魔物③
店の外へ出ると、辺りの様子も一変していた。
さっきまで、ただ廃墟の立ち並ぶ寂れた街だったはずが、大通りにはズラリと提灯がぶら下がり、そこかしこで屋台のような店が開店準備を始めている。
店を開いているのは魔物のようで、みんな大工道具を手にどんどん屋台を組み上げていく。
「よお、リタじゃねーか」
その中の一匹が、リタを見付けてこちらへ近付いて来た。
「珍しいもん連れてんな。どうだ、売らねーか?」
ヘラヘラと笑いながら近付いて来るその姿は、まさにカエル。
笑顔なんだろうけど、目が全然笑ってない。
カエル男は、高級そうな三揃えのスーツを着込み、首には赤の蝶ネクタイを締めている。
ビシッと決めた彼の手には、その出で立ちにそぐわない大木槌。
こんな物で殴られたら、私なんて一溜まりもない。
思わず一歩退くと、素早くリタが私の右手を掴み自分の後ろへ隠した。
「売らねーよ」
そう言いながらカエル男の横を足早に通り過ぎる。
「なら何でこんな時間にココにいる?それで砂漠を越えるのかぁ?」
カエル男は、ペタペタとした足音をたてながら、しつこくしつこくリタに話しかけてくる。
「なぁ、リタ。悪いこた言わねぇ。俺に売れや」
カエル男がそう言った途端、リタが余っていた方の右手でカエル男の胸ぐらを掴み上げた。
「それ以上言ったら、お前の魂抜くぞ」
低くて怖い声だった。
「否、否、冗談だよ。またな、リタ」
カエル男はそう言うと、慌てたように組み立て途中の屋台の向こう側に逃げ込んだ。
「行くぞ」
死神は、この世で唯一自在に魂を抜くことが出来る神なのだそうだ。
「じゃあ、他の神様は魂を抜くことが出来ないの?」
「そーゆう事!但し、抜くだけだけどな」
私達は、そんな話をしながら魔物だらけの砂漠を走り、魔法使いと悪魔の街カメルへと急ぐ。
行きとは違い、どこから湧いて出たのかこの魔物の数々。
空が暗くなるにつれ、みるみる増える魔物達は、見るからに狂暴そうだ。
私は狙われている。
そんなの、あいつらの目を見ればすぐに分かる。
多分リタが居なければ、こんな小娘一溜まりもない。
だから、リタの手を必死に握り全力疾走。
もう、泣きそうだ。
妖精の森は、更に暗さを増していた。
昼間よりも不気味さ5割増強!
妖精だけじゃ飽きたらず、なんかの虫がそこここあそこと飛び回る。
虫は嫌、ホント嫌!
と思いながら、後少し、もう少しだと自分に言い聞かせ脇目も振らず妖精の森を駆け抜ける。
ようやくカメルに到着した頃には、当初の予定とは裏腹に真っ黒な空が辺りを覆っていた。
街の中に入っても、リタは私の手を離そうとはしなかった。
より一層華やかに見える街の中には、昼間とは違い着飾った魔物みたいなのが沢山混じっている。
富裕層の魔物なのだろうか?
私がそれらに目を奪われていると、
「純血種じゃないやつらだよ。魔物と魔女の混血……とか」
と、リタが私の疑問に答えてくれた。
「一応魔法使いや悪魔と同じ扱いされてるけど、ヤツらは信用出来ない。魔物混じりだからな……危ないヤツも沢山いる。その上魔力は悪魔並み」
リタは少々面倒臭そうにそう話すと、クルリと方向を変え、街一番の高層タワーへと向かって歩き出した。
「予定変更。ズルするぞ」
謎の発言である……。
着いた先は、高層タワーのすぐ横にある小さなお店。
神秘的な占いの館……と言ったところだろうか?
「ここでズルするの?」
私がそう言ってリタの顔を見上げると、
「暗くなり過ぎたからな」
と答え、店の中へと足を踏み入れた。
店内はモスグリーンのカーテンが何層も折り重なって吊されており、なかなか奥まで辿り着けない。
あの店構えからは想像もつかない奥行きの長さだ。
これも魔女のなせる技なのだろうか?
