本物の愛を、僕らは知らない。

辻野深由

※※※

『あらゆる物語のテーマは結局、愛なんだよな』


 何度も読み返した小説のクライマックスにある登場人物の一言を、ベッドに横たわったまま頭の中で反芻する。

 じゃあ、誰の愛がこんな結末を招いたのだろう。

 愛がテーマの根幹なのだとしたら、右腕にカテーテルを通しながら真っ白い天井を見上げて横たわるまでの結末も愛のせいなんだろうか。

 違う。そんなはずはない。

 愛は、誰かを傷つけるために用意された甘美な免罪符ではないはずだ。

 ない、はずなのだ。

「ごめんなさい……。本当に、ごめんなさい……」

 ベッドに横たわる僕の隣で、啜り泣く声が延々と響いている。嗚咽混じりの声で、ごめんなさい、と繰り返している。

「こんなことになるはずじゃなかったのに。葛城くんを傷つけるためじゃなかったのに」

 手を組み、目を伏せて涙混じりに語る彼女は、懺悔と後悔の言葉を口にする。

「あんなことはもうやめるから。もう、繰り返さないから」

 啜り泣く声は止まない。

 僕には何一つ理解できなかった。懺悔の意味も、後悔の理由も、涙のわけも。

 どうして君が泣くんだ。

「どうすればいいのかな。どうすれば償えるのかな」

 問われたところで、酸素マスクをつけたままでは答えることができないし、そもそも彼女が探している答えを持ち合わせてもいない。教会の神父でもないから、神に代わって許すことだってできない。

 許しという出口を求めて悔恨と謝罪の迷路を彷徨う声を聞きながら、僕はどうすることもできず、ただ真っ白な天井をぼんやりと眺める。

 もしこれが一つの愛の物語の結末だとしたら、現実というのはあまりにも非情で、ままならないものだと思う。


 僕らは、正しさも知らないままに、間違った愛を、間違ったまま抱え込んでしまっているのだろう。本物を知らず、だけど自分が抱く感情を否定することもできず、誤りに気付くこともない。だから、他人を傷つける。愛という綺麗事を盾にしてしまう。その稚拙さを大人の証と勘違いし、強要してしまう。

 それもまた、若さ故だったりするのだろうか。だとしたら、大人とは何だろうか。愛とはどういう感情なのだろうか。


 本物の愛を、僕らは知らない。

 だから、僕らは間違えるのだ。

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