第44話 はじめての友達 ドラゴンクエスト その1

「コータくんって友達いるの?」


 開けてはいけないパンドラの箱。あたしはそれを開けてしまったのか。


「いますよ。ええ、いますとも」


 決定的に嘘が下手くそなコータくんはあたしの想像通りにぎこちなく視線を外して、あえて今する必要のない業務報告書の送信の手続きを始めた。


 やはり聞いてはいけない質問だったのか、聞いてもいないのにコータくんはつらつらと自分の交友関係に基づく実績を語り出した。


「今度またジョッシュとレトロゲームを発掘しに行くしー、あ、ジョッシュってのはムーンベガスでディーラーやってるゲーマーさんでなー」


「ごめんね、詮索するつもりはないのよ」


 毎日一緒に宇宙を上へ下へ右へ左へ飛び回っているんだ。コータくんの交友関係はほぼ把握している。そんなことを聞くつもりはない。


「あ、ひょっとして、ブリギッテって、友達欲しい年頃?」


 嘘をつけないコータくんの次なる詰問回避手段、質問返しが来た。これは本格的に友人と呼べる人間は少なそうだ。もう触れない方がいい話題だな。


「ううん、あたしは別に友達いらないもん。そんなんじゃなくて、今ドラクエで遊んでるんだけどさ、勇者って友達いるのかなって思ったのさ」


 あたしは特に友達を必要としていない。


 コータくんの宇宙船に乗せてもらうための条件が中学校を卒業する事だった。だからあたしは中学校まで飛び級ですでに卒業済みだし、今は高卒認定試験のため通信教育を受講しながら、コータくんから宇宙船操作の実地訓練を受けている。


 高卒の認定をもらい、十八歳の誕生日を迎えれば、晴れて宇宙船パイロット養成学校へ入学できるようになる。それが宇宙船パイロットへの最短コースであり、最速ルートだ。それまでは友人作りと言う作業は時間の無駄でしかない。


「勇者に友達がいたかどうか考えるなんて、君もレトロゲーマーっぽくなったなー」


「そうなの?」


 話題が変わったせいか、どこか安堵したように顔を緩めてコータくんは言った。


「もう巡航速度に達してるし、あとは寝るまで仕事もないから、どうだ? 実際に勇者になって考えてみるか?」


「実際に勇者になるって?」


 コータくんは船外でロボットを操作する時にも使うヘッドマウントディスプレイをこっちに投げて寄越した。




 ヴァーチャル・リアリティ・マルチプレイ・オンライン・エミュレータ。VRMOエミュと呼ばれるそのゲーム機は、いわゆる趣味人が作成したファミコンゲームの中に入れるゲーム機らしい。


 技術的な問題で8ビットゲームくらいしか再現はできないらしいが、ファミコンレベルなら問題なく遊べるとか。


 あたし達はアレフガルドにいた。


 空は仮想空間と見紛うほどリアルに高く、実際はディスプレイに投影されているだけだが、遠くに霞んで見えるとんがった山脈が圧倒的な存在感でそびえている。


「背景はアフリカを舞台にしたFPS最新作のを流用してるから、すごくそれっぽいだろ。HMDとは思えない臨場感だよな」


 コータくんのアバターが数歩先に立っている。アバターと言っても、それはコータくんとは似てもにつかない16ドットで表現されたゴツゴツとした立方体の塊だ。ドラクエの勇者のデザインだろう。見覚えがある。


「僕も技術的なことはよく知らないけど、要はファミコンソフトを強引にマルチプレイ化させて、そのプレイヤー同士の座標と対象のオブジェクトとが描く三角形を元に3Dデータを演算してるみたいなんだ」


 10センチ四方の立方体で1ドットのようで、それが縦横奥行と16×3個集まって一つのドラクエ風のアバターを作り上げている訳だな。


 目の前に約160センチメートルの巨大な立方体したアバターが喋りながらこっちに向かってくるのだ。その異形の造形が持つ人を不安にさせる威圧感は半端ない。


「ゲーム画面内のキャラとか背景オブジェクトをプレイヤー間の距離から計算し直して配置してるのね。画面外のものは表示されなくて、他のゲームから拝借した背景データで埋めて行くのか。確かにそれっぽい」


 よく見れば、自分を中心にしてだいたい8キャラ分くらいしかオブジェクトが置かれていない。そこから先はぶつっと切り取られてリアルなアフリカの空と山脈が描かれている。


 足元もやたら大きなドットで構成されたよく言えば非常にファミコンチックな地面が、悪く言えば目がチカチカして視力がさらに悪化しそうな粗い色遣いの地面が並んでいて、そこにあたしのアバター、2頭身の立方体で形作られたお姫様が立っている。それをTPS視点でやや後方上から眺めている構図だ。


 確かにこれはファミコンソフトを無理矢理3Dにした世界だ。あたしとコータくんはドラゴンクエストの世界に立っている。ファミコン音源の淋しげなメロディがさらにファミコン感を高めてくれる。


「コータくん、これ面白いね。後で別なゲームも試していい?」


「ボンバーマンがオススメだ。爆弾魔になった気分を味わえるよ」


 HMDをちょっとずらしてみる。コータくんはもう慣れた様子でパイロットシートにふんぞり返り、コンパネに足を投げ出すようにして愛用のゲームキューブのコントローラを握っていた。


「すごく目が疲れるから30分が限界だけどな」


 このHMDは本来船外ロボット操作用で、上下仰角180度、左右の視界は220度あるラウンド型スクリーンを内蔵している。その投影性能は3メートル向こうに16:9の240インチ曲面スクリーンが覆いかぶさるように展開しているようなものだ。その臨場感はとてつもない。


「そこらへん歩いてみな」


 コータくんに言われた通り、HMDを被り直してあたし専用のプレイステーションのネジコンで操作してみる。


「おおー。動く動く」


 当たり前だが、巨大な立方体のキャラクターが歩く仕草をすれば足元のドットの粗い地面が流れては消え、向こうから新たな地面が現れた。


 と、不意に画面がフラッシュし、画面中央部にウインドウが出現した。モンスターとエンカウントしたようだ。


「モンスター出てきちゃった。あたしのレベルは幾つ? 戦えるの?」


 ウインドウに登場したのは涙滴型でお馴染みのにへらっと笑うスライムだ。さすがにここは3Dで表現出来ないようで、ドラクエ的なウインドウに一枚絵として目の前にぶら下がっているような感じになっちゃっている。あたしのステータスも別ウインドウで表示された。


「ここはファミコンなんだね」


「ファミコンを無理矢理3D化してるからな。ウインドウは3Dで浮いて見えるだろ?」


「ARみたいに見える」


 まるでオーグメンテッドで実空間にディスプレイを浮かべてそこに絵を表示させているようだ。ウインドウの裏側に回り込もうとしても、あたしと一緒に枠ごと座標もずれていく。


「僕も戦うよ」


 あたしの側まで歩いてきたコータくんのアバターの勇者がウインドウに触れた。するともう一枚別ウインドウが開いてコータくんのステータスが表示される。あ、ずるい。自分だけレベル10だ。あたしは初期値のレベル1なのに。


「よし、サポートするから倒してみな」


 コータくんの勇者様が言う。


「ドラクエ世界に入り込んで、はたして勇者に友達がいたかどうか実証してみよう」


 なんか、コータくんにちゃんと友達がいるかどうか聞いただけなのに、また変なことになってきちゃった。

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