第十五話:ハロッズ

 空気が死ぬほど美味い。


 飛行機から降りて、いの一番、真っ先にそう思った。

 その新鮮で清涼な空気を取り入れた時、比喩でなく肺が震えていたくらいだ。


 それもやむ無し、ジェウロの言った七時間を、ずっとあの地獄絵図エレンのへやで過ごしたのだ。むしろあれから一回も吐かなかったことを誉めてもらいたい。

 というか、今になって少し気分が悪い。船旅に当てられたかのように、血の臭いに酔っている。

 つい深夜ばりのテンションハイでエレンとぶっ続けで遊んでやっていたが、やはり無理をしていたのだろう。


 あの血生臭く淀んだ空気は、とても身体に良いものとは言えないらしい。長居すればマジで病気になりかねない。

 もともと人間の中身の臭いなのに、人間に害があるというのもおかしな話だが。


『ん~、おっにいっさまっ♪』

『あーはいはい。いいこいいこ』

『んみゅー』


 エレンが、まるで猫のように俺の膝にこてんと頭を預けさせてくる。そのさらさらした金髪を手で梳いてやると、嬉しそうに目を細めた。


 頭をなでるのは、イギリスの礼儀としてあまり推奨されない。こうしてやるのも結構なグレーゾーンだろうが、エレンは気にしてないようだ。そもそもこの近しい距離も気にしていない以上、それくらいどうでもいいことなのかもしれない。


 そんな彼女の、無防備にさらされた細い首元を見る。

 作り物のように白い。もはや病的と言っても過言じゃない色合いだ。いのりといい勝負、だろうか。


 そう考えると、陶器のようなこの色白の肌も、あの部屋が原因なところがあるのかもしれないな。

 その首筋を手でこしょぐってやると、エレンはけらけらと笑い声を上げてこそばゆそうに身をよじった。


 窓の外をちらりと見ると、ちょうど真っ赤な色をした二階付きのバスが通り過ぎていった。


 既に俺は今、日本から遠く離れたイギリス、ロンドンの地に降り立っている。 

 正確には、飛行機を降りて移動中のリムジンの中だ。


 車内はこれまたお話の中のような絢爛さで、広々とした空間には目移りしてしまうような数のシャンパンや酒、ワインが格納されている。多分、俺では触れることも許されないくらいの価値のある物ばかりだ。

 しかも足の悪いエレン専用なのか、リムジンには障害者用の改造がなされている。至れり尽くせりだ。

 いくらシャワーを浴びて服も着替えたとはいえ、流石に水遊びもとい『血遊び』までやって全身に染みついた臭いは抜けきってないわけで。臭いが移ったりしてないか思わず心配してしまう。貧乏性なのかもしれない。


