電鐵倶楽部のおはなし
初霜燿
第1話
221系とは、1989年にデビューした近郊型電車だ。かつてはJR西日本を代表する車両であったが、現在はこの路線で静かに余生を過ごしている。
私が初めてこの電車と出会ったのは、5歳の時に父親に連れられて弁天町の交通科学博物館へ遊びに行った時である。まだ幼かった私は、ただの白い電車というイメージしかなかった。
県外の高校に進学し、再びこの車両を利用することになった。クロスシートを採用して、非常に乗り心地が良いのでストレスが溜まりやすい日々の通学時間も快適に過ごすことが出来る。おまけに未だに鉄道趣味がやめられない私にとって、この通学時間はまさに桃源郷であった。入学式を済ませてから、教師の案内により校内オリエンテーションを受けていると、女子更衣室の前で不思議な貼紙を見つけた。
「電鐵倶楽部 同志求ム」
たったそれだけである。活動場所や内容などは全く書かれていない。これはいわゆる宣伝ポスターなのだろうか?赤と黒の2色を前衛的に使用したデザインのポスターは、私を「電鐵倶楽部」なる珍妙な名前の部活に興味を抱かせるには十分だった。
それから程なくして新入生対象の部活説明会があったので、私はベールにつつまれた電鐵倶楽部の情報を集めようと意気揚々と体育館へ出かけた。事前に配られた部活と同好会の一覧表の中に鉄道研究部の名はあったが、電鐵倶楽部という名前はどこにもなかった。ひょっとしたら電鐵倶楽部は鉄道研究部の別称かもしれないな、と思いまずは鉄道研究部のところに行ってみることにした。
鉄道研究部のコーナーでは、いかにも人の良さそうな先輩が暇な奥様相手に商品の紹介をするセールスマンのように部活紹介をおこなっていた。
一通り話を聞いた後、質疑応答の時間が設けられたので、私はここぞとばかりに電鐵倶楽部のことを聞いてみた。すると、先ほどまでの表情が嘘のように苦々しい表情になり、
「電鐵倶楽部はウチとは無関係だよ」
と言ったきり、後はうまくはぐらかされてしまった。
どうやら鉄道研究部と電鐵倶楽部はただならぬ関係にあるらしい。恐らくどちらも鉄道について研究する部活であろうから、ライバル関係でもあるのだろうかと思い、これ以上新たな情報は見込めそうもなかったので、会場を後にすることにした。
それから暫く、事あるごとに電鐵倶楽部の情報を調べまわったが、有力な情報を得る事はできなかった。
それから暫くたったある日、私はいつもの様に221系のクロスシートの窓側に座って、朝の優雅な読書タイムを楽しんでいた。電車はターミナル駅に到着し、乗客がガラッと変わる。私の隣に新たに座ったのは、私と同じ制服を着た、やけにメガネが似合う涼しげな容貌の男であった。
彼がコスプレが趣味であるという可能性を排除すると、彼は私の学校の先輩であるという結論に達する。先輩は、鞄から何やら雑誌を取り出し、読み始めた。
よく見ると、今月号の『鉄道ファン』である。221系の大特集をしていて、私も小遣いが入り次第購入しようと思っていた代物である。この『鉄道ファン』を熟読する紳士風の先輩は、普通に考えると鉄道研究部に所属しているか独自に鉄道趣味を極めていると考えるべきであろう。だが、電鐵倶楽部の調査が暗礁に乗り上げていた私は、彼はもしや電鐵倶楽部の関係者ではないか?と思った。
私は意を決して先輩に話しかけてみる事にした。
「あの、貴方は、電鐵倶楽部の関係者ですか?」
すると、先輩は私を訝しげに見た後、こう言った。
「いかにも、私が電鐵倶楽部のリーダーだ」
数日後、私は女子更衣室の中にいた。
誤解しないでいただきたいのだが、私は覗きや下着泥棒をしているわけでは無い。それに女子更衣室の中は文字通り何も無い。黒板も、机も、椅子も。
「先輩、ここが本当に部室なのですか?」
「ああ、ここを我々は根城としている」
先輩が自慢げに話す。
「ちなみに、先生の使用許可は?」
「貰っていない!不法占拠である」
自慢げに言われても困る。先輩の説明によると、この部屋はもともと女子更衣室だったのだが、狭すぎると女子達から苦情が来て、別の部屋が女子更衣室となったらしい。よって、この部屋は空き部屋となったわけである。だから、その隙に乗じて不法占拠したと言うわけだ。しかし実態が空き教室とは言え、女子更衣室に堂々と足を踏み入れる事に罪悪感を感じてしまうのはどうしてだろうか?
