第五章 ~『ダンピングによる攻撃』~
山田は久しぶりに新都市アリアドネのパン屋を訪れていた。以前は足の踏み場もないほどに混雑していた店内の客がまばらになっている。彼は事情を聞くために、厨房でアリアを探すと、彼女は虚ろな目でパンを眺めては、はぁとため息を漏らしていた。
「アリア、なぜ客が減っているんだ?」
「……城下町のパン屋にお客を持っていかれたのよ」
「なんだと!」
山田は城下町の調理技術でアリアのパンを超えることはできないと想定していた。その想定が崩れたことに素直に驚かされる。
「アリアのパンより魅力的なパンを作れるなんてな……」
「食べてみる?」
「あるのか?」
「ええ。旅人さんに譲ってもらったの」
アリアは手に握った小麦色に焼かれたパンを手渡す。山田は受け取り、一口食べてみると、小麦の味が口の中全体に広がった。
「このパン、小麦の味しかしないぞ」
「そうなの。下手に調理すると味が落ちると気づいたのね。小麦を焼いただけのパンで私に挑んできたの」
「だがこの味ならアリアの圧勝だろ」
「味ならね。でも値段が……」
「この味なら銅貨一枚が相場か。でもアリアの味なら十分に勝算が――」
「いいえ、小銅貨一枚よ」
「は?」
「だから小銅貨一枚なの」
小銅貨十枚で銅貨一枚の価値となる。アリアの支店で販売しているパンは銅貨二枚であるため、比較すると破格の価格設定だった。
「小銅貨一枚なら材料の小麦だけで赤字になるだろ」
「なんでも新都市アリアドネで販売されている製品を城下町で販売する場合、原材料費の九割を公爵が負担してくれるらしいの」
「国家ぐるみでのダンピングじゃねぇか」
ダンピング、すなわち不当廉売とは、一時的に商品の価格を下げることで競合他社の製品を潰し、ライバルがいなくなった頃に価格を元に戻す手法のことであり、現代では独占禁止法で禁止されている行為である。
「どうしようかしら。こちらも販売価格を下げるべき?」
「それは悪手だな」
ダンピングに対して価格競争をするのは企業体力を失う結果になる。長期的に見ても、優れた対応策ではない。
「なら何もしないの?」
「いいや、国家として手は打つさ。なにせ問題はパン屋どうしの争いじゃない。街と街、公国と王国の戦いだからな」
パンが売れないだけでなく、人がこなくなれば、都市全体の税収が落ちる。それを防ぐためにもダンピング対策は不可欠だった。
「この件は俺に任せてくれ」
「何か手があるのね?」
「ああ。奴らに目にもの見せてやる」
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