 そしてその運転席には、仏頂面でハンドルを握るジェウロの姿があった。


 彼はあれから、俺が生きていたことを確認してからずっとこの調子だ。どうも俺はエレンとは仲良くなってもジェウロには嫌われてしまったらしい。

 ポジティブに捉えれば、一時は殺されかけたというのに嫌われているで済んでいる分まだラッキーとも言える。

 ……もっとも、俺が最後無駄に煽ったせいかもしれないが、反省はしない。胸もすっとしたし。


『なあ、エレンよ』

『なあに、お兄様?』


 エレンは俺と二人きりで無い時以外は、日本語で話しかけても絶対に反応しない。

 ジェウロにも内緒とは言っていたが、分からない振りを装ってまで首をかしげたところには役者根性すら感じ取れた。


『ちょっと離れてもいいか? 狭苦しい』


 エレンに動いてもらうのは不可能なので、俺からそう提案する。

 が、その返事は素早かった。


『や』

『や、じゃなくてさ。ちょっと寝たいんだって、頼むよ』


 というか、今俺が眠いのも大体こいつのせいだがな。


『や』

『ほら、ハロッズでスコーン食うんだろ? 俺もケーキおごってやるから』

『……や、やー』


 ちっ、強情な。ケーキでも釣られなかったか。


『エレンは、ケーキよりもお兄様のそばがいいの!』


 かと思うと、その腕を腰に巻き付けるようにしてしがみついてきた。


『お兄様がいれば、あとは全部二の次なんだから』

『……あっそ。言っとくがお話はまた今度だぞ。昨日は散々っぱら話してやったんだから』

『ちぇー。まあいいよ、それでも。面白いお話をしてくれる限りは、お兄様のこと殺さないでおいたげるから』

『そりゃどうも……』


 まあ、見ての通り。

 エレンは、すっかり俺に懐いてしまった。

 どうやら俺の話ループでのかこばなしをいたく気に入ったらしく、話をすると目をらんらんと輝かせて聞き入っていた。

 特に、血なまぐさいグロい話や陰謀渦巻く後味の悪い話を好んだが、たまに旅先でのほっこりとした出来事、苦労した時の身の上話をしても、ずっと楽しそうに聞いてくれていた。


 まさかムゲンループでの経験が、こんな形で生きるとは夢にも思わなかった。それが無ければ、今頃俺は『あの部屋の風景』の一部にされてしまっていただろう。


 だが、かつてない生命の危機から得られたものは、とてつもなく大きなものだった。

 子供に好かれること自体は何度か経験はあるが、これほどまでに仲良くなっておいて『得した』子供もそうはいない。

 これでもマフィアの娘。その発言力は時にジェウロをもしのぐ。彼女に嫌われない限り、ふと組織内で殺される、なんて可能性も薄くなってくる。

 同士討ちを考えずに済むということは、心置きなく『これからの出来事』に集中できるというものだ。


 エレンは、いわば俺の命綱だ。この小さな手を離すことは、即刻死を意味すると言っても大げさではない。

 ここから先は、ムゲンループの経験をもってしても、さわりしか感じ取れないでいた裏社会アンダーグラウンド。不用意に飛び込めば、何時野垂れ死んだとしてもおかしくは無い。


 だったら、俺の命を保障するものは、出来るだけどんどん囲っておかないとな。


 そんなことを考えながら、エレンの顔をじっと見ていると、彼女は眩しそうに微笑みながらそっと俺の頬に手を添えてきた。



◆◆◆



 ハロッズ。


 ロンドン、いやイギリス在住の人間なら、まず知らない人間はいないだろう。

 ロンドン中心部のナイツブリッジ地区ブロンプトン・ロードに面し、観光地としても有名なイギリス最大の超高級百貨店のことだ。イギリス王室御用達の老舗でもあり、その昔は服装規定ドレスコードすらあったとか無かったとか。


 店舗や食料品売り場のその商品の豊富さは、世界的にも有名である。

 そしてご周知の通り、日本でも、特にテディベアや紅茶で知られており、ハロッズブランドの展開が明るい。


「んっふふーん♪」


 そんな高級店の、室内型テラスみたいなこじゃれたティールームで、エレンは先程注文したアフターヌーンティーのセットを、上機嫌で待っていた。

 嬉しそうに鼻歌を歌い、そわそわと落ち着かない。多分、車椅子じゃなければ他の客のテーブルにふらふらと混ざり込んでいただろう。

 裕福層の、それもかなり上品な感じの年配の者が多い。流石、高級なだけある。

 そういえば、大宮さんからここに来た時の話を聞いたっけ。お土産に紅茶のティーパックをもらった記憶がある。

 基本コーヒーしか飲まない俺も、あれは素直に美味いと思ったものだ。


 それにしてもさっきから、他の客のエレンを見る視線が熱い。

 こっそり気付かれないようにと、男の客からのよこしまなそれが多いが、同性の愛い物を見つめるような眼差しも感じ取れる。

 その視線も、現地の客ではなく他の外国客の比率が高い。流石、人の顔をじろじろ見ない紳士淑女の国である。


 やはり彼女の人形のような端整な容姿は、やはり俺から見ての感想というだけではないようだった。


「なあエレン、ジェウロさんは?」

「ん? ジェウロ? 知らないよ」


 俺の言葉に、日本語的なイントネーションで返すエレン。ジェウロでさえ、発音的な微妙な違和感はまだ残っていたのに、エレンの場合声だけ聴けば日本人のそれとさして変わらない。相変わらず、その造詣は深いようだ。


