第37話 王の乱心

 マークの帰還にあわせて、革新派の主要メンバーが集められた。

 四人の若者たち。

 一人は、マークとともに外遊へ出ていた楓である。なんだか肌がつやつやしている。

 大吾は仏頂面をしてカウンターに立ち、全員の飲み物を作っている。

 涼は座席に腰掛けていた。

 しのんは悪戯っぽい笑みを浮かべて、テーブルに座っている。


「彩音はどうしたんだ?」


 マークの第一声はそれだった。

 必ず彼の傍らにいたはずの女がいない。

 それだけで、この集まりは今までと全く違うものに見えた。

 じろり。

 涼がしのんを睨む。

 しのんは肩をすくめた。


「しのんはおれにメールを送ってきていただろう。あれに関連しているのか?」


 彩音の暴走を示唆するメール。

 対するしのんは、


「そうだね、あれ以降、彩音とは連絡取れてないし。あの子が何を考えてるか、最近でも分からなくなってきてたしね」


 けろりとした様子のしのん。

 大吾は小さく、「おお、怖ぇ怖ぇ」と呟く。

 楓が眉をひそめる。


「あの子、綿貫先生とまた接触してたみたいだよ。連れて来て、あのビルに入れちゃうのを見たもの」


 見たどころか、綿貫を拉致したのがしのんなのだが、そんなことはおくびにも出さない。

 そしてしのんの言葉通り、あのビル、と称されるマークが所有していたビルは、地下からなぞの出火を出して、今は地下階層の運営を停止している。

 地下二階に作ったマークのアジトの一つは壊滅状態だという。


「イヌガミの媛が関わったということか? やはり、早く潰しておくべきだったのか……!? だが、まさか彩音は」


 誰も答えない。憶測すら口にしない。

 涼が黙って、何枚かの写真を送ってきた。

 彼の部下が撮影したものを印刷したらしい。上質紙に鮮明に描かれたそれは、崩れたハイウェイと瓦礫に埋まってひしゃげたワゴン車。

 ハイウェイは何かやすりで削り取られたように磨耗していた。

 すぐに情報規制をかけたため、この話は大きく広まってはいないが……。

 追加されている情報に、何名かのシェイプシフターの死体が発見されたと書いてある。

 彩音の姿はその中には無かったらしいが。


「………」


 マークの表情が険しいものとなった。

 苛立たしげにカウンターのテーブルをこつこつ、指先で叩く。

 その間に、楓が仲間たちに今回の外遊の成果を伝えた。

 彼らの興味は今後の動きに移って行く。

 ただ一人、しのんはマークの表情を見ていたが、彼女にマークがこれからやろうとしていることを止めるつもりなどない。

 この面白い人間を、しのんは愛していたが、同時に彼はしのんにとって最高のおもちゃだった。

 猫の習性を持った彼女は、おもちゃとみなしたものを弄ぶ。


 動画サイトにアップされた動画は、マークの名前が記されている。

 一瞬の後には削除されたが、既に幾つかのコピーが取られ、あちらこちらにアップされている。

 それは巧妙なプロパガンダだった。

 シェイプシフター革命の輝かしさを喧伝し、抗うものを悪と仄めかせる。

 悪は、イヌガミの媛。そして、ともに存在する作家の綿貫。

 これを排除せよ。



「ねえ楓。最近のマークってセクシーだと思わない?」


 しのんの言葉に、楓は首を傾げて見せた。


「むしろ……枷……がはずれた……感じ。自分で……自分のバランスが分からなく……なってる」

「それってすっごい面白くない? 今までちょーっと安定してきてて、全部とんとん拍子でつまんなかったんだよね。で、彩音はマーク一筋で威張ってて、もう感じ悪いったら無かった。でも、これでようやく元のマークに戻る気がするのよ! 楓も一口乗らない?」