「そうだ、君」
先輩が僕の方を向く。
「本当にこっちでいいんだね?」
その顔は真面目そのものだ。
「はい、構いません」
私も見つめ返す。
「ではこれにサインを」
先輩が紙を差し出す。
「これで君も私の仲間だ」
ペンを取り出し、サインをする。
「ようこそ、電鐵倶楽部へ。君は4番目の同志だ」
こうして私は、電鐵倶楽部に入部した。
私は先輩と初めて出会ったあの日から、粘り強い交渉により、電鐵倶楽部の入部許可を得るに至った。先輩がしきりに言っていたのは、
「鉄道を極めたいのなら、鉄道研究部に行ったほうがいい」
ということだった。だが私は、このクラブが醸し出す秘密結社的な雰囲気に惹かれたのだ、と主張し先輩を納得させるに至った。
ちなみにいつ活動するかはその日の放課後になるまで分からない。理由は簡単で、教師の目をかいくぐり、上手いこと部室の鍵を奪取することができた日のみ、活動を行うからである。
入部して一月ほど経ったが、3回位しか活動していない。しかも、私と先輩の二人だけである。活動内容は、ただ何もしないことである。各々が好きなことをすれば良いらしい。先輩曰く、
「この部は存在自体に大きな意味がある。たまにして貰う仕事以外は、何をしてくれても構わない」
らしい。というわけで、私にはまだ、この組織の全貌は全く見えてこなかった。
今日も女子更衣室前に行くと、ポスターが貼ってある。例の入学式に見たポスターが貼ってあると、活動中というサインなのだ。
私がドアを開けると、先輩は来ていなかったが、代わりに謎の男がいた。
視線が合う。会釈をする。反応はない。初めて先輩以外の部員と出会った。この先輩は学生とは思えない程大人びた雰囲気を醸し出していた。例えるならお坊さんのような感じである。
「お、来ていたのか」
後ろから声がする。振り返ると、このクラブのリーダーの先輩が立っていた。
「そう言えば君は初対面だったね。紹介しよう。彼は仙人だ」
私は仙人をじっと見る。よく見ると仙人先輩は目を瞑っていた。瞑想でもしているのだろうか。先輩がパシンと頭を叩くと、ゆっくり頭を上げた。
「修業中に何をする」
「うるさい、寝てただけだろう」
よく見ると仙人の口元にはよだれの跡がついていた。
仙人は、俗世間に関心を示さず、自らのライフワークである第二次世界大戦の研究に打ち込む姿から、先輩の同級生が名付けたものだ。ある年の紅白歌合戦を見たとき、『津軽海峡冬景色』以外の曲名を知らなかったという伝説を持つ。彼は私にも一切の興味を示さず、全く会話が成立しない。ちなみに先輩とは結構コミュニケーションが成立しており、私は仙人に嫌われているのではないか?という疑念が浮かんだが、先輩曰く仙人はほとんどの人間とコミュニケーションをとることを潔しとしないようだ。
そうこうしているうちに部室のドアが開き、新たなる人物が入ってくる。
「先輩方、お久し振りです」
黒縁の眼鏡をかけた男が現れた。この男は知っている。彼は同じクラスだったはずだ。名前は覚えていないが。
確か、入学式直後の自己紹介の時間に、「橋には入り口と出口がある」というどうでも良い雑学を披露していた記憶がある。そんな彼が、ここに居るということは、彼も恐らく電鐵倶楽部のメンバーだということだ。
「ほう、君もここのメンバーなのか?」
彼は少し驚いた様子でこちらを見ている。
「私のことを知っているのか?」
彼は鷹揚に頷くと、
「自分のクラスの人間は、誕生日血液型すべて記憶しているよ」
と言い放った。
「情報屋の探索力と記憶量はズバ抜けているからね。私がスカウトしたんだ」
と先輩。
「 まあ大したことはありませんよ」
彼は先輩から情報屋と呼ばれているらしい。私もこれからはそう呼ぶことにしよう。
「さて、珍しく全員が揃った。ここで、今年の初仕事と行こうか」
先輩の台詞に、仙人が頷く。
「君達2人は初めてだったね。我々が唯一しなければならない任務は、鉄道研究部の妨害だよ。ついてきたまえ」
先輩の一声で我々は部室を後にした。
そうして我々は、鉄道研究部の部室がある校舎棟へとやって来た。
「今回は何をしようか?」
仙人はしばし考え込むと、荘厳な面持ちででこう言った。
「パンダ様を使うしかあるまい」
「それで行こう。パンダ様には申し訳ないが」
私は二人が何を言っているのか訳が分からなかったが、情報屋は一切を理解したかのような表情であった。
「情報屋、パンダ様の現在地は?」
「部室奥にある祭壇に祀られております」
「そうか。君、バケツに濡らした雑巾を一杯に入れて持ってきてくれたまえ」
急に私に指示が入ったので、急いで校舎中から雑巾を掻き集めてきた。私が戻ってきた時には既に3人は臨戦態勢に入っているようだった。
「ありがとう」
私からバケツを受け取ると、先輩は何やら二人に指示を出し、私に近づいて来た。