 それはさておき、ジェウロはエレンと俺をここに連れてきた後、どこかへ行ったまま帰ってきていない。

 彼はまだ俺を不信視していたはずなのだが……俺が言うのもアレだけど、いいんだろうか。俺達を二人で放っておいて。

 まあ俺も、今エレンに何かする気はないけどさ。


「お金でも払ってくれてるんじゃない?」

「お金……買収(チップ)か」

「いや、普通にスコーンのお金だよ?」


 あれ、少し身構えてたのに違うのか。


「あのねえお兄様、いくらマフィアだからって、お金は無尽蔵にばらまけないの。予算的な意味はもちろん、『体裁的な意味』でもね。使い時を考えなきゃ。おやつ食べるだけでそんなことしてたらきりないじゃない」

「む……」


 確かに、そうだ。

 まだ九つの少女に、こうもあっさり諌められてしまった。


「お兄様? 肩が張り過ぎだよ。リラックス、リラックス。ね?」

「……ああ、そうだな」


 それにしても、マフィア事情を語るエレンは、どこか『らしい』というか。まるで身内の事を話すかのような説得力があった。

 関係者ならではの凄み、とでも言うのだろうか。エレンが確かにその筋の事にも精通していることが、よく伺える。 


「それに、日本じゃそういうの、『チュウニ』って言って笑われるんでしょ?」

「そ、それはやめてくれマジで……」


 こいつ、本当にイギリス人か。

 思わぬ言葉にたじろいでいると、エレンは上体だけを乗り出して言った。


「それよりもね、甘いものがくるまでまたお話してくれる? してくれないなら────」


 ────してくれないなら、撃ち殺すよ?


「……分かった。いいよ、話だな」

「ありがとーお兄様。えへへ」


 まるで、シャフリヤール王の女殺しを止めさせたシャハラザード、百物語みたいだ。

 この少女との経験自体が、すでに立派な語り草なのだが、彼女にとっては当たり前のこと過ぎてその事に気付かない。

 俺もまた、エレンの事を誰かに面白おかしく話すことになるだろう。夕平達に話してみるとウケるかもしれない。こういう風にして、俺は色んな経験を手に入れてきた。


「よし、じゃあ一つ、とある絵描きの男が一つの戦争画の依頼を受けて狂っていった話をするか。舞台は飛んでイタリアでも有数の美術の都市、トスカーナ州のフィレンツェで――――」


 そして俺は、いつものようにエレンに話をし、彼女はいつものように黙って話を聞き続けた。

 この時だけは、エレンはずっと大人しくなる。時々笑ったりして反応を見せることはあっても、茶々を入れたりはせず、結末になるまでずっと。


 話は後半に差し掛かり、絵描きが自身の水疱瘡を戦争時に流行った疫病と勘違いし始めていったところで、頼んだアフターヌーンティーのセットがやってきた。

 しっかり三段重ねで、一番下からサンドイッチ、スコーン、サイコロケーキの皿で盛り付けられている。見た目からして美味しそうだ。しかもデザートというよりも軽食といった程の量で、それらを食べきろうとすると、エレンのような子供では苦労するだろう。


 そんな楽しみにしていたお菓子の数々にも、紅茶にも、今だけはエレンは目もくれない。

 俺の口の動きや手振り、表情の一つ一つを目に焼き付けるように、ただただじっと見つめ続けていた。


 これだけでも、いかに彼女が話好きかというのが分かろうものだ。


「……そんでその時、その絵描きはこう言った。『助けてくれ、あのイングランドがフランスに負けた! ついこの間ナポレオンに攻め込まれたイタリアが対抗出来るわけがない!』ってな。そいつは戦争を知ってその恐ろしさのあまり、時代さえお構いなしに頭の中で全部ごちゃまぜにしちまったんだ。傑作だろ? だって、ジャンヌダルクとナポレオンが一緒に現代にいるってんだから」