「いらっしゃぁい。リタ。メリのお店へようこそ」
最後のカーテンを開けると、そこには最初の日に出会ったあのケバケバ魔女の片割れ、泣きボクロの女が笑顔で鎮座していた。
彼女は自分の頭ほどもある水晶玉を愛おしげに眺めながら、
「ずっと見てたわよぉ、リタ。私に何かお願いかしら?」
と言って首を傾げる。
大きくてうるうるな瞳……とても200歳超えてるとは思えない。
「悪いけど、デルタの街まで飛ばして欲しい。勿論コイツも一緒に」
リタがそう言うと、
「別にいいけど。私の魔法、高いわよぉ」
と、ピンクのぷるぷるの唇をツンと尖らせた。
「何で支払う?」
リタがそう問いかけると、メリは人差し指を唇に当て『どうしようかなぁ』と考える素振りを見せる。
リタはややイライラ気味。
「そうねぇ。じゃぁ、私の卵抱いて」
そう言ってニッコリと微笑む。
「卵?そんなのそこら辺の悪魔にでも頼めよ」
冷たく言い放ったリタに、全く動じないメリ。
「あら、私は本気よ。リタに似た黒髪の子供が欲しいの」
そんな恥ずかしいセリフをメリは瞳をキラキラさせながら、サラリと言い放つ。
「たった10分抱くだけよ。難しくないわ」
そう言うとメリは、白くてツルツルのラグビーボール程の卵をヒョイと魔法で出現させた。
「難しいとか簡単とか、そーゆう問題じゃない。とにかく卵は抱かない。他の選択肢をくれ」
優しく卵を撫でるメリを氷のように冷たく拒絶するリタ。
でもそれは仕方のないことだと思う。
だって、あんまりよく分からないけど、簡単に言うと子供を作るか作らないかでこの二人はもめてるんだよね?
なら拒否って当然。
てか、なんで買い物するだけでこんな話になってんの?
意味分かんない。
「なら50。……それが嫌なら卵を抱いて!他に選択肢はないから」
メリはイライラ気味にそう言うと、両頬をぷくりと膨らませリタを睨んだ。
「50でいい。早くやってくれ」
低くて落ち着いた声だった。
リタは『卵を抱くだけ』という超簡単なメリの申し出を一刀両断でぶった切った。
するとメリは、余りにも予想外の答えだったのだろう。
「ちょっと待ってよ、リタ。50よ、50。正気なの?こんなのただのぼったくりよ」
と慌てた様子で止めに入る。
「よーく考えてよ。たった10分卵抱くだけよ。おいしい取引だと思わない?普通誰もがそっちを選ぶわ」
焦りすぎて喋り方が普通になっている。
メリの大きな瞳は、更に大きく見開いてかなりのビックリ眼状態。
おそらく無理を言えば、卵を抱くと思っていたのだろうが、思惑は見事に外れたようだ。
「俺は卵は抱かない。いいから早く飛ばして。もう帰りたいんだ」
リタがその揺らがぬ思いをメリに伝えると、
「分かったわよ。んもう!リタの卵、ギルダに自慢したかったのになぁ。いいわ。2にしてあげる。格安よ」
メリはそう言うと、右手の人差し指でクルクルと天をかき回し、何かをクルリと絡め取る。
「リタ。もう一度だけ聞くけど、卵抱いてくれない?」
懇願するうるうるの瞳に、冷酷なまでの無視。
「……ふぅ。諦めるわ。じゃあいくわよ、リタ。デルタを思い浮かべて。あぁ、あなた、リタに掴まった方がいいわ」
「あ、はい」
そう言われて、急いでリタの服の袖にしがみつく。
「OK。じゃあ、飛ぶのと同時に2年分の命、頂くわね。YES or NO?」
「YES」
「契約成立。またのご来店をお待ちしております」
メリはそう言ってニッコリ笑うと、指に絡まっていた何かを私達目掛けて発射した。
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