第四章 ~『シーザーとサブプライムとの出会い』~


「本当、兄さんは恥ずかしいなぁ~もう~」

「すまん。まさかキルリスの知り合いだと思わなくてな」


 シーザーは去っていく山田たちの背中を見送りながら、妹のキルリスに頭を下げる。


「だが貧乏生活を脱するためには仕方のないことだったんだ。分かってくれ」

「うん。兄さんの気持ちは分かるよ」


 シーザーとキルリスは魔界十六貴族の一角を成すフォックス家の人間でありながら、貧しい生活を送っているのには理由があった。


 それはシーザーたちがフォックス家から逃げているからである。逃げる理由はキルリスにあった。フォックス家は戦場で戦果を挙げることで貴族となった一族であり、特に初代フォックス家の当主は、女性でありながら魔王の座に就いた戦姫として恐れられた。


 そのような背景があるため、フォックス家の女は成人すると同時に戦場へと送り込まれる。兄であるシーザーは、妹のキルリスを危険な目に遭わせたくないと、彼女と共にフォックス家を飛び出し、二人でブルース地区まで逃げてきたのである。


(キルリスの髪色が赤以外であれば……)


 成人したフォックス家の娘を戦場へ送り出す掟には一つだけ例外があった。それは結婚していること。だがキルリスの髪の色は恐ろしいほどに赤い。この髪色では男が恐れて、近寄ることはない。


(キルリスより薄い髪色でも男が近寄らないんだ……結婚は絶望的かもな)


 キルリスには薄い桃色の髪をしたエネロアという姉がいるのだが、お見合いを百回以上しても、いまだに成果を得られていない。今では婚活で溜まった鬱憤を闘技場で晴らしている始末だ。


(俺が結婚できるならしてやりたいが……)


 キルリスとシーザーの間に血の繋がりはないが、戸籍上は兄妹であるため、シーザーを夫とすることはできない。


「貧困生活さえ脱すれば、野宿からもオサラバできるんだがな……」


 シーザーたちは宿を借りる金もないため、空地で野宿していた。現在は日雇いで、何とか食い凌いでいるが、いずれ限界がくる。シーザーはキルリスに安定した居住地を与えてやりたいと願っていた。


「お家が欲しい人いませんか!」


 シーザーの悩みを見抜いたかのような声が彼の耳に届く。一体誰がと彼が視線を巡らせると、ブルース銀行の行員がチラシを配っていた。


「そ、そのチラシ、一枚くれ」

「はい、どうぞ」


 シーザーはチラシに書かれた内容に目を通す。そこには「サブプライムローン本日より開始。どんな低所得者でも夢のマイホームが手に入ります!」との煽り文句と、格付け機関からの信頼度が高いことが記されていた。


「キルリス、やったぞ。野宿生活から脱出できるかもしれないぞ」

「どういうこと?」

「ブルース銀行系列の不動産屋ならサブプライムローンを組むことができる。この仕組みを利用すれば無一文の俺たちでも家が手に入るんだ」


 シーザーはサブプライムローンについて読み解く。そしてキルリスに借金をして家を購入するが、もし利息を払えなくとも、不動産価格が高騰している今なら家を売った金で元本を返せることや、上手くいけば借りた金以上の金額で売れることを嬉しそうに語る。


「もし住宅価格が下がればどうするの?」

「魔王領建国以来住宅価格は下がったことがないんだ。その心配は無用だ」

「それでも心配だよ。もし借金奴隷にでもなったら……」

「キルリスは心配性だな。俺は数多のギャンブルで経験を積んできた男だ。その俺が大丈夫だと保証しているんだから、心配することなんてない」

「兄さん……」

「やってやる! サブプライムローンで俺の人生一発逆転だぁ!」


 シーザーは勝利を確信した咆哮をあげる。だが彼は手を出そうとしている代物が如何に危険な存在かをまだ気づいていなかった。


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