魔物②

 リタは、暫く行くと小さな家の前で立ち止まった。


 雰囲気としては、昔ながらの駄菓子屋さん、みたいな感じ。


 中に入るとヒヤリと冷たい空気が流れ、如何にも空き家といった感じだ。


 大きさはたたみ二畳にじょう程で、何かの店なのだろうと予測はつくが、何を売っているのかは全く分からない。


 私がキョロキョロと不審そうに店内を見回していると、リタは


「こっち」


と言って、店の奥にある居住スペースへ続くであろう引き戸を開けた。


 そこもまたとんでもない所へ出るのかと思いきや、普通に部屋が現れ、そのもう一つ奥の部屋に見えるロッキングチェアにその老人は座っていた。


 この人が、引退した死神?


「ん?誰じゃ」


 老人はそう言いながら振り向き、軽く殺気を放った。


「ごめん。勝手に入った」


 リタはそう言うと、椅子に座る老人に近付く。


「なんじゃ、リタか。随分と久しいのぅ」


 老人も立ち上がり、リタに近付こうとする。


が、その時私の存在に気付いたのか、ビックリしたように目を見開き歩みを止めた。


「人間か?」


 そう呟いた声はやけに低くしゃがれている。


 老人は、私を凝視したまま微動だにしない。


「あぁ、おまけだ。で、爺さんに聞きたいことがある」


 リタはそう言ってから小さく溜め息をつき、チラリと私の方を見た。


「昔話だ」


 それからリタは、私を拾った経緯やこれまでのいきさつを話し、100年程前に死神と一緒にいた『おまけ』について知りたいと老人に詰め寄った。


 リタがなぜ100年前のおまけにばかりこだわるのか。


 それの意味するところが何なのか。


 私には全く分からないが、今はこの行動に何らかの意味があるのだと、信じるより他にない。


 リタに詰め寄られた老人は、あれから小一時間……再びロッキングチェアに腰を掛け、小さく揺れながら何かを考え込んでいる。


 部屋の中は、椅子の揺れる音だけ。


 外を吹く風の音が、やけにうるさく聞こえる。


 荒野を吹き抜ける風は、時々轟音を発し、小さく渦を巻き上げ道を這って行く。


 もうその渦巻きを何度見送っただろうか。

 リタは揺れる老人をただ黙って見つめている。


 これもまた、小一時間このまま。


 私はそんな2人を交互に見比べ、窓の外に目をやり、飽きるとまた2人に視線を向け交互に見比べる。


 そう言えば、夜になる前に街へ戻ると言ってたけど、こんな調子で日暮れまでに戻れるのだろうか?


 ふとそんな事を考えながら、また窓の外を眺めようとした時だった。


「リタ、わしが語れる事は少ないぞ」


と、老人が突然口を開いた。


 その言葉にピクリと反応したリタは、


「承知の上だ。知ってる事だけでいい。頼む」


 そう言って身を乗り出す。


「うむ。よかろう。わしの記憶が確かなら、それはおそらくジラの事であろう……全くアレは、イカレタ死神じゃった」


 老人はそう言うと、ぼんやりと天井を眺めながら、ポツリポツリと語り始めた。


「90年程前じゃったか……ジラが導きの門におまけを連れて戻って来よった。


 そのお嬢さんより、少し歳上じゃったろうか。

 とにかく若い娘じゃった。


 当時門番職にあったわしは、娘をセンターに連れて行くように言った。


 勿論全ては規則通り、のはずじゃった。


が、ジラはその娘を体に戻したいなどとと言い出しよってな。


 お嬢さんには悪いが、死神がおまけを体に戻した例など、一度もない。


 わしは絶対に無理だと言ったが、ジラは聞かなんだ。


 娘を連れて茫々ほうぼう歩き回っとったようじゃが……。


 7日目の朝じゃった。


『俺、コイツを体に戻す方法見つけたよ』


 そう言って2人でどこかへ行きよった。


 それきりジラの姿も娘の姿も見ておらん。


 順当に考えれば、結局は叶わずそう言う事になったのじゃろうが……わしには、アヤツがそれを選んだようにはどうしても思えんのじゃ。


 だとしたら、ジラが消えた理由が分からんじゃろ。


 ホンに謎の多い出来事じゃった……」


「あの、何でおまけを体に戻そうとするのが変なんですか?順当、とか、アレを選ぶ、とか」


 私がそう言い掛けた時、


「お前は黙ってろ」


と、リタが止めに入った。


「ココにはココのルールがある。未魔には理解出来ない」


 結構キツメにそう言われた。


 でも、私だってそう簡単には引き下がれない。

 だって私の命が掛かってる!


「それじゃあ、おまけはただ黙って死ぬのを待つだけなの?」


と、リタを睨み付ける。


「だから!説明してもお前には理解出来ないんだって」


 どうやらリタも一歩も引く気はないらしい。

 私とリタの決着のつかない睨み合いが続く。


「リタもお嬢さんもやめんか。2人が揉めたところで何も始まらんじゃろ」


 老人が私達の間を止めに入る。


「そうさな。ジラのやつがアメルダの所を訪ねたと言う話が、一時いっとき噂になっておったようじゃが……果たしてそれが役にたつかどうか」


 老人はそこまで言うと、少し困ったように右目の横をポリポリと掻いた。


「アメルダって……北の魔女だろ?」


「ん、ああ。今は剣山の針山を越えた氷の谷の奥で隠居しておる。アレも歳じゃでな」


 剣山、針山、氷の谷?

 まるで地獄絵図。


「お嬢さんを連れて行くには、ちと危険じゃ。歩けば4日は掛かるじゃろうて」


 老人は最後にそう付け加え、シワシワの顔を更にしかめた。


「北の魔女か……」


 リタはそう呟くと、クイと唇を尖らせ、下を向いたまま何かを考えているようだったが、


「やっぱおまけを生き返らせるなんて無理だよなぁ」


と言って頷き、


「OK!帰るぞ、未魔」


と、なんだかとってもあっさり事情を受け入れた。


「え?帰るの?このまま何もしないで?」


 この時の私の焦りようったらなかった。

 だってわざわざ50kmも歩いて、否、走って来たのに……これで終わりだなんて。


 そんなのヒドイ!

 ヒドすぎるっ!!!


「ちょっとくらい危険だっていいよ。4日あればギリギリ間に合うでしょ。リタ、行こう。北の魔女の所」


 それしか望みがないのなら、せめて全力でそれにすがりたいと思った。


 何もしないで死ぬのを待つくらいなら、北の魔女に会いに行って魔物に食べられる方がマシだと思った。


が、それを言ったらリタにこっぴどく叱られた。


 輪廻する事が出来る魂がどれほど貴重なものなのか、人間は全く分かっていない。

 それを簡単に食われていいなんて言うなっ!


……だって。


 簡単に食べられてもいいなんて言ってるわけないじゃない!


「だったらちゃんと助けなさいよ」


って食ってかかったら、案の定、また口論になった。


 本当ムカつく!!!

 小さな部屋に響き渡る私とリタの声。


「それなら一人で行けばいいだろっ」

「それが出来たらとっくに行ってますぅ」


 こうなってしまったらもう、二人共引っ込みがつかない。


 激しい睨み合いは続く。






と、その時だった。





「リタ、もうそこら辺にしておけ。そろそろ行かんと本当にお嬢さんを食われるぞ」


 そう言った老人の顔は、怖いほど真剣でちょっとゾッとした。


 その言葉で冷静さを取り戻したのか、リタの顔色も一変した。


「行くぞ!」

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