そらにみつ
澤田慎梧
第一部・覚醒編
プロローグ
幼い頃の出来事を事細かに覚えている人間は、果たしてどの位いるだろうか?
幼少期の記憶というものは、脳と精神の発達に伴い自然と曖昧になっていく。だから、多くの人間にとって幼い頃の――物心付く前の記憶というものは、濃い霧の向こうに浮かぶ風景のように、
だが時折、そんな朧げな記憶の中に鮮明な光景が浮かぶ事がある。
それは場所であったり、人物であったり、思い出の品物であったり、はたまた誰かの言葉であったり……。「原風景」とも呼べる、その人物の最も古く最も鮮明な記憶がそれだ。
それが具体的にいつの事なのかは思い出せない。だが、少なくとも幼稚園に上がるか上がらないか、その位に幼い時分だろう。
――広い屋敷の、これまた広い庭の片隅で女の子が一人、泣いていた。
自分と同じ年頃の彼女は、この屋敷の一人娘だった。道着姿で手に小さな竹刀を持ったまま、人目を忍んで声も上げずに泣いていた。
『どうしたの? どこか痛いの?』
思わずかけた大和の声に、少女が振り返り――大和の体に衝撃が走った。
クリクリと大きな瞳は青に近い黒、陽の光を受けて輝く髪は綺麗な茶色。「お人形さんみたいだ」等と思った事を、大和は覚えている。
少女は大和の存在に気付くと涙を拭い「なんでもない」と強がった。大和はすぐに「でも、泣いていたよね」と返したが、少女は必死に「泣いてない!」と突っぱねる。
そこから「泣いてた」「泣いてない」の問答を繰り返す事、数回。少女はようやく泣いていた事を認めると、「わたしは、強くならなきゃいけないの」とポツリと呟いた。「だから、泣いちゃいけないの」とも。
『ふぅん、わかった。じゃあ――』
そんな少女の呟きに、大和は何か言葉をかけた――はずだった。だが自分が何と言ったのか、大和にはどうしても思い出せなかった。
代わりに覚えているのは――。
『うふふ、なにそれ。おかしいの』
そう答えながら、ほころぶような笑顔を見せた少女の姿だった。
その姿に、再び大和の体に衝撃が走った。「ああ、この笑顔を守ってあげたい」そんな想いが大和の中に溢れていった。
――恐らく、大和の運命はその日に定まったのだ。
時に騒がしく、時に穏やかな、波乱万丈な運命への道が、開けたのだ。
少女との出会いが、大和にとって果たして福音だったのか――それとも呪いだったのか――それを知る者は、まだいない。
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