第三章 ~『仲の良い親子』~


 決闘が終わり、気絶したライザックはエスティア王国の王城へと運ばれた。そこで彼は王室に雇われている魔法使いたちにより回復魔法をかけられ、無事に目を覚ました。


 目を開けたライザックは周囲の景色に視線を巡らせる。一面真っ白の壁と白衣の魔法使いを見て、すべての事情を察する。


「私は負けたのか……」


 ライザックは敗北を噛みしめるように下唇を噛む。だがそんな彼を慰めるように、娘のレインがそっと手を添えた。


「レイン……」

「パパ……私を捕まえたのは山田じゃないの」

「どういうことだ?」

「俺が事情を説明しよう」


 決闘の敗北で冷静になったライザックに山田はこれまでの経緯を説明する。コスコ公爵からダンジョンの権利を購入したことや、ボスエリアにレインがいたこと、そして彼女が記憶を失っていることを。


 話しを進めるに連れて、ライザックの顔が青ざめていく。すべての話を語り終えた頃には、彼はベッドから飛び降り、地面に頭をつけて土下座していた。


「勘違いとはいえ、娘の恩人を傷つけてしまうとは……なんと謝罪すればよいか」

「頭を上げてくれ。謝罪なんて必要ないんだ」

「エスティア国王……」

「借りはきちんと返して貰うからな」

「…………」


 誤解とはいえ戦争の危機に晒されたのだ。謝罪だけで許すのは国益に反するし、何より山田の溜飲が下がらない。


「エスティア国王の言い分は当然だ。私にできることならなんでもしよう」

「なんでもと言ったな。言質は取ったぞ」

「お手柔らかに頼む」

「安心しろ。こちらの要求は至極当然だ。魔王軍の侵攻を止めてくれ」

「残念ながらできない……」

「なんでもするという言葉は嘘か? それに決闘で負けたら撤退すると約束したはずだ」

「撤退するとも。そこに嘘はない。だがそれは私だけだ。魔王軍の侵攻を止める権限は私にはない」

「魔王軍の最高司令官はライザックだろ?」

「それは正しい。だが間違ってもいる」

「間違い?」

「そもそもエスティア国王は魔王領の権威構造を把握しているのか?」

「詳細までは把握していない」

「ならそこから説明しよう」


 魔王領は一六人の貴族たちが治める一六の領地から構成されている。一六貴族はそれぞれ軍事力を保持し、戦争を自由に行える。税の額も自由に決めることができ、それぞれの領地で法律も異なる。


 つまり一六の国が集まってできた集合国家が魔王領なのだ。制度的にはEUに近く、集合体であるが故に、各々の貴族は独立した考えを持ちながら動いている。


「エスティア王国に侵攻している貴族は私のほかにもう一人いる」

「どんな奴だ?」

「ブルースという男で、慎重で諦めの悪い蛇のような男だ……もしライザック軍が手を引いても、ブルースは侵攻を止めないだろう」

「ならライザックだけでもいいから手を引いてくれ」

「それはもちろんだ。約束だからな」


 単純計算はできないかもしれないが、ライザックが手を引くことで数の上では魔王軍の戦力が半減するのだ。山田にとってはそれだけでも十分にありがたい。


「ブルースか……その男はやはりライザックに匹敵する実力があるのか?」

「いいや。ブルースは序列一五位の男だ……エスティア国王が倒したエドガーの次点に位置する男だと思ってくれ」

「エドガーの奴、十六位だったのか……あいつの一つ上なら楽勝かもな」

「あまり楽観視しない方が良い。私やエドガーと違い、ブルースは決闘を受けるようなことはしない」

「個人と個人の戦いではなく、国と国の衝突になるということか」


 国同士の戦争になれば個人の強さ以上に物資の豊富さや人材の多様性、そして課金するための資金力が勝敗を決する。


「ブルースが魔王領として戦争をしている以上、後方支援も行われる。さらにブルースが窮地に陥れば魔王様が力を貸すことさえ起こりうる」

「魔王か……ライザックより強いのか?」

「ふふふ、私が魔王領最強の一角だと噂する者はいるが、本当の最強は魔王様のような人を指すのだ」

「ライザックがそこまで言うんだ。よほどの実力者なのだろうな」


 かすり傷とはいえ山田に外傷を与えた男がここまで褒めるのだ。もし戦うことになれば油断できない相手になることは間違いない。


「私の心情としてはエスティア国王の味方になりたい。だが同じ魔王領に所属するブルースや、和平条約を結んだコスコ公国とは戦えない。すまないな」


 和平条約を破ると莫大な謝罪金をコスコ公国に支払う義務が生じる。如何に恩人のためとはいえ魔王領の不利益にはなれないと再度頭を下げた。


「本音ではコスコ公国を滅ぼしたいのだ。それを理解して欲しい」

「ライザックの怒りは十分に理解できる。だから代わりに、俺がコスコ公国を滅ぼしてやるよ」


 山田はやられっぱなしを許すような男ではない。必ず落とし前は付けさせると心に誓う。


「さて話は終わった。レイン、一緒に帰ろう」

「……やなの」

「どうしてだ? パパが嫌いなのか?」

「違う……でも……」

「レイン……昔はあんなにパパ思いの娘だったのに……記憶さえ元に戻れば……」


 ライザックとレインは互いが親子だと知ってはいるが、レインの方は記憶を失っており、家族という情報を知っているだけの状態だ。


 信頼の絆は過去の経験から紡がれていく。山田はレインの記憶を奪った公爵を許せない怒りを感じながらも、何か手はないかと頭を悩ませる。


「時間が経てば元に戻る可能性もあるが……」

「待つしかないのか……」

「いや、待てよ。記憶を戻す方法があるかもしれない!」


 山田は空間魔法を発動させ、審査会の副賞として手に入れた神秘の秘薬が詰められた薬瓶を取り出す。


「この薬は?」

「重度の怪我や魔法による呪いを飲むだけで治すことのできる代物だそうだ。記憶喪失が魔法によるものなら……」

「飲めば治るはずだ!」


 山田はレインに薬瓶を手渡すと、彼女は恐る恐る瓶の中の液体を口の中に流し込む。徐々に減っていく薬をすべて飲み終えた時、レインはすべてを思い出したのか、山田を怜悧な眼で見つめる。


「私の魔法を解いていただき、ありがとうございます。エスティア国王様」

「呪いが解けたようだな」

「はい。おかげさまで。これもすべてあなた様のおかげです」


 少女とは思えない大人びた口調で、レインは優雅に頭を下げる。貴族の令嬢たる振舞いは、彼女が記憶を取り戻した証左でもあった。


「レイン……」

「お父様……」


 二人は感動の再会を祝福するように見つめ合う。ライザックは目尻に涙を浮かべて、いますぐにでも彼女を抱きしめようとしていた。


「レイン、いつものようにパパに甘えてもいいんだぞ」

「お父様……」

「なんだ、レイン?」

「あなたはいつもこうです。親馬鹿はいい加減にしてください」

「レイン、まさかお前、記憶がまだ……」

「戻っています。お父様に甘える私の方こそ、捏造された記憶です」


 レインは呆れたように小さく息を零す。ライザックも口元に小さな笑みを浮かべた。


「幸せそうですね」

「だな」


 レインは決してベタベタと甘えることはなかったが、二人の信頼の絆は山田の目にしっかりと映る。彼も二人のようにイリスと幸せな家庭を築きたいと小さく願うのだった。


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