合わせて、一際怒号が大きくなった。

 集団が興奮を始める。

 むむ。むかついてきたぞ。

 誰かが興奮しすぎたのか、手にしていた中身の詰まった缶を投げつけた。

 それは立夏さんに当たりそうになったので、僕は黒い粒を反射的に操って、そいつを削ぎ落とした。

 黒い粒が渦を巻いて回転してやすりとなり、甲高い金属音を上げながら空き缶をバラバラの分子まで分解し、発生した熱量で中身の水分は蒸発。さらに熱と音のベクトルを黒い粒を使って操作し、全て群集のほうに向けてやる。あ、音は拡大ね。

 つまり、


 耳をつんざく強烈な、ハウリング音よりな高い不快な音が周囲を包んだ。

 絶叫があがる。

 音はほんの10秒ほどだったが、それが止んだら、誰も声をあげていない。

 これだけたくさんの人間が、皆一様に耳を塞いでうずくまっている。

 何人かは吐いていた。

 ここで気付く。

 何やら、生放送用のカメラを持っている人がいる。

 あー、これを放送していたのか。

 放送で音を聞いた方、ご愁傷様。

 やったらやり返される覚悟をしないといけないのだよ。

 おじさんから伝える教訓だ。これで一つ賢くなったね。


 僕と立夏さんには大して音は届いていない。せいぜい、カラオケでマイクがハウリングするくらい……いや、充分うるさいなあ。百分の一くらいに音量を抑えてるんだけど。


「真崎さん……今度やる時は、あらかじめ言ってください」


 立夏さんが涙目で訴えた。

 感覚が鋭い立夏さんには結構きつかったらしい。

 僕は彼女にぺこぺこ謝ると、群衆に振り向いた。


「皆さん、こういうデモはよろしくない。個人攻撃だよ。ちゃんと一対一で、面と向かってやってください。……と、えーと、これでデモは終わりかな? 僕は帰っていい?」


 彼らの耳には僕の言葉は届いていないかもしれないな。

 だが、なんとなく煽られたとわかったのか、刺青をした男たちが何人か立ち上がった。

 手には、釘バットとか、バールのようなものとか、物騒なアイテムをぶら下げて、血走った目で僕を睨む。

 うーん、聞こえないならなんていえばいいんだろう。

 喧嘩は好きではないな、ここは落ち着くようにメッセージを伝えよう。

 僕は無言で、落ち着くように手のひらを下に向けて押しやるようにかざした。

 彼らが言葉にならない咆哮をあげる。

 なんということだ。伝わってない。

 まったく……彼我の戦力差を理解して欲しい。

 

 最も間近にいた一人が僕に釘バットを振り下ろそうとした。

 立夏さんが割り込もうとするが僕は止める。

 僕は今、立夏さんよりも遥かに上手く黒い粒を使える。黒い粒にとって立夏さんは同志だが、彼らにとっての僕は絶対的主のようなのだ。そして、僕の創意工夫を、彼らは忠実に実行する。

 僕の目の前に生まれたのは黒い渦が二つ。それが釘バットを挟み込んで削ぎ落とした。そのままローラーのように回転して男を引きずりこんでいく。

 何が起こっているかを理解した男が恐怖に顔をゆがめて絶叫した。

 可哀想に。君がこれから味わう苦痛を思うと胸が張り裂けそうだ。僕なら絶対いやだね。

 どうなるか想像してくれればこんなことにならずに済んだのに。

 せめて……次の人生では想像力豊かに生きて欲しい。

 本来なら1秒もかからないのだが、彼の人生を振り返ってもらい、猛省して欲しい僕は、2分ほどかけた。

 止まらない刺青の男たちは何人か向かってきて、皆、同じように次の人生を歩む事になった。

 

