第5話 睡眠の重要性


「……モリビト?」


(なんなんだ、一体。身を守る? 物騒な話なのか? それが俺と何の関係が…?)


 警戒心とクエスチョンマークが頭の中でぐるぐる回っている。簡単に興味を示したりしないよう、隆太は表情を引き締めた。


 そこからは、水沢が話を引き取った。


「実は、彼女は(と、手で娘を指した)ある特殊な力を受け継いでいるんです。」



 ……ホラ、おいでなすった。やっぱりか。霊感商法みたいなものだろうか。


 隆太はぐっと身を引いて、背もたれに背中を付け、腕組みをした。騙されるもんか。


「はぁ……」


 わざと、関心が無いことがあからさまな声で相づちを打つ。こちらから話を振ったりしない。



 水沢はその態度に気付いたようだが、そのまま話し続けた。


「その力は、家系や血筋にまったく関係無く現われます。ひとりの力が潰え、別の能力者が生まれます。そうやって、世界にいつも1人だけ、しかし延々と続いてきた力なのだそうです」


「はぁ……」


 向かいの席の夫婦はこちらの様子を見ながらも、たまに娘と小声で話したりしている。


「フオンちゃんが産まれて数日後、先代の能力者が訪ねてきたのだそうです。

 そして、フオンちゃんが次の能力者であることを告げられた。

 能力者は、次世代の能力者が産まれると、それがわかるそうなのです。そしてその時を境に、本人の能力は徐々に衰退してゆく」


 彼女は言葉を切ると、静かに俯き 水をひとくち飲んだ。

 そして、隆太に向き直って続けた。


「この力は、そうやって代々続いてきました。そして……あなたが、彼女の『モリビト』なんです」



「……へ?」


 急な展開にあっけにとられた。話が見えない。

 脳みそがグラリと嫌な揺れ方をして、自分の周りの世界が僅かに歪んだ気がした。


 思わず、意味も無くキョロキョロしてしまう。


 いきなりなんなんだよ。俺を巻き込むなよ! イヤ、ここまでノコノコついて来ておいて、巻き込むな、というのもおかしな言い草だけど!

(隆太には、パニック状態になっているときでも心のどこかに冷静な部分があって、自分にツッコミを入れてしまうという癖があった)



 そこに、ウエイトレスが飲み物を運んできた。


 うん、ここは現実だ。……そうだ。気をつけろ! おかしな話に引きずり込まれるな!



 飲み物が配られている間、隆太はなんとか落ち着こうと努力した。

 さり気なく、相手を観察する。


 自分の前に飲み物が置かれると、母親はウエイトレスに笑顔で会釈した。

 娘は目をキラキラさせて、プリンの皿に見入っている。

 父親がウエイトレスに「アリガトウ」と言うと、娘も急いで「アリガトー」と言った。小さな声で。


 ウエイトレスが行ってしまうと、娘が母親を見上げ、何か言う。

 母親が優しくうなずくと、娘は小さなスプーンにアイスを山盛りにすくい取り、頬張った。

 うんうんと頷きながら、口の端にアイスを付けたまま満面の笑みを浮かべる。テーブルの下では、足をブンブン振っているのだろう。小さな身体が揺れている。


 微笑ましい光景だ……


 そんな家族の様子を見て、隣の水沢が何か声をかけた。

 娘は水沢に向かって、満足げに何度も頷く。

 水沢はクスクス笑っている。両親も微笑んで我が子を見守っている。


 微笑ましい光景だ……




「さ、続けましょうか。」

 突然、水沢が話を戻す。思わず微睡んでしまいそうな和やかな空気が、一気に取り払われた。


「これまでの所は、理解していただけました?」

 疑問系で話す時は、こころもち小首を傾げるのが彼女の癖のようだ。


「ハ、ハァ……なんとなく。でも……」

「理解はしたけど、信じてはいない?」

「……そういうことです」


「でしょうね。私も初めは同じでしたもの」

 彼女は、ふふ…と笑いながらそう言った。


 そんなこと言ったって、騙されないぞ。

 一旦相手に共感してみせるのは、奴らの常套手段に違いない……


「とりあえず、最後まで話させて下さい。信じるかどうか、受け入れて下さるかは、完全に大原さんにお任せします。

 彼らは、何も無理強いはしません。それは、彼らが私に通訳を依頼する際、特に念を押されています」



「……わかりました。聞きましょう」


 隆太は半ば開き直って、そう言った。

 どうせ、壁際に座っていて抜け出せないんだ。



 彼女は再び話し出した。


 隆太は話を聞きながら、思った。


 こんなことなら、もっとちゃんと眠っておくべきだった……

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