第三章 ~『ライザックとの一騎打ち』~
ライザック率いる魔王軍がエスティア王国へ侵攻を初めて一週間が過ぎた。だが魔王軍はいまだエスティア王国の領土を踏んではいない。その理由は山田がライザックへと送った果たし状によるものだった。
「闘技場の客入りは凄いな」
山田は円形闘技場の中心で周囲に視線を巡らせる。観客たちはビッシリと席に埋まり、試合が始まるのを待ち望むように目を輝かせている。
「旦那様はライザックさんにどのような果たし状を送ったのですか?」
「一対一の決闘で俺が負ければ娘を返す。その代わり俺が勝てばエスティア王国から手を引く条件での決闘の申し出だ」
「ライザックさんはなぜその条件で決闘を受けたのでしょうか……」
エスティア王国の領土に踏み込まれた時点で経済的損失は計り知れない。即ち、主導権は魔王領が握っているのだ。その主導権を捨てて、山田の提案を受け入れたことにイリスは疑問を感じていた。
「娘を人質に取られるリスクを考慮したのと……ライザックが自分の実力に自信があるからだろうな」
ライザックは魔王すら凌ぐ実力を持つと噂され、魔王領最強の一角として名高い男だった。その実力があるからこそ山田の挑戦を逃げずに受けたのだ。
「そろそろ到着する頃だな……」
山田がボソリと呟くと、その呟きに応じるように大きな歓声が響く。闘技場に魔王領最強の男、ライザックが姿を現したのだ。
金色の髪を逆立て、眉を吊り上げながら山田を見据えるその男は、視線を落とし、彼の背中に隠れるレインを見つめる。
「あれが私のパパなの?」
「だそうだ」
「なんだか怖い顔……」
「そう言ってやるな。あれでも娘のことを心配しているんだ」
娘のために軍隊を動かす親馬鹿はそうそういない。強面でも心根は悪い奴でないと、山田はライザックを好意的に見ていた。
「旦那様、でしたらレインちゃんに事情を説明して貰えば、決闘をしなくても和平を結べるのでは?」
「事情なら事前に手紙で伝えたさ。だがコスコ公爵は俺がレインを洗脳しているとライザックに告げ口したらしくてな」
「それは聞く耳を持ってもらえそうにありませんね」
「何をコソコソと話をしている!」
ライザックはリングに上がると、怒りのままに大声をあげる。
「貴様がエスティア王国の国王だな」
「そうだ」
「……レインは無事なようだな。それさえ分かれば十分だ」
ライザックは腰の剣を抜くと、一秒でも早く娘を奪い返したいと決闘の開始を要求する。山田はその要求に応えるように両手を前に構える。
「魔王領最強の男か……」
山田が異世界にきてから戦ってきた敵はすべてデコピンで倒せるような格下ばかりだった。しかし彼はそんな現実に飽き飽きしていた。かつて彼が投資銀行時代に戦ってきたビジネスエリートたちは誰もが強敵で、緊張に迫られる毎日だった。多少は手ごたえがあることを望み、戦うために一歩前へ出る。
だが武道の経験がない山田の一歩は隙だらけの動作だった。その隙を逃すほどに、魔王領最強の男は甘くない。彼が気づいた頃には眼前に輝く刀が迫っていた。
山田は驚異的な反応速度で刀を人差し指で受け止める。能力値がカンストしているはずの彼の指先から、僅かばかりの血が溢れていた。
「指一本で止めるだとっ!」
「驚いているのは俺の方だよ……そして今度はこちらの番だ」
山田はライザックの刀から手を引くと、腕を大きく振り上げる。素人丸出しの構えだが、ライザックは迫り来る脅威に悪寒を感じて背後に飛び退く。
「な、なんだ、お前は……」
ライザックは額に玉の汗を浮かべる。彼は数々の魔人を倒し、伝説の龍でさえ討伐してきた。だがしかし過去のどんな強敵を思い返しても、山田以上のプレッシャーを放つ者は存在しなかった。
「だ、だが、私は負けられないのだ」
ライザックが魔力の放出を始めると、大気と交わった電撃がバチバチと音を鳴らす。周囲の空気を焼く雷が、ライザックと同化したように閃光を放ち、彼の高速の連撃が放たれる。数え切れないほどの斬撃が舞い、山田の身体を切り裂いていく。
だが山田の肌には小さな擦り傷が刻まれるだけで、致命傷にはなりえない。実力差に絶望しながらも剣戟を止めないライザックに山田は手の平を向ける。
「魔王領最強なんだ。この程度なら死なないだろ」
山田はライザックに魔力の弾丸を放つ。しかしライザックはその危険性を見抜き、剣先で弾丸の軌道を変える。
軌道を曲げられた弾丸は天高く昇り、蒼穹の空で魔力の業火を生み出した。肌を焼くような熱さにライザックが気を取られていると、彼の眼の前には山田の拳が迫っていた。
「悪いな。手加減してやるから耐えてみせろよ」
山田が拳を振りぬく。ライザックは咄嗟に剣で防御するが、山田の拳は剣をへし折り、彼を観客席まで吹き飛ばした。
「俺の勝ちだな」
観客たちは山田の勝利を祝うように歓声をあげる。魔王領最強の一角を沈めた彼の実力が世界に発信された瞬間でもあった。
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