「君は兎に角この雑巾を中の人間に向かって投げてくれれば良い。私と仙人が突入する。情報屋は見張りだ。わかったかい?」
その後の阿鼻叫喚の地獄絵図のような光景を記すのは控えよう。兎に角我々は、パンダ様を手に入れることに成功した。
部室に戻って来た我々は、情報屋がどこからかもってきたソフトドリンクで祝勝会を行った。その際に聞いた話によると、パンダ様というのは、いつからか鉄道研究部に住み着いたパンダのぬいぐるみで、今では部の守り神存在として、ご丁寧にも祭壇まで作られていたそうだ。
私にとっては何のありがたみのないパンダでも、別の場所では神のように扱われている。その事実に可笑しさを覚えながら、私はパンダの頭を撫でた。
それから約2週間後、私は入部以来初めて、情報屋と二人だけ、という時間を体験することとなった。同じクラスであるが、クラスでは一言も喋ったことがない。というよりか、授業中以外にその姿を見たことがない。お互い特にしゃべることもなく、沈黙が続いていたが、何を思ったか突然向こうが話しかけてきた。
「知ってるかい?なぜ電鐵倶楽部という組織が誕生したかって?」
元々先輩と仙人は、鉄道研究部の部員であった。文化部では最大規模の部活である鉄道研究部において、先輩と鉄道研究部の現部長は、結構なエリート街道を歩んできたらしい。お互い切磋琢磨し合う、良きライバル関係だった訳だ。そして年に一回行われる鉄道研究部最大のイベントである文化祭において、彼らは史上最年少で何かのリーダーを任されたらしい。そしてそこで、何か物凄くつまらないことで揉めたらしく、仲違いしてしまったと言うのだ。そこからはお互い冷戦状態が続いていたが、コミュニケーション能力と政治力に長けた部長氏は、いつの間にか先輩後輩を丸め込んで、いつの間にか先輩を排除しようとする空気が流れていたらしい。そして先輩が犯した些細なミスをきっかけに して部長氏は先輩を失脚させたらしい。そして先輩は、電鐵倶楽部を立ち上げ、たった一人で戦っていく道を選んだのである。
「先輩は文化祭を潰すつもりらしい」
「そんな事をしたら先輩は、永遠に鉄道研究部に戻れなくなるぞ?」
「その覚悟はとっくに出来ているだろう。先輩は鉄道研究部の敵対組織を作る事で、部長へ復讐しようとしているのだ」
「そんなつまらない事をしてどうするんだ。先輩だって本当は戻りたいはずなのに」
「情勢、というものがあるのだよ」
「そんな事あるか。たった30人くらいのクラブで、会社みたいな上下関係があるのがそもそもおかしいんだ。そもそも、そんな小さな井戸の中で王様になれた所でどうする?先輩と後輩の最低限の礼儀さえすれば、あとは家族みたいな雰囲気でいいではないか。何故そんなに偉くなりたがるのだ?理解に苦しむ」
「君の意見は少数派だよ」と情報屋。
「大部分の人間は、君や仙人みたいな悟りは開けないんだよ」
「それでも」私は続ける。
「自分と考えが違うからって、他人を排除したらダメなんだ。そんな事をしたら、クラブは崩壊してしまう」
と私が言い終わったと同時に、先輩が入ってきた。
「話は聞かせてもらったよ。君の言う事は、もっともだ。だが、もう遅いんだよ」
「遅くなんてありません。今からでも、間に合います。戻りましょう、鉄道研究部へ」
「君もお節介焼きだね。私があいつに頭を下げるとでも?」
「下げなくてもいいんです。でも、話し合えば……」
「甘い!」
先輩の口調が変わった。
「話し合って解決出来るなら、もうしている」
そこから先のことは、よく覚えていない。ただ、売り言葉に買い言葉で、ひどい言い争いになったことだけは記憶にある。
翌日、221系のクロスシートの窓側で、221系の特集をしている『鉄道ファン』を読んでいると、先輩が乗ってきた。
私の隣に座った先輩は、少し申し訳なさそうな顔で、「昨日は済まなかった」
と言った。
「ひとつだけ私から頼みがある。君、鉄道研究部に入ってくれないか?ひょっとしたら、君なら、今まで誰もできなかった家族のような部活を作ることが出来るかもしれない。絶対に誰も排除しない、優しい空間を、作ってくれるかもし
れない。私は君に託したいんだ。後輩が私と同じ運命を辿ることのないようにしてくれ。くれぐれも頼む」
そう言って、手を差し出した。私は、無言で握り返す。
「私も先輩から同じことを託されてね。これで、繋げたよ?」
そう言って、先輩はどこかへ消えていった。あれから、女子更衣室の前に、怪しいポスターは見かけなくなったし、先輩や仙人とも出会わなくなった。私は鉄道研究部で、文化祭を成功させるために日々努力している。
今日も221系のクロスシートは、快適である。(終わり)
電鐵倶楽部のおはなし 初霜燿 @Nakahata70
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