第四章 ~『赤髪のキルリスとの出会い』~
ブルース銀行を後にした山田たちは腕を組んで街道を歩いていた。彼らの向かう先はブルース地区でも観光客向けの商店が並ぶ繁華街だ。
「魔王領への観光客は年々減少傾向にあるそうですね」
「戦争中の国へ旅行したいと思わないだろうからな」
山田たちが繁華街に辿り着く頃には、霧は薄れて、視界が良好になっていた。目の前に広がる景色は限られた観光客を呼び込もうと声をかける商店の従業員たちと、その勢いに困惑する観光客たちの姿だ。
「活気がありますが、お客よりも呼び込みの方が多いですね」
「ブルース地区の目玉となる観光地だからな。活気があるのも当然だな。今日は前回中断してしまった新婚旅行の続きを楽しもう」
「旦那様……だから好きです♪」
イリスが寄り添う山田に肩を乗せる。二人は商店に並ぶ土産物や、歴史的建造物を観光すると、夕日が沈んで街が朱色に彩られていた。
「旦那様、もう夕方ですね……なんだか名残惜しくなってしまいます」
「俺もだよ……特に明日は忙しくなるから、より一層その思いは強くなるな」
「明日はどこへ?」
「まず保険会社に向かう。その次は証券会社。他にも色々回って、サブプライムローンをばらまかないといけない」
「ブルース銀行のように契約してくれるでしょうか?」
「いくさ。そのための準備はしてある」
「準備ですか?」
「ああ。サブプライムローンの債権を証券化し、格付け機関に評価させたんだ。見てみろ。信用度は最高のトリプルAランクだ」
外資系投資銀行では、金融商品を開発すると、格付け機関に評価させる。そうすると金融に関する知識がない者でも、その商品が如何に優れたモノなのかを知ることができる。
ただこの評価に関してだが、所詮人が行うモノであるという点が重要だ。
格付け機関に依頼する場合、その金融商品に関する膨大な資料を送りつける。中身は専門用語と数式で溢れかえっている。その中から小さなリスクを見つけ出し、格付けを行うのだ。サブプライムローンの致命的なリスクに気付けないのも無理はない。
さらにだ。格付け機関に評価を依頼するのは、金融商品を開発した人間だ。当然お客の商品には良い評価を与えたいと心が動く。
「その結果がトリプルAだ。これがあれば、誰もが権利を買いたいと手を挙げるはずだ」
「格付け機関の信頼とは凄いのですね」
ちなみに株を買うときにも、格付け機関の評価は重要になる。日本人だとあまり見ている人間はいないかもしれないが、外国人投資家はかなりの人数がチェックしている。そのためもし企業の格付け信頼度に変動が生じれば、売りや買いへの流れが生まれ、儲けのきっかけとなるのだ。
例えば企業の信頼度の格付けが低下した段階で、空売りという株価が下がれば下がるほど儲かる手段を取ることができるし、長期保有前提の投資でもこの信頼度は役に立つ。
企業の格付け信頼度が高いと倒産する可能性が低いと判断されて株価が値崩れしにくいのだ。つまり中長期的な運用をするなら、評価が高い企業を買う方が良いという判断ができる。
さらに守りだけでなく、倒産するリスクが低いのだから、株価が基準値より安くなった段階で購入し、高くなるのをじっくり待つ攻めの投資にも利用できる。
この信頼度は大企業の方が高くなる傾向があるが、何事にも例外はあるもので、誰でも知っている世界的な有名企業でも格付け機関から最低評価を受けている場合もあるので、株を購入する場合は、一度チェックしてみるのも悪くないだろう。
「く、食い逃げだぁ! 誰か捕まえてくれぇ!」
男の声が街道に木霊する。街の人たちはいったい何事かと声のする方向に視線を向ける。
声のする方向には額に玉の汗を浮かべる赤髪の少女がいた。九本の尻尾を生やし、頭からは狐のような耳が生えている。顔はイリスに比肩するほどに整い、きめ細かい肌を隠すように吉祥文様柄の和服を身に纏っていた。
「旦那様、捕まえますか?」
「そうだな」
山田は逃げてくる赤髪の少女の行く手を遮るように立つ。すると彼女はムッとした表情を浮かべ、彼を睨みつける。
「……恐ろしいですね」
「そうかぁ? 睨んでも可愛らしいと思うが……」
「いえ、あの赤髪に迫力があります」
この世界は髪によって容姿を判断する。銀髪なら醜いと、黒髪なら美しいと判断されるが、赤髪は相手に威圧を与えるような強面だと見なされるのだ。
「私の邪魔をしないでください。もし邪魔をするのなら……」
赤髪の少女は手の平に青い炎を灯す。怪談話で耳にする鬼火がメラメラと青く輝いていた。
「話し合いでは解決できないようだな」
山田は赤髪の少女の背後に一瞬で移動すると、彼女の手を背中に捻る。捻られた痛みで少女は苦悶の声を漏らすと、手の平の青い炎を消す。
「魔法をコントロールするには精神を安定させる必要がある。この体勢で勝ち目はないんだ、諦めるんだな」
「うっ……っ……わ、私は悪くないもん……」
「食い逃げをしたんだろ?」
「してないもん。大盛り無料と書いていたから注文しただけだもん。大盛りへの変更が無料と書かない店の方が悪いんだもん」
「…………」
まるで子供の屁理屈だが一応の理はあるかと、山田は捻っていた手を放す。
「どうして解放したの?」
「お前が悪人ではなく、ただの常識外れの馬鹿だと分かったからだ」
「わ、私、常識あるもん」
「ならそれでいいよ。とにかく金は払ってやれ。店の人が困っていただろ」
「そうしたいけど、お金がないの……」
赤髪の少女はしょぼんとした顔で悄然とする。山田は面倒事に巻き込まれたと小さくため息を吐くが、仕方ないと気分を切り替える。
「なら俺も一緒に謝ってやるよ……お前の名前は?」
「キルリス……」
「キルリスか。俺は山田だ。よろしくな」
山田は赤髪の少女キルリスと出会う。この時の山田はまだ彼女の正体を知らぬままであった。
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