「ふふふっ……」

「いくら話しても他の人に笑われて、とうとう『クスリ』まで疑われてムショ入りまでさせられた男は、その戦争の情景を絵にしたんだ。その絵は、意外にもとてもいい出来でな、戦争画を見事に体現した、その絵描きの最高傑作だった。見た人は、みんな揃ってその絵の恐ろしさとおぞましさ、そしてその惨禍の迫力を語った。絵描きは、戦争で死にたくないし、もうこれ以上の絵は自分に描けないと言って完成の次の日自殺した。最後にはその遺作だけが残って、後日オークションに出された。……一体いくらで落とされたと思う?」

「……いくらだったの?」


 話の終わりを感じたのだろう、少し残念そうな、一方でオチを期待して大きな瞳が俺を見つめている。

 俺はコメディアンのように大げさに肩をすくませてこう言った。


「およそ三十六ユーロ。日本円で五千円ちょっと、イギリスこっちじゃ大体三十ポンドってとこか。だからちょうど今食べようとしてる、そのアフタヌーンティーのセットはしっかり味わって食えよ? なんせその絵描きイカレポンチが、命賭けて描いた絵と同値段なんだからさ!」


 オチを聞くやいなや、エレンはよく通る大きな高笑いを立てた。一層周囲の視線を集めたが、その声の主を知るとすぐに温かい目を作ってつられ笑いを浮かべていた。

 こうも気持ちよく笑ってくれると、こっちとしても気分がいいってもんだ。その話の内容がブラックであっても。


「あはははっ……huh、今のお話もとってもよかったよ。ありがとね、お兄様」

「どーいたしまして」

「ふふっ、お礼にこれ、ちょっと分けたげる。どれかお一つどうぞ、お話屋さん?」


 もったいぶった口調で、俺にセットを勧めてくる。

 どうやらこいつは、やっと満足してくれたらしい。


 子守りってのも楽じゃない。やれやれ、死ぬかと思った。……マジで笑えないが。


 ぶっちゃけ俺は菓子に興味は無かったが、取らないとうるさいだろうし、適当に一番下のサンドイッチのかけらを小皿に移し替えた。


「サンクス」


 そして恭しく礼を言っておく。

 その俺を見て、子供らしい大人ぶった表情で小さく胸を張った。



『ほっほっほ。随分、楽しそうだねぇ』



 そんな時、少し初老めいたしわがれた声が掛けられた。


 視線を向けると、見覚えのある男────ジェウロと、見たことの無い老人────背筋をしゃんと伸ばし、冠婚葬祭で着そうな黒いスーツに身を包む、まさに絵に描いたような英国紳士がそこにいた。


 一体誰だ? と思う前に。

 振り向いたエレンが驚くべき一言を告げた。


『これはこれは、可愛らしい笑い声がしたと思ったら、ウチの見目麗しい天使ちゃんじゃないかい』

『お祖父様!』

「────んなにぃっ!?」


 この老紳士が、エレンの祖父……!?


 いやでも、言われてみれば、確かにエレンの面影がある。その灰色の瞳も、その血の繋がりを強く主張している。

 うわ、マジか。突然すぎて、なんも構えてなかった。桜季の時といい、ここ最近展開急すぎないか?

 待てよ。

 ということはもし、彼が父方の家系の人間であるのならば、そのままファミリーの重鎮ということになるのか?

 そしてマクシミリアンがその後釜を引き継いだ?


