サレンダー 〜翼の守人〜

霧野

サレンダー 〜翼の守人〜

第1話 序


 その朝は、いつもと同じように始まった。


 日が昇ってすぐに起床。

 手早く身繕いを済ませると、眠たい目を擦りながら、既にリビングにいる両親に朝の挨拶。

 ゆっくりと水を一杯飲み、家族3人で家を出た。


 こぢんまりとした家の裏手、鬱蒼と茂る小高い山の中を少し歩く。今日はどの場所にしようか、相談しながら。


 空は青く澄み渡り、小さな雲がいくつか浮かんでいる。

 今はまだ涼しいが、昼になれば いくら山の中とはいえ、暑くなるだろう。



 しばらく歩くと、良さそうな場所を見つけた。

 山の斜面、樹々の間に平らな岩がある。それほど大きくはないが、3人が座るには充分だ。


 晴れた日の日課となっている、朝の瞑想。


 3人とも岩の上に座り、辺りを見渡す。



 朝霧の名残りを通して繊細な日差しが差し込む、山の中。

 露に濡れた樹々の葉が、キラキラと光る。

 座っている岩の周りに生える名も知れぬ草も、生命を謳歌しているかのようだ。

 樹の一本一本、草の一本一本、土を覆う苔、地を歩く虫たち、ゆっくりと空を流れる雲……


 それら全てに、順番に意識を集中する。その美しさを受け入れ、賛美する。


 そして ただ、静かに呼吸を繰り返す。

 心の枠を解き放ち、在るものの美しさを 在るがままに受け入れる。


 数秒の後、肉体も精神も自然の一部となり、宇宙と繋がる。



 彼女にとっては、簡単なことだった。

 もちろん、簡単だから、いつものことだからといって、その素晴らしさは少しも減ずることは無い。


 うんと小さな頃から繰り返してきた、朝の瞑想。




 そしてそのとき、啓示は突然に訪れた。




「パパ、ママ。私たち、日本に行かなきゃ」


 まるで、言葉がするりとこぼれ出るようだった。



 両親が息をのんだ。


「日本? ……そうなの? ついに、来たのね?」


 フオンは母の目を見て、頷いた。



「間違いは、無いんだね?」


 父がフオンの腕を握り、覗き込むようにして、訊ねた。


 彼女は父を振り向き、再び頷いた。



「私の守護者は、日本に居る、と、思う」


 自分自身に確かめるように、視線を膝に落とし、一言ずつ噛み締めるように呟いた。

 そして、顔を上げて宣言したのだった。



「『テンクウバシ』に住む、小さな翼を持った おとこのひと」




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