シュバルツ
雪月花
第1話
「我と契約し、生き延びて復讐するなり、見切りを付けて一般人として生きるのも良しとしようではないか。それともここで何もせずに死を選ぶのか二つにして一つだろうか」
そう目の前の悪魔はあざ笑い、そっと手を差し伸べた。
一瞬にして国を攻め滅ぼされる側となり、今では追われる身となった王子である私は悪魔の問いに即答出来なかった。
怖かったのだろうか、自身が招かれた状況が許せなかったのか今では分からない。
私は目を閉じて感じた。もう時間は残されてない、追っ手の足音が狭まって来ている。
「ただお主は選ぶだけ、そう難しい事でもなかろう」
そう選べばいいだけ。選べばいいのだ。
悪魔はまだあざ笑って、ちらりと八重歯が見えた。そうそれが彼の素の顔だ。
何を考えているのか?いや、本当は何も考えていないのかも知れない。
選べ、早く選ぶんだ。
私はーーーー
・
我は記憶が無い。気がつけばずっとここに居た。何百年とも言える無限の時を生き続け、終わりの無い終着点を見続ける存在だけであろうと。
しかしこの豊かな王国アセントでは豊かな鉱物と資源、他国との協力関係を築く事によって発展してきたという風潮がある。
「何度見ても美しい」
王宮の地下、宝物庫の額縁にかかげられた宝剣にそう言った国王。その剣に封じ込められた我は悪魔だ。
国王には我の姿は見えてはいない。なんせ実体を持たない透明な存在なのだ。物質を持ち上げるなど接触できるのが唯一の救いだが、今はこの国王の居る中でそれをするのは自殺行為。
「そろそろ王室を無断で出てきたのがばれてしまうな」
カチンと懐ろにしまっていた懐中時計を見てしまうと、国王はそそくさと宝物庫を後にした。
何度も見る国王の行動。ふらっと現れる国王は以前に1度だけ息子の第一王子カイルと言っていたか。幼き男子を連れて来た事があった。
代々の王族は宝剣に魅了され、こうやって見物に来る。来られるこちらの身にもなれば窮屈そうに宝物庫の隅で固まっていなければならない。
「非常に迷惑だ」
王が出て行った扉を忌々しく見つめて言った。
現在の国王の方針は国民の訴えを元に国土をいかに住み易く心地良いものにしてゆくかを追求する平和主義者といった所か。
実際に戦というものと言えば、こちらから他国を攻める事もなく、同盟国の要請によって騎士を送り込むぐらい。
国内の凶悪犯と魔物に頭を悩ますのが今の議題だと思われる。
ふむとなぜかこの身が封印されている宝剣を見上げた。触れられず、一定範囲内のみ行動できぬ束縛の剣か。
と隠し持っていた書庫室の本を金貨の入った袋を枕かわりにごろんと絨毯へと寝転がれば黙々と読み始めた。
・
私のことを簡単に説明するとこの国アセントの第一王子。名前はカイル-アセント。
下には弟や妹が二人ずつ居る。
仲は良いと思うな、喧嘩とかした覚えが無い。
今日は半年後にある誕生日の式典を取り決めている最中。
アセントでは16歳で大人の仲間入りを果たすので学院は今年で義務教育が修了。来年からは一般人であれば騎士や術師など専門的な方面に進んで国に尽くす人材になることが多い。
王族や貴族は国の中枢機関に所属して政治に関わる様になる。
私は父上の様な立派な国王になるべく、政治のかたわら武術や呪術の勉強をするつもりだな。
「カイル王子?どうかいたしましたか」
取り決めの最中にうわの空など自分の話しだと言うのになんてざまだ。
「いや式典の話しはそれでかまわない。しかし二日目の一般市民への配慮をもっとしてほしい。例えばここの警備がー」
うん、いつもと変わらない。従者に囲まれて式典の準備。次は騎士団長直伝の稽古。
穏やかな日々だ。
そう思っていた。
思えば私は平和が当たり前となっていたのだ。
魔物退治は討伐ギルドが筆頭に出て凶悪な魔物を退治され王族は直接作戦会議にはでるものの、最終的にはハンターが前線に立つだけ。
まだ私には直接討伐は早いと言われ、模擬の対人戦しかやってこなかったからだ。
成人の祭典が終われば一気に討伐隊の一員になれる。
楽しみでしかたなかった私は何て愚かだったのだろう。
もっと事前に何か出来なかったのだろうか?