 この光景をまともに見ていたデモの群衆、そして生放送。

 うーむ、きちんと放送は、R18指定になっていたんだろうか。

 こんなものをまともに見たら、強烈なPTSDになるぞ。

 僕はこの光景を黒い粒で遮ってるのであまりよく見ていない。音だって聞いていない。

 立夏さんにも聞こえないし見えないようにしている。

 だって僕らがPTSDになるのはいやだ。

 デモは僕らが出てきて4分で崩壊した。

 後で知った話なんだが、このデモ参加者が3000人、生放送視聴者が10000人ほどいて、かなりの人数がPTSDになったそうだ。

 こういう危険な番組は見てはいけない。


 僕らが彼らを撃退して、またアニメの続きを見に戻ろうとしたところ、


「待ってくださいますか」


 穏やかな声で止められた。

 あっ、あなたはーっ。


「お姉さま!」


 あの背の高い和装の美人である。

 立夏さんのお姉さんである。


「あ、これはどうも、綿貫真崎と申します。妹さんとは、結婚を前提にしたお付き合いをさせていただいております」

「これはこれはどうも、ご丁寧に。立夏の姉の嵐華でございます」

「まあっ」


 僕の言葉に、立夏さんはぱっと笑顔になって口元を押さえる。

 僕と嵐華さんはしばらく、ぺこぺこと挨拶しながら頭を下げあった。


「ところで今日は、お義姉さんは一体なんのご用事に。良かったら上がっていきますか?」

「いえいえ。今日は家族としてではなく、お二人の敵として参りましたので」


 あー、そうでしたかー。

 これは3000人の群衆よりはよっぽど怖い相手だなあ。


「マークさんと爪葺さんのなさってることは、とても良いとは思えませんけれども、これも私にしか出来ない仕事ですからね」


 まあ、私が出てきた時点で実力行使、メディアを使って戦う彼らの方針は敗れていて、敗戦処理なんですけど。

 にっこりと微笑む。

 穏やかな中にも、仕事に対する責任感を感じる。これは真面目な方だなあ。

 確かに立夏さんのお姉さんだ。なんかよく似ている。


「先生、私に任せてください」


 決意を固めた表情で立夏さんが進み出る。

 立夏さんも強いが、黒い粒と共同で戦って、ようやく嵐華さんとは互角といったところだ。

 そもそも、嵐華さんは本気で立夏さんを倒そうとはした事がない気がする。

 個体として、完成された生命体が嵐華さんというイメージだ。狭い範囲だが、個人としてなら最強。

 立夏さんと黒い粒は、より広い範囲に影響を及ぼせるし、使いこなせば様々な応用ができるが、集中運用した時の戦力では嵐華さんに劣る、という感じ。

 なるほど、現状は立夏さんお得意の不意討ちではない。

 立夏さん、基本スタンスは相手の能力を十全に発揮させないまま、初撃で勝負を決めるというものだから、毎度嵐華さんと繰り広げる真っ向からの乱打戦は望むところではない。

 よし、ここは年の功を見せてあげよう。


「立夏さん、今日は僕にかっこいいところを譲ってもらえないかな」


 一歩間違えると死んでしまうが、なんとなくいけそうな気がする。

 編集長がバイクに積んでいたドライブレコーダーや、先日の立夏さんとの戦いで嵐華さんのスタイルがなんとなくわかってきたのだ。


「まあ、先生が? 大丈夫ですか? 一歩間違えると死んでしまいますよ」


 嵐華さん、僕の考えてるのと同じような事言うなあ。


「いやあ、まあ頑張ってみますよ。お手柔らかにお願いします。よーし、集まれー」


 僕の命に従い、黒い粒が集まってくる。

 立夏さんが心配そうに僕を見つめるが、大丈夫、と目線と手の動きで示す。


「よし、それじゃあ始めましょうか」


 僕から宣言した。

 嵐華さんは微笑んで頷くと、その姿を一瞬で白い狼に変える。

 彼女の動きに一切の躊躇が無い。変身の直後に白い狼が跳んだ。こちらに向かってくる。

 黒い粒は僕の思考に応える。

 生まれたのは太くて長い黒い棒。ちょうど嵐華さんがジャンプした高さより微妙に高いところにぬっと突然聳え立った。


「!?」


 嵐華さんが棒をなぎ払おうにも、間に合わない。したたかに鼻面を棒にぶつけて、飛び越えはしたものの、ぼて、とお腹から落ちた。


「かいさーん」


 棒がまた霧に戻る。

 僕に混じったシェイプシフターの血のお陰か、黒い粒は僕の思考をかなり正確に、迅速に読んでくれる。

 僕の反射速度も上がった気がする。いつ副作用があるかも分からないけれど、せいぜい利用させてもらおう。

 気を取り直し、嵐華さんが周囲にある街路樹を吸収、今度は触手を作った。

 近づかずに遠距離から攻めようということなのか。振り下ろされた触手は縦から横から、逃げ場を奪うように迫る。

 次なる僕の思考に黒い粒が応え、生まれたのは冗談みたいな巨大なバネ。

 横から来る触手がスプリングの隙間に挟まった。上から来る触手がスプリングを叩いて、反動でぼよーんと弾き飛ばされた。

 嵐華さんの体勢が崩れる。こちらの反撃だ。


「強襲開始ー」


 ぶぶぶ、と応答あり。すさまじい速度で飛来した黒い粒が、嵐華さんの頭の辺りで手のひらの形になって、ぴしっとでこピンした。「きゃっ」と可愛らしい悲鳴があがる。

 うむ、彼女の攻撃対応に大部分を奪われて、あれくらいの量しか使えないのだ。

 だが、攻撃をかいくぐってじかに一撃を決められ、嵐華さんはえらく衝撃を受けた様子だ。

 嵐華さんがあえて攻撃を喰らったり、相打ちに持ち込んだりはあったと思うが、こうやって一方的に攻撃された事は初めてなのかもしれない。


「つ、強い」


 素直な感嘆の言葉が嵐華さんの口から漏れた。

 彼女の目つきが変わる。ここからが本気、油断をしないと言う事だろう。

 だが、僕のやり方はそれでは防げないぞ。

 僕は粒の幾つかを使って、弾丸みたいに撃ち出してやった。

 嵐華さんはそれを、余裕を持って飛び越える。背中の触手が翼に変わり、強烈な揚力を生み出して羽ばたき始める。

 揚力! これだ!

 飛び越えられたはずの弾丸が急制動をかけて、ふわふわっと舞い上がった。嵐華さんの翼の付近で何か形作り、一緒に動き始めた。

 途端にがくんと、白狼の巨体が下降した。


「!?」


 嵐華さんは自分の羽の近くで、怪しい動きをする黒い羽に気付いた模様。

 つまり、揚力に対してそれを邪魔するような抗力を生み出し、浮き上がれないようにしているのだ。

 僕の基本はいやがらせと邪魔だ。元来攻撃的発想が苦手らしく、実は僕が出来る積極的な攻撃は、さっきのでこピンくらいなのだ。

 あの弾丸は実はフェイク。柔らかいから嵐華さんに当たってもぺちゃっとくっついて落ちる。

 人間の場合は嫌がらせで死んでしまうのだけど。


 嵐華さんが体勢を崩して不時着した。

 すかさず僕はてくてくと近くまで歩いていいく。

 正直怖いがはったりという奴だ。

 でこピンを何発か飛ばすと、警戒して嵐華さんが跳び下がった。

 そして、攻めあぐねて僕の周囲をじりじりと歩く。

 よし、一気に決めてやろう。

 僕はダッシュした。

 一世一代の短距離ダッシュである。

 自慢ではないが僕は遅い。果てしなく足が遅いのだ。運動神経だって悪い。シェイプシフターの血が体に入ったくらいでは、この筋金入りの運動神経の悪さをどうにもできない。

 僕のダッシュがあまりにも緩慢なので、罠だと思ったのか、嵐華さんはすぐには行動を起こさない。

 その隙に、僕は彼らに命令を下していく。

 やがて僕が嵐華さんの射程圏内に入った時点で、嵐華さんはようやく僕の足が凄く遅いということを理解したようだ。

 今度は小細工なし、全身の体毛を刃のように尖らせて、まるで古代ローマのチャリオットのように突っ込んでくる。

 これに当たれば、トラックでも一撃でスクラップだ。無論僕なら跡形も残るまい。

 全ての妨害を警戒した嵐華さんの一撃は、あらゆる妨害を正面から打ち砕く必殺の一撃だった。

 故に、僕が素で何も無いところで躓いて転んだ時、彼女は急に反応できない。

 何せ、下り坂だったのだ。下りを走るのは怖い。転んだ僕の体がすとんと、道の下に落ちる。

 いや、道に見えたのは僕が黒い粒に作らせたスロープなのだ。

 僕はスロープと、彼らが掘った地面の穴に落っこちた。

 そのなだらかなスロープを嵐華さんが突っ走っていく。

 さらにスロープは嵐華さんの進行方向めがけて強烈に加速して回転、さらにさらに、その角度を急角度に吊り上げていく。

 嵐華さんの力に抗うのではなく、それをさらに加速させたのだ。

 イヌガミの媛は急に止まれない。

 嵐華さんはジャンプ台から中空に放り出されて、慌てて翼を作ってはためこうとして、またもお邪魔翼が現れて揚力を奪う。

 仕方なく着地しようとしたところ、素早く躍り出た黒い粒たちが着地する地面を一気に削り取り、目測を狂わせた。

 白い狼が変な角度で着地する。

 なんか足からグキッという音が聞こえて、「うきゃあー」と嵐華さんの悲鳴が聞こえた。


 僕がのそのそっと穴から這い出してくると、すでに人間の姿に戻った嵐華さんが足首を押さえてうめいていた。


「や……やられました」


 心底悔しそうに言う。

 後ろから立夏さんが走ってきて、


「大丈夫ですかお姉さま」


 と心配なんかしている。

 僕は体についた土汚れを落としながら、彼女たちに近づいていった。黒い粒も戦闘体勢を解いて、ぞろぞろと後を付いてくる。

 嵐華さんが足をさすりながら、


「あんな戦い方は初めてです。綿貫先生は用兵術に長けていらっしゃるのですね」

「ええ、相手の嫌がる事はなんだろうと一所懸命に考えて行動しまして。邪魔と嫌がらせなら誰にも負けませんよ」

「さっすが真崎さんです!」


 嵐華さんは自分の負けを認め、これにて戦いは終了となった。

 僕らは嵐華さんを家に招き、黒い粒と一緒にご飯を食べる事になった。

 紅鮭が嵐華さんに気がある素振りだったので電話してみたら、仕事中だろうに今すぐ行く! となった。

 やれやれ、世は並べてこともなしですなあ。

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