葬の章

死神


 あれはまだ、私が6歳の頃。


「お母さん。あの人誰?」


 私はその日、祖母の入院する病院の一室にいた。

 危篤との知らせを受けた親族が集まった病室。

 その中に見慣れない黒いスーツの男が紛れ込んでいた。


 勿論、親戚全員の顔なんて覚えてはいないが、その姿は明らかに異様だった。


 おじさんとおばさんの間に人の立つスペースなんて有るはずがないのに、黒スーツの男は、ジッと俯いたままの姿勢でそこにたたずんでいた。


 私は疑問に思い、それを母に尋ねた。

 すると母は、そっと唇に人差し指を当て


「シーッよ。未魔みまにもあの人が見えるのね?じゃあ、教えてあげる。あの人はね、おばあちゃんを天国に連れて行くお仕事の人よ」


 母はそう言うと、薄く笑みを浮かべた。


「それって……悪い人?」


 おばあちゃんを天国に連れて行く。

 そう聞いただけで、私には悪い人にしか思えなかったが、


「いいえ。良い人よ。おばあちゃんが道に迷わないようにしてくれてるの。分かる?大事なお仕事をしている良い人。だから未魔、あのお洋服の人を見掛けたら、絶対に声を掛けてはダメ。お仕事の邪魔になるからね。いい?」


 母の口調は柔らかで穏やかで、だから私は、


「うん」


と言って頷き、祖母が亡くなるまでの時間、そして、その人が祖母を連れて行ってしまうまでの時間、その姿をジッと見つめていた。


 それからも、何度か黒スーツの男には遭遇していたが、私は母に言われた通りいつも知らんぷりを決め込んだ。


 彼らはおそらく、世間で言うところの『死神』


 いつしか私もそれに気付いてはいたが、私には彼らが魂を狩っているようには見えなかった。


 勿論、世間一般で言われているような恐ろしい生き物にも見えない。


 彼らは、深い一礼でその人の最期を看取り、腹から黒い糸を手繰り寄せ、いつも哀しげに去って行く。


 私にとってそれは、ただ辛いだけの仕事のように思えた。





「つまり、君は生前から我々のことが見えていた……と?」


 門番の男はそう言うと、ちょっと不審そうに私を見る。


 私はそれに大きく頷くと、リタを睨みつけた。


「はい。だから……その服は反則です。いつもの黒スーツだったら私、少なくてもこの人を避けようなんて思わなかった」


 そう言いながらギュッと下唇を噛み締める。


 こんなくだらない理由で巻き添えくって死ぬなんて……絶対に嫌っ!


「人間に俺達が見えてる?有り得ないだろ」


と、私の話に全く聞く耳を持たないリタ。


 やはり反省するわけでもなく、終始面倒臭そう。


 しかし、それを遮るように門番の男が、


「否、リタ、しかし彼女の話、満更嘘でもなさそうだ」


と冷静な低い声がそう告げる。


「は?」


 思いがけず肯定され、リタはやや慌て気味。


「それって、どういう意味ですか?」


 少々クイ気味でリタがそう尋ねると、門番の男はぐるりと周囲を見渡し、少し小さな声で話し始めた。


「そもそもリタ、まずお前の服装、それは確かに反則だ」


 いきなりそう言われ、リタは門番から素早く目を逸らし誤魔化すように宙を仰ぐ。


 おそらくいつもそうなのだろうと察しがつく。


「次に、彼女は魂葬こんそうのやり方を知っている。見たことのない奴が、魂葬を語れるはずがない」


 そう、淡々と語る。




『魂葬』とは。


 どうやらあの、死人から魂を抜き出す作業の事らしい。


 厳かで物静かな感じの作業だが……正直Tシャツにデニムパンツでやられたら、ちょっと嫌かも。


 てか、絶対嫌だな。


「とは言え『おまけ』になってしまった事に変わりはない。規則通りだ、リタ」


 門番はリタにそう告げると、スッと私の方に視線を寄越した。


「悪いがキミ、可哀想だが、キミの運命は」

「ザラさんっ!」


 ちょっと面白がったように話し始めた門番をリタが止めた。


「……否、悪かったな。つい」


 門番ザラはそう言うと、ニヤリと口角を上げ、少し渋滞気味に貯まった魂達をまた回収し始めた。


「私の運命って……?」


 さっきの門番の言葉が気になった。


「気にするな。行くぞ」

「え?」


 訳も分からずリタに続く。


 だって仕様がない。

 こんな見たこともない世界で一人にされたって困るもん。


「ねぇ、どこ行くの?」

「センター」

「はぁ!?」


 もう!

 誰か私に詳しい説明をして下さ~いっ!!!

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