第四章 ~『ブルースの後悔』~


 ブルースは丘陵地帯で一歩も動こうとしない軍隊を目にして、首を傾げていた。傍にいた将軍に事情を聞くため声をかける。


「将軍、あれはどういうことだ?」

「見ての通りです。我が軍は動けません」

「なぜだ? エスティア王国がスカイ帝国と手を組んだ話は嘘だと分かったはずだぞ」


 エスティア王国がスカイ帝国と手を組んだとの噂が流れたため、その真偽をブルースは調査させていた。その結果は予想通り、手を組んだ形跡はなく、王国が流した嘘だということが判明した。


「ブルース様……撤退しましょう」

「な、なんだとっ」


 エスティア王国までの障害はすべて振り払ったのだから、ここで撤退する選択はありえない。だがブルースの意思と反し、将軍はすべてを諦めた虚ろな表情を浮かべている。


「戦費がないからか? しかし公定歩合を上げたのだから、その問題は解決したはずだが……」

「……既にそのようなレベルの話ではないのです」

「どういうことだ?」

「ブルース銀行がサブプライムローンによって経営危機に陥ったのはご存知ですよね?」

「ああ。だがあんなものエスティア王国の魔法石さえあればすぐにでも挽回できる」


 ブルースは自国内の金融危機も戦争の勝利で帳消しにできると考えていた。しかし将軍はその考えを否定するように首を横に振る。


「ブルース銀行は経営危機を脱するために債務者から貸し剥しを始めたのです」


 ブルース銀行はサブプライムローンを返済できなくなった債務者の家を売却し、それでも借金額に届かなければ、強引な手段で回収を始めた。それこそ借金奴隷になる者まで出始めていた。


「事態が深刻なことは分かった。だがそれと戦争にどう関係がある?」

「実は……債務者の中に我が軍の兵士が大勢含まれていたのです」


 サブプライムローンは貧困層でも夢のマイホームが手に入る金融商品だ。そして命を賭ける必要がある兵士の特性上、貧困層出身の者が多い。大勢の兵士が借金によって苦しんでいた。


「兵士たちの中には借金を返すために、戦闘用スキルや魔法を売却する者が出ています。もっと酷いと、奴隷に堕ちる者までいます」


 奴隷となった兵士たちはブルース軍を辞めていく。奴隷に堕ちた者は現段階でもブルース軍全体の二割以上を占めており、甚大な被害を出していた。


「だがそれでも残り八割の兵士がいる」

「その八割の兵士は戦えません」

「なぜだ?」

「奴隷を購入した者が問題なのです」


 ブルースは嫌な予感を覚えて、背中に冷たい汗を流す。


「まさかそいつは……」

「エスティア国王です」


 山田の奴隷になった二割の兵士は、そのままエスティア王国の軍隊に組み込まれると予想される。軍隊とは一つの家族であり、退職したとはいえ元家族と戦うことは兵士たちの心理に大きな負担を与えるため、まともな戦争ができるとは思えなかった。


「さらにそれだけではありません。ブルース領では領民たちの不満が噴出しています」

「……聞きたくないが続けてくれ」

「エスティア王国の政府ファンドがブルース銀行や証券会社などから債権を買い漁っています。まるで死体に群がるハイエナのように、彼らは債務者に借金の即時返済を求めているようです」

「……ならばエスティア王国に対して不満の矛先が向かうだろう」

「いえ、どうやらエスティア国王はブルース様との戦争のために戦費が必要だという名目で債権回収しているようで、『もしブルース軍が撤退すれば即時回収するような真似をしなくて済むのに……』と言い残しているそうです」


 さらにエスティア王国は魔王放送局を利用し、ブルース地区に債権回収を知らせる放送を流していた。その内容は侵略戦争を仕掛け、いつまでも戦果を挙げられないでいるブルースに不満の矛先が向くようコントロールされたものだった。


「エスティア国王、あいつは悪魔かっ……」

「このまま不満が高まれば領民たちによる蜂起さえ起きかねません」

「ぐっ……それはマズイぞ……何とかしなければ……」


 ブルースは頭を悩ませるが、効果的な手段は思いつかない。ストレスで頭痛が響くと、ライザックの忠告が脳裏に浮かんできた


「ライザックの忠告……あの国に手を出すな……あの話を真面目に聞いていれば……」


 ブルースは長い人生の中で剣の達人や凄腕の魔法使いたちを打ち破ってきた。だがエスティア王国の国王は今まで戦ったどんな敵とも違う。金融を武器にして戦う彼は、今まで戦ったどんな敵よりも強大な怪物だった。


「うっ……これから……どうすればよいのだ……」

「俺と手を組めばいい」


 ブルースは不意に声のした方向を振り向くと、そこにはエスティア王国の国王である山田の姿があった。


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