成人していないのを理由に何もしていなかったあの時の自分がこっけいでたまらない。
しかしあの忌々しい日が音を立てずに降りかかってきたのだった。
・
うむ今回は何日寝ていたのか。さっぱり分からん。とりあえず地上に出なくては今が朝か夜か分からん。
のろのろとした足どりで我は宝物庫の財宝。膝上まであるそれをざくざくと床に散らばる金貨や高価な宝石などをかき分けて扉前まで来ればぴたりと立ち止まり周囲の気配を探った。
また王や抜け出した王を探しに来た従者にひとりでに扉が開く瞬間を見られるのはいささか致命的だ。妙な噂が立てば我の封印された剣がどうなるか分かったもんじゃない。
うむ、誰も居ない様だ。
たたんっと慣れた足取りで地下倉庫から宮殿を颯爽と通り過ぎれば窓から光が射していた。
ふーむ太陽の高さから見れば昼ぐらいか。
「せいっ、やー」
そう掛け声が耳に飛び込んで来た。
何か面白い事でもしているのかと心踊らせて開いていた窓からふわりと飛び降りた。その時にはもう起き上がりの倦怠感や眠気もすっきり吹き飛び、ちょっとした子供の探究心がくすぐられた感じだ。
騒ぎの中心には騎士舎で良く見かける中級騎士団長が一斉に向かってくる騎士達を薙ぎ倒していた。
「行けー皆でかかればクレス団長ならいける!」
野次馬がざわざわと叫ぶ。
何やら必死だ。何をそんなに真剣にやっているのかさっぱり分からん。
何を熱くなっているのか要約すれば。
1、現在団長は百人斬りの真っ最中。
2、なかなかの腕前だから一太刀でも浴びせれば泊が付く。
3、一定人数が団長に喰らわせれば団長による酒場での大盤振る舞いが待っている。
とまあそんなものだ。
「わいやって中級ちゅうても団長や!あんさんらが束になってもやってやるさかい、どんどん来いや!」
いつ聞いてもどこかの地方なまりが抜けて無い愛嬌のある喋り方だ。実際に部下には非常に慕われておる。
おっ一振りで一斉にかかって来た騎士達がぽーんと吹き飛ばされていく。よく飛んでゆくな〜
なかなかの強さ、我が実体化していれば一人で突っ込んで行けば再起不能まで追い詰めるか、お遊び程度に剣を交合わせると言った所か。
ちょっとまてその前に人間なんて相手したことがないのに気がついた。うむ、加減が分からず一撃死とかありうる。いやだめだろそれって。
「何をやっている!」
あの姿はー
「スイン団長や皆逃るが勝ちや〜」
上級騎士団長に目撃され脱兎のごとく散ってゆく騎士達。
皆息ピッタリだな。何十人もいた野次馬と参加者が一目散に消えていった。
スインと言ったかあいつらは悪ふざけが多すぎるとかぶつぶつ愚痴っている。
もちろん胃に手を当てて。
うむクレス中級騎士団長を除いて今回の騎士達は曲者揃いと聞いた。野外活動最中腹が減ったと言って魔獣をさばいて焼肉宴会を開いて厳重注意。視察と言う名の酒場で豪遊騒ぎ。
近年まれに見る曲者揃いだ上司からしてみればいつ何をしでかすか分からんと言った所か。
人間とはいとおかし。群れを嫌う悪魔と違って何十年見ていても飽きない。
我の退屈しのぎにはもってこいだ。
・
昼食後、父上から城下町でも行って来れば良いと言われたから行ってみようと思う。
青い服。王族や上級貴族のみ着ることが許される色。こんな服を着ていけば王子だって一発でばれる。たしか引き出しの奥にーってあった。
以前町で見かけたマネキンが着ていた町の子が着ている流行の服。ちょっと上品めだけどこのモスグリーンがとっても気に入った。
パパッと着替えて帽子をかぶればって、鏡を見たら長い金髪を結っていたリボン青じゃん。
急いで黒色に変えた。
町に行くには側近の騎士と一緒に行かないと行けない。どうしょっかな〜って宮殿をぶらついてたらクレスが向いから歩いて来る。
ん?頭に大きなたんこぶが。
「クレス〜どうしたのその頭」
「なんやカイル様かいな。これはなぁスイン団長にちょこーと絞られたんや」
痛いの?と聞いたら。超痛いんやとたんこぶを摩るクレス。クレスは王族とか関係なしに見てくれる珍しい人。なんだか兄様がもし居たらこんな感じなのかな?
