魔界②
程なくして見えて来たのは、白い土壁造りの小さなBARのような店だった。
青いネオンがチカチカと、点いては消え、点いては消えしている。
リタは迷う事なくその店の扉を開けると、
「悪いけど人間の食えそうなものと、俺、いつもの」
と、とんでもなく雑な注文をし、一人、店の奥の方へと入って行く。
周りには人、人、人。
仕方無くリタの後を付いて行く私の耳に、
「君が噂のおまけの子だね」
と、頭の中までとろけそうなほど、甘い甘い男の人の声が飛び込んで来た。
振り返るとそこには、まるでどこかの国の王子なのではないかと思うほど美しい、綺麗な金髪の綺麗な綺麗な男の人が立っていた。
「僕はイオ。君は?」
そう聞かれ、なぜか素直に、
「未魔」
と答えてしまった。
彼が美し過ぎるせいだろうか?
イオと名乗ったその美形は、例の黒スーツを着ている。
どうやら死神のようだ。
周囲を囲む人の中にも、何人か黒スーツが混じっている。
人々は皆、私達人間と変わらずアフターファイブを楽しんでいるように見えた。
「未魔、魔界に来た感想は?」
イオにそう聞かれ、今日1日を振り返る。
お色気魔女に病人男、そして意地悪な死神……。
『最悪です』と答えようとした時、
「未魔っ!早く来て座れ」
と、意地悪な死神に呼ばれた。
「え、あ、すいません私、行きますね」
そう言いながらイオに向かって軽く微笑む。
そんな私をイオは優しげな眼差しで見つめ、バイバイと小さく手を振った。
「リタに飽きたら僕のところにおいで」
だなんて……コイツどこまで甘いんだ?
てか、私は別に、リタと居たくて一緒いるわけじゃない!
リタが座っていたのは店の一番奥のカウンター席。
私は安っぽいミラーボールがくるくる回る中、一直線にリタのもとへと急いだ。
「食えば」
私がようやく席まで辿り付くと、そこには見たこともないグロテスク料理がドーンと鎮座していた。
パッと見は馬の首。
それだけでかなり食欲をそそらない。
よく見れば馬ではないが、その馬らしき生き物の口の中には、得体の知れない色とりどりの玉、玉、玉。
何か一つ長所を挙げるとするならば、玉の色がキレイ。
それだけ。
多分最後にかけたであろう決め手の赤黒いソースが、更に悲しい結果を招いている。
「これ……食べれるの?」
苦々しい顔をしながら眉をひそめる私の前に、
「ヒェヒェヒェヒェ。食えると思うよ」
と言いながら、オオアリクイの化け物のような魔物が現れた。
一瞬言葉を失った。
オオアリクイの化け物は、そのちんちくりんな体にバーテンダーのようなピッタリとした黒のベストを着用している。
そして、多分笑っているのだろう。
始終『ヒェヒェヒェヒェ』言いながらヘラヘラとしている。
「魔物が珍しいのか?」
オオアリクイはそう言うと、その三日月のような目で私を見た。
耐えきれずリタの方を振り向けば、リタは不気味な飲み物に口を付ける瞬間。
なんて言えばいいんだろう?
見た目は汚い泥水。
子供がおままごとで作りそうな、何とも言えない黄土色の飲み物。
よく言えばミルクティにも見えなくはないけど……。
底には小さな白い玉が幾つも沈んでいる。
リタがストローを回す度、浮き沈みして回転している玉と目が合う。
そう、この白い玉は目玉だ。
「ヒェヒェヒェヒェ。あの娘もそんな顔して見てたっけな」
でしょうね。
私達人間には到底理解出来ない美的感覚。
私は目の前の料理に手すら出せないでいる。
これ食べるくらいなら……死にたい。
私がそう思いながら、その料理をもて余していると、
「……あの娘?」
突然リタがそう呟き、怖い顔をして立ち上がった。
「ココに人間が来たことがあるのか?」
一瞬たじろいだオオアリクイだったが、すぐにヘラヘラ顔に戻り、
「あるよ。100年位前だったか、否、そんなに経ってないか……。そういやアイツもイカレタ死神だったな。っと、こりゃ失言、失言。ヒェヒェヒェヒェ」
と言いながら、リタの飲み物を新しいものに交換する。
「そんなことはどうでもいい。で、その人間はどうなった?」
リタの質問に、今度はヒォヒォヒォヒォと甲高く笑ったオオアリクイは、
「おまけの運命なんて聞くまでもない。そうだろリタ」
と言いニンマリと笑う。
そして私に向かい、
「まぁ食いな、お嬢ちゃん。味は保証しますよ。ヒェヒェヒェヒェ」
と意味ありげな空気だけを残し、オオアリクイはカウンターの奥へと消えた。
「ねぇ、リタ。おまけの運命って……」
「いいから早く食えよ!」
私の言葉を遮るようにリタがそう言う。
仕方無く料理に向かうが、どうにも食べられる気がしない。
が、どうやら幽体でもお腹は空くらしく、ここは潔く覚悟を決めるしかなさそうだ。
恐る恐るスプーンに手を伸ばし、深く深呼吸してから一
そこで考えること数分。
目をつむったまま、勇気を出して一口目をパクリ。
「あ……美味しい。かも」
ビジュアルさえ我慢すれば、味は確かに保証付きだけのことはある。
何に似てるとかそう言う人間的発想での感想は述べられないけど、とにかく空腹を満たすだけの満足感は充分得られる料理ではあった。
「ご馳走様でした」
私がそう言ってスプーンを置くと同時にリタが立ち上がった。
「行くぞ」
と、またも指図。
今度は一体どこへ行くんだか?
行き先はセンターだった。
真っ暗闇に青白くライトアップされたセンターはなんとも不気味だ。
入り口を入ると、受付に病人男の姿はなく、代わりにピンクのお饅頭みたいなおばさんが座っていた。
最早何の生き物なのかも分からない。
「あら。そちらおまけ?」
饅頭おばさんがビックリするほどのしゃがれた声でリタを呼び止める。
が、無視。
なんとなく気が引けたので、私だけは軽く会釈をして通り過ぎた。
シンとした館内に私達の靴音だけがやけに大きく響いている。
しばらくすると、リタがピタリと足を止めた。
ココが『参』?
扉には特に何も刻まれてはいないが、入口側から数えて、確かに3番目の部屋ではある。
「今日はココに泊まれ」
リタはそう言うと、私に中へ入るよう促した。
「ココに?」
私は部屋に半歩足を踏み入れ中をグルリと見回す。
グレーの壁に小さなベッドとテーブルがあるだけのシンプルな作り。
奥にある窓には……鉄格子!?
「リタ!何で鉄格子」
言いかけた時後ろの扉が閉まった。
『ガチャ』
外から鍵を掛ける音。
私は急いでドアノブを掴むと必死でドアを押した。
何で外から鍵?
これじゃあまるで牢屋じゃない
「リタぁ、私ココ嫌だ!」
叫びながらドアを叩くと、外からリタの声がした。
「明日迎えに来るから」
「ちょっと、リタっ」
リタの足音が遠ざかる。
私は、訳も分からず一人無機質な牢獄の中に取り残された。
私、リタを信じていいのかな?
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