第19話

 長身で美形の魔族の男と、小柄で愛らしい人間の女性が街中を並んで歩く様子は人々の目を引いた――色々な意味で。

 魔族が日中、人通りの多い大通りを歩いているだけでも目立つのに、隣の女性は一つ分以上の身長差と見惚れる顔をものともせず、身振り手振りを交えて話をしている。互いに視線を合わせている様子から親密さがうかがえるが、小動物を思わせる可愛らしい女性の口から発せられる「呪術」とか「死」といった物騒な単語に、二人の関係に野次馬根性で耳をそばだてた者は見た目と会話の内容の落差にぎょっとした顔で振り返っていた。

 主に聞き役の魔族は口を開いたと思ったら丁寧語で女性に接している。しかも話に夢中になっている女性が通行人とぶつかりそうになったりつまづきそうになったりすると、さり気なく腕を取って引き寄せる。その度に礼を言う女性に、魔族は呆れることなく柔らかく微笑み返していた。最後はのんびりと進む荷馬車にすら轢かれそうになっていたことにも違う意味で目が離せないが、魔族の、彼女に対する気遣いに周りは驚かされていた。強さ故、何者にもなびかず何人も寄せ付けない、と言われている魔族の印象とはあまりにもかけ離れている。


 サラとレクスが通り過ぎた後のざわめきは、本人達の知らないところでしばらく続いていた。


 サラとレクスが初めて出会った街道沿いの、街の入り口近くに斡旋所はある。

 サラは慣れた足取りで斡旋所の扉を開けた。

 平屋で見た目は小さいが奥行きがあり中に入ると案外広い。手前は仕事の斡旋に関する受付で、壁一面に依頼書が張り出されている。受付の隣は報酬の受取口で、手続きを済ませれば仕事の報酬が貰える。多額の金品が保管されているため管理は厳重で、名の知れた魔術師が窓口担当をしており護衛も常に待機している。今日は蜥蜴族と獅子族の獣人が腰を掛けていた。


 お昼時で人影もまばらだったが、それにしてはやけに騒がしい。

 騒動の中心は受付だった。三人いる中の一人――不似合いな高級服の中年男性――が受付嬢に食って掛かっていた。

「一体どうなっている! これを依頼して二週間も経つぞ!」

 怒鳴りながら男性は依頼書らしき紙をカウンターに叩き付けた。

「アルトマン様、先ほどからご説明させて頂いておりますが――」

 受付嬢は綺麗な笑顔を崩さず冷静に対応している。

「その台詞は聞き飽きた!」

 はげ上がった額に青筋を浮き立たせ、指輪だらけの手で依頼書とカウンターを叩いている。

「もう時間がない! 金なら、報酬なら上乗せする! 」

 怒りのせいか丸顔を真っ赤にし口角泡を飛ばしている。

 報酬の受取口で立ち上がった獣人達の鋭い視線には気付いていないようだ。受付嬢に手を出した途端、彼らは素早く男性を拘束しあっという間に追い出すだろう。

 中年男性の両隣に立つ顔色の悪い二人――目つきの悪い男と猫背の小柄な男――は今にも飛びかかろうとしている獣人達を見据え警戒している。

「誰でも良いからさっさと――」

 男性の右手が受付嬢の胸倉を目掛けて動く。

 獣人達は身体に屈める。

 二人の男はそれぞれ自分の得物に手を掛ける。

 レクスもサラの前に立つと剣の柄に手を掛けた。

 辺りが緊迫感に包まれた瞬間、受付嬢が入り口に立つサラに気付き、仮面のようだった顔を一瞬でほころばせた。

「来たーーー! 私の女神様!」

 受付嬢の心の叫びは、斡旋所にいる全員の動きを止めた。

 サラは一斉に自分に向けられた視線に首を竦めた。

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