第三章 ~『コスコ公爵の願い』~


 山田は公爵に招待され、彼の住む城を訪れていた。王城ほどではないが、立派な要害としての機能を持ち、それでいて洗練された城の内装は、かつての大国の名残を感じさせた。


 暖炉がパチパチと火花を散らす貴賓室に通された山田たちが椅子に腰かけると、歓迎の印だと、公爵によって菓子がテーブルに並べられる。


 その中の一つ、果実が乗ったケーキに山田は見覚えがあった。


「このケーキ、まさか城下町の……」

「山田殿はお目が高い。我が国一番の菓子職人が作ったケーキをすでに食していたとは」

「なるほど。あれが一番なのか」


 アリアの腕があれば、公国民を虜にできると、山田はさらなる確信を強めた。


「それにしても山田殿は噂にたがわぬ美丈夫ですなぁ」

「黒髪、黒目だからな」

「それに引き換えイリス嬢は……」

「イリスがどうかしたのか?」

「い、いえ、なんでも」


 公爵は山田の隣に座るイリスを観察する。整った目鼻立ちをしているが、それを台無しにする色の強い銀髪。見ているだけで嫌悪感が全身を包み込んだ。


(山田殿……いや、エスティア王国の国王は油断できない男だ)


 公爵は山田が国王の座を手に入れるためにイリスと結婚したのだと誤解していた。目的のためなら醜い女とも一生を添い遂げることのできる男。油断はできないと、彼は拳を握りこむ。


「お世辞はそれくらいにして、本題に入ろう。資金援助して欲しいんだよな」

「話が早くて助かります」

「融資は担保があれば構わないぞ」

「いえ、融資ではなく、資産の買い取りをお願いしたい」


 担保を保証した融資と資産の買い取り。銀行によっても変わるが、一般的に融資できる金は担保された資産の七十パーセントだと言われている。つまり金貨百枚の資産を担保にした場合、そのまま売れば金貨百枚になるが、融資の担保として使う場合、金貨七十枚を引き出す力しかない。


 もちろん融資は返済すれば担保が戻ってくるため、一概にどちらが優れているという話ではないが、公爵は一枚でも多くの金貨を欲していたため、担保ではなく、買い取りを願い出たのだ。


「こちらが資産のリストになる」

「どれどれぇ~、なるほど。ダンジョンの経営権がほとんどだな」


 ダンジョンとは魔物が生み出される場所で、レアなアイテムや金貨が手に入る場所でもある。リストにはコスコ公国内にあるダンジョン名が羅列され、その隣には経営権を売却するための金額が添えられていた。


「ダンジョンはかなりの収益率のようだが、本当に売却しても良いのか?」

「はい。我々は月々に得られるはした金よりも、戦争のためにまとまった大金が欲しいのです」


 ダンジョンのビジネスモデルは管理する代わりに冒険者から入場料を頂くことで成り立っている。コスコ公国には冒険者も多く、入場料が定期的に入ってくるダンジョンは資産として魅力的な商材だった。


「素敵な商品ばかりだな」

「なら購入していただけますね?」

「良いだろう、買ってやる」


 コスコ公爵は商談の成功に拳を握り締める。


「ただしいくらで買うかはダンジョンの資産査定をしてからだな」

「価格は我々の方で調べてあります。リストに評価額を記載してあるでしょう」

「そうだな。だが俺も調べておきたい」

「我々を信用していないのですか?」

「信用しているさ。だからこその保険だ。人間誰しもミスはある。俺が調査をすれば、価格の信頼度も増すだろう」

「……分かりました。ただし早急にお願いします」

「数日もあれば査定は完了するさ。分かり次第、連絡する」


 コスコ公爵は渋々納得すると、小さく息を吐き、気持ちを落ち着ける。


(焦る必要はない。ダンジョンの秘密を暴くことは不可能だ)


 公爵は山田の能力を見くびっていた。いや、知らなかったのだ。山田が権謀術数渦巻く投資銀行界を生き抜いてきた男だということを。


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