そうだクレスにお願いしよっと。
「クレス今日って午後から空いてる?」
「なんや〜カイル様。わいは今日はもう大人しゅうしとけって言われたんで暇や!」
ドヤ顔で言われた。暇なら良かった。クレスだったら王族だって気にしないで町の中歩ける。
「なら私の城下町に行く為の護衛になって欲しいんだ」
「おーカイル様にもついに」
「そんなのではないって。城下町を探索したいんだって」
「冗談やって、そんな軽蔑した目で見ぃへんでよ。まったくあかんで〜頭かちかちなんやはレイス団長やけでええさかい」
身体をくねくねさせてクレス気持ち悪い。
ねぇオネエの素質ありまくりだよ。
そっと視界から彼を除外して行くからと言い残してクレスを放置した。多分ちゃんと付いて来てくれるはず、案外約束事とかちゃんと守ってくれるんだ。
「カイル様はどこか行きたいとこあるん?」
ほらちゃんとクレスは来てくれた。
門番がぺこりとおじきするので手を振っておいた。ちょっとは変装できてた気がするんだけど、やっぱプロは違うのかな。
「妹達はドールハウスだっけ?最近ずっとそれで遊んでるから町で売ってるみたいな小ちゃい小物が欲しいんだって」
うん、町に行くって言ったら直ぐさまメモを押し付けて来た。メモを見たら結構リストアップされてて、良く思いつくな〜って関心した。
弟は悩みに悩んで冒険者の面白いお話が良いって。まだ小ちゃいけど将来冒険者になりたいから下準備するってさ。
夢か〜お兄様は将来的には父上のお役に立てる仕事を探してそれになるのが目標かな。
「カイルはんわい腹減ってもうたんで行きつけの店に行ってもええ?」
「ああ良いよ。クレスの行きつけとか楽しみだな」
頼まれ事はもう終わったし、日も落ちてきた。
雑貨屋を巡ってクレスの知り合いがやってるギルドで色んな話を聞いたし。
その店は細い路地にぽつんと看板がある隠れ家的な店だった。
「よっしゃーカイルはん何でもええさかい選んだって」
「何だか雰囲気的に知る人ぞ知るって感じの店だね」
「そうやろ、口コミで知ったんや。ウェイトレスのねーちゃん可愛いし、身分とか気にせえへんでゆっくりできる」
一目を気にしなくても良いって言うのは良いね。立場上あんまし目立つのはちょっと駄目だし。
「ほれクレープとかホットドックとかどーやろ?王室とかでは聞いた事無い名前やろ」
「それって美味しいの?」
「あかんで〜下町のソウルフードやさかい食べてみんしゃい」
ウェイトレスのお姉さんにクレスは話しこんでいる。今日のおすすめとかってクレス近いって、かがんだお姉さんの胸が肩に当たっててクレスったら鼻下が伸びてる。
もう何だかなー女好きだから仕方ないし。
とにかく辺りが少し暗くまでクレスと食事を楽しんだ。
そんな風に私は毎日が楽しかった。
だから気がつくはずもなかったね。
もっと事前に何か出来なかったのだろうか?
成人していないのを理由に何もしていなかったあの時の自分がこっけいでたまらない。
でもあの忌々しい日が待ってくれるはずも無く、ゆっくりと音を立てずに降りかかってきたのだった。
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