 まくし立てる言葉に、楓は首を縦に振らない。


「私……は、最後の、夜刀だから……。この子を……守るから……もう、表には出ない……」


 お腹を手のひらで庇うようにした。


「……マジ? マークの子供……?」

「あらかじめ……ゴムには……穴を開けておいた……」

「こわっ! この女こわっ!」

「しのんは……真面目に……つけてもらって……たの?」

「うんにゃ、あたしは我侭言って毎回生」


 女子たちは顔を見合わせて、ふふふふふ、と笑った。

 しっかし出来ないのは体の相性が悪いのかもねー、としのんが言う。

 軽口は叩きながらも、楓はしのんを鋭い目で観察する。

 彼女は彩音が綿貫と関わった時、最も近くにいたはずだ。それを止めることができていたはずなのだが、しなかったということ。

 間接的に彩音を殺す手伝いをしたのではないか。

 疑心を抱いている。


「なーに、楓。それじゃあ、とりあえずあんたは、あたしの作戦は参加しないって事でいい?」

「そう……して……。しばらく……渉外担当をしたあと……産休に入る……」


 しのんもまた、楓を値踏みするように見る。

 この女は賢い。余計な口を挟んではくるまい、と判断。何より、妊娠した今では腹の中の子供を危機に陥れる事は避けるだろう。

 こんな陰謀ゲームもまた楽しい。

 しのんは退屈し無さそうだと思った。



 男たちはと言うと。

 大吾がバイトをする店に、涼がよくやってくる。

 別に会話をするでもなく、適当にお勧めのカクテルを楽しんでから、一人でまたぶらっと帰っていくのだ。

 掴みどころの無い男である。昔はもっと生真面目な印象だったが、今は飄々とした雰囲気を纏っている。

 先日、珍しい客が来た。

 あの太目の体躯をスーツに包んだ司上宰である。

 てっきり、里山の炎上に巻き込まれて死んだかと思っていた。

 それがまさか、会社勤めとは。


「まあ、俺もいろいろ大変だよ」


 つまみのピーナッツを齧りながら、宰が笑った。

 こいつはもとから掴みどころが無い。恐らく、常に何かしら頭を回転させているのだろうが、人にそれを察しさせることが無い。

 単純馬鹿の自分とはえらい違いだと大吾は思う。子供の頃からそうだった。

 生まれこそ、鬼熊と猪神と異なる一族だったが、二人は幼馴染なのである。


「うちも、ギスギスしてきてなあ。知ってるか彩音のこと」

「まあ、風のうわさ程度に」


 司上の事だから、恐らく何らかの伝手があって彩音の事を耳にしているのだろう。

 彼女が死んだらしいという話を聞いても、驚きはしなかった。

 

「それでどうするんだ? 大吾の上司は弔い合戦でもするつもりかい?」

「上司なんて辞めてくれ。俺はなんていうかなあ。すっかり力が抜けちまってな。あいつには付いていけねえよ」


 大吾が苦笑すると、宰はお前でもそんな顔するようになったのかと驚いた。

 馬鹿にしてるんじゃねえのか、それ。


「それじゃあ、残る爪葺と水守も落ち込んでるんじゃないか? いや、爪葺に関しては心配いらないか」

「うちの女どもは、すっかりあの男にいかれちまってるな。女の友情なんてのは信じられねえよ。あいつら見てると、おっかなくなってくる」

「お前昔から、あいつらには弱かったもんなあ」


 しみじみと愚にも付かない事を言い合う。

 大吾はこのどうでもいい時間が、とても安らぐ事を知った。

 やはり宰は大事な友人だ。


「宰、メアド教えてくれないか。これからも連絡を取る事になるかもしれん」

「ああ、こっちからも頼むつもりだったんだ。電話番号も変えているからさ」


 男同士で顔を寄せ合って、スマホ同士で通信。データ交換し合う。

 なんとも傍から見ると滑稽かもしれないが、大吾にとってこれは大切な行為である。


「連絡よこせよ」

「そっちもな」


 言い合って、宰は帰っていった。

 その直後の事である。

 早速やって来たメールに、大吾は、宰か!と喜び勇んで読んでみると……途端に顔が曇った。


「何をやろうってんだ、あの馬鹿は……!」




 しのんは、マークが流した動画に賛同した者たちを集めている。

 これはいわゆる生放送。

 しのんは何度かの顔出しをしていたから、彼女を知る視聴者も多い。

 かわいー、とか、本当にシェイプシフターなの? などの流れるコメントに愛想よく挨拶など返しながら、本題に入る。

 一言目は、


「見た? マークの動画。ほんの一瞬だったけど、まだあちこちに魚拓が張られてるよね?」


 みた! みたー! という反応を、うんうんと頷いて眺めている。

 そして、言葉が収まるのを待って、続けた。


「私たち、すっごく困ってる。みんなも知ってると思うけど、私たちは虐げられている人たち、世の中の不公平を何とかしようと思って、蜂起したの。だけど、それを邪魔しようとしてくる人たちがいる。何でだと思う?」


 ゆるせない、とか、なんでだろう、とか、利権だよ利権! とか意見が流れる。


「そうだよね、みんなの意見は最もだと思う。分かって欲しいのは、私たちがやりたいのは、より良い未来を作る事。邪魔する人たちは過去に縋り付いてる。後ろばかり見てちゃ、明日なんか作れないよ」


 賛同の声が流れる。


「だから、みんなで未来を作ろう。私はそれを言いに来ました。私たちしか出来ない。未来は私たちにしか作る事は出来ないんだよ」


 みんなの力を貸して欲しい、という、これは蜂起の呼びかけだった。

 若者達の意思をしのんが吸い上げる。

 ネットに渦巻くエネルギーに、方向性を与えるために。

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