紅乃がハンカチを芝生の上に置いてその上に座った。風が吹き、彼女の髪がなびいている。


俺は彼女の横に腰をおろした。川を挟んで向こう岸では小学生と思われる少年達がサッカーをして遊んでいる。

「俺も小さい頃は、あんなに無邪気にあそんでたんだよなー。」

「何大人ぶってんのよ。まだまだ子供なのに(笑)」

「何言ってんだよ。お、俺はもう十分大人だよ。」

「そーやって、すぐムキになるところ昔となーんにも変わらない。でも、嫌いじゃないよ葵花のそういうところ」

俺は何も答えることが出来なかった。何が正解なのかもよく分からなかった。少しの間、沈黙が訪れた。小学生の声がよく聞こえる。

「ねぇ、葵花。」

「ん?」

「明日って…やっぱり何でもない、忘れて。」

「忘れるわけない。岬橙(こうだい)の命日だろ。」

「うん。岬橙が天国に行っちゃって7年。あの日からちょっと、葵花変わった。岬橙より下手だったサッカーもすっごい練習して、推薦がもらえるくらいになった。葵花、ほんとに頑張ったよね。」

「なぁ、紅乃。明日一緒に岬橙の墓参りに行かないか?」

「え、でも岬橙のお墓は静岡だよ。それに、明日は学校だよ。」

「そうだけど、俺は学校より岬橙の方が大切だ。学校もあるし強制はできないけど、紅乃とも一緒に行きたい」


そのとき俺は、学校に行きたくないという思いが無かったわけではなかった。永遠に学校になんて行きたくないと思っていた。でも、それ以上に岬橙に会いに行きたかった。あの日に戻れないと知っていても。


あの日、岬橙は朝から俺の家に来た。

岬橙は元々明るい性格で、地元のサッカークラブでもチームを盛り上げ、引っ張っていく存在だった。

そんな岬橙が、息を切らして俺の家に来たからまた、サッカーをしに来たのかと思った。

すると、岬橙が「今日は新しいスパイク買いに行くから遊べーん。」と大きな声で言って、走って家に帰って行った。


ちえっ、岬橙が来たからせっかくサッカーの準備したのに。少しだけボール蹴って行く時間くらいはあるだろ。と思いながら家の中でテレビを見ていた。


30分後、家に電話がかかってきた。


母の声が聞こえた。


「岬橙君が、車にはねられた!?意識不明で第一病院に!?」


俺は靴も履かずに走った。


第一病院までは2キロくらいである。


その時の俺は、岬橙の無事だけを考え無我夢中で走った。


どれだけ走っただろうか。第一病院に到着した。


裸足で走って、足の裏を怪我して血も出ている。だが、そんなことは気にせず病院内を歩いた。

看護師が沢山いる場所を見つけた。そこで、岬橙の病室を聞くと、今は手術の途中だと聞かされ、手術室の前まで通された。


岬橙のお父さんとお母さんが祈るようにして立っている。


俺は自分の無力さを痛感し、ただ立ち尽くすことしか出来なかった。


手術室から先生が出てくると、彼の母が号泣しているのが見えた。


そこで俺は倒れてしまったらしく、そこからの記憶はない。


俺にはただあの時少しでも、岬橙とボールを蹴っていれば、という後悔しか残らなかった。




次の日、制服にアイロンを隅々までかけ、ネクタイをキュッと絞めて俺は駅に向かう。


駅には既に紅乃がいた。新幹線の切符を買った俺達は、新幹線に乗った。


新幹線の中で俺と彼女はほとんど会話をしなかった。普段であれば、すごい!大きい!と褒め称えるであろう富士山もスルーをした。


二人とも向かい合った席で、両方とも外を見ている。

駅に着いたタイミングで、彼女が先に新幹線から降りた。

岬橙のお墓の場所は彼女が知っているらしい。

彼女に連れられるような感じで彼のお墓に着いた。


彼のお墓に手を合わせ俺達は帰った。


その日の夜紅乃から電話がかