第四章 ~『破滅への導き』~
シーザーは現在でこそフォックス家の一員だが、生まれた頃は魔王領のスラムで暮らし、本当の親の顔さえ分からずに生きてきた男だった。
シーザーは生活していくために、物乞いをしたり、盗みをしたり、時には少年兵として出兵することもあった。貧困は辛く苦しい毎日を彼に与えたが、歯を食いしばって耐え忍んで生きてきた。
そんなある日のこと。シーザーは貯金を使い切り、寒空の下に放り出されていた。空腹で動けなくなった彼は、餓死することさえ覚悟した。
「大丈夫ですか?」
栄養を摂取していないせいで、意識が朦朧としていたシーザーに、女性の声が届く。女性は彼が反応を示さないのを見ると、近くの商店で一杯のスープを買ってくる。
「飲んでいいですよ」
奪うようにスープを受け取ったシーザーは久しぶりの食事を喜んだ。栄養が体に回り、意識がはっきりとしてきた彼の前には、恐ろしく赤い髪の少女がいた。
少女の身なりは貴族のように整っていたため、金持ちが気まぐれで自分を救ってくれたのかと、シーザーは捻くれた捉え方をしていたが、それが間違った認識だと知らせるように少女の腹の虫が空腹を知らせる。
「あんた……俺を優先して……」
少女は自分の空腹を我慢して、シーザーに食事を与えたのである。スラムの人間ならありえない行動に、彼は戸惑いを覚えた。
シーザーは少女と話すことで、彼女の名前がキルリスであることや、フォックス家の貴族であること、迷子になってスラムに迷い込んだことなどを知る。彼はスープの礼をしなければと、キルリスをフォックス家まで送り届ける。行方不明だった彼女が無事に戻ったことに、両親は涙を流して喜んだ。
シーザーは自分とは無縁の家族の絆を感じ、悲しみで目尻に涙を浮かべていた。恩人の涙にキルリスの両親は彼から事情を聞き出す。彼は今まで一人で生きてきたことや、家族がおらずに孤独であること、そのすべてを包み隠さずに吐き出した。
するとキルリスの両親は娘を救ってくれた恩人を助けたいと、シーザーを養子にしたいと申し出た。
シーザーは逡巡することなく、その申し出を受け入れ、フォックス家の一員となった。申し出を受けたのは、貴族の家族として裕福に生きたいからではなく、彼に初めて優しくしてくれたキルリスに恩を返したいと考えたからだった。
それからシーザーは妹のキルリスを溺愛し、世界中の人間が敵になっても自分だけは味方でいてやろうと決意したのだった。
「兄さん、聞いていますか?」
「あ、ああ」
昔を思い出していたシーザーは、キルリスの声で現実へと引き戻される。マイホームを購入し、三か月が過ぎていた。
「また路上生活に逆戻りするとはな」
「兄さんは優しいけど、計画性がないのが偶に傷ね」
シーザーがマイホームを購入してからすぐのことだ。彼は日雇いの仕事をクビになり、ローンが払えなくなってしまう。そのため家を手放さなければならない状況に追い込まれたのだが、彼に悲壮感はない。
「心配するな。すべて想定通りだ」
「想定通り?」
「家を売ることにはなったが、その価格は何と購入した時の三割増しだ。おかげでサブプライムローンを完済しても、かなりのお金が手元に残る」
「え? なら得をしたの?」
「そういうことに……なる……いや、待てよ……これを上手く使えば……」
「兄さん、また何か良からぬことを考えてない?」
「いいや、思いついたのは素晴らしいアイデアだ。とうとう俺は打ち出の小槌を手に入れたんだ」
サブプライムローンで家を購入し、少し寝かせてから売却する。すると売却益を得られることが分かったのだ。つまりこれを繰り返せばおお金持ちになることも容易い。
まるで悪魔の囁きのような思いつきであるが、彼は実行に移すことを決意する。それが破滅への導きだとは知らずに。
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