『ほっほっほ。エレンは今日も元気だのう』


 エレンの嬉しそうな笑顔につられてか、その祖父もにっこりと微笑み返す。

 ……見た感じ、とても『そういう』関係の人間には思えない。英国紳士版大宮さんにしか見えないし。至って温和な子供好きのじいさんだ、と思う。

 というかこれでカタギじゃなかったら、もう何も信じられなくなりそうだ。ただでさえエレンという信じられない例があるというのに。


 まあ人は見かけによらないとも言うが……。

 正直、マフィアに全く関係の無い一般人であってくれとさえ思ってたりしている。でもジェウロが連れてきている以上、その可能性は薄いか……。


『……それで、君は────』


 と、そこで俺に話が振られる。


『え? あ、ああ俺は……』


 しどろもどろになりながら自己紹介をしようとすると、それを遮るかのように彼は続けた。


『────君が、アイカワ・タクジと言う少年かな? 話は我が息子から聞いておるよ。面白い日本人だと』

『え……?』


 我が息子────。

 その言葉で、焦げ付くような焦燥が急激に冷めた。


 まるで自分の言葉を頭の中で反芻しているかのように、たどたどしいと言っていいくらいの速さで彼は続ける。


『名乗り遅れたね、私はボルドマン=ニコラス。エレンの祖父であり、マクシミリアンの父に当たるよ。と言っても、肩書きだけの名誉会長とだけ思ってくれればいい。今日ここに来たのだって、忙しい息子の代わりに使い走りさせられてるだけだ。そう身構えないでほしい』


 そう言って、威厳も迫力もへったくれもないお辞儀を、ボルドマンは俺に向けた。


『我が「ネブリナファミリー」のために、これからよろしく頼むよ』

『なっ、頭目ドン……!! お止めください、何ということを……!』


 イギリス人の中で初対面の人間にお辞儀をすることなんてめったにない。ましてやこんなどこの馬の骨とも知らないガキになんて、以ての外。


 ────ファミリーの重鎮、大物どころの騒ぎじゃない。

 ────マフィアの頭目と言えば、日本で言うところの若頭ボス以上の、マクシミリアンより格上の最高権力者だ。


 だからこそ、そのあまりの腰の低さに、気圧されて何も言えなかった。

 ────どうしてこの老人は頭を下げてる? 何が目的で? これほどの人間が?

 ────何か裏がある? 意図が分からない。

 それ程までの人間が、俺ごときに頭を下げているのが、逆に恐ろしい。自分でも信じられないが、凍り付いたまま、動けなかった。


 たったそのお辞儀一つで、ジェウロやエレンに銃を突き付けられた以上の冷たい威圧を感じた。


『黙って見てなさいと言ったはずだ、ジェウロ。……私が好き勝手に出張れたのも、もう昔の話だよ。今は、ファミリーの行く末を案じるしか能の無い老いぼれだ』


 ジェウロの言葉にそう告げ、


『だからこそ、アイカワくん。直接君に話を聞きたくて、私はここに来たんだ』

『俺の……話、ですか……?』


 声の浮つきを抑えるだけで、精一杯だった。


『そう。さっきまでエレンにしてあげたように、君の話を聞かせておくれ』


 ゆっくりと頭を持ち上げて、尋ねてくる。


『君は何かを知ってるんだろう? それこそ、我々にとって聞き捨てならない大きな「何か」を。でなければ、あの息子が君を日本からここまで連れて来るわけがない』


 その灰色の瞳が、鋭く俺を射抜いた。


『────今、ここで話してみなさい。マクシミリアンに、一体何を話したんだい?』


 エレンと同じ、人を見透かすような瞳。


 その眼差しに、俺はまるで尋問に耐えかねてゲロったかのように、蛇に睨まれた蛙のように。


『……一九二九年』

『うん?』

『ニューヨークウォール街で起きた世界混迷の引き金。誰もが知ってる過去最悪の金融恐慌……ご存知でしょう?』

『……まあ、そりゃあね』


 気付けば。

 エレンにも語らず、誰にも教えず。

 裏の世界に近づくために唯一マクシミリアンに告げた予言しんじつが。


。マクシミリアンに、俺はこう告げました』


 ムゲンループの中で一度、確かに見た世界の一つの末路が。


『そう遠くない最悪の未来、あらゆる条件を満たした一番悲惨な結末として……今度はイギリスを始まりとした、欧州全土を包む第二次世界大恐慌が起こる可能性がある、と』


 口から滑り出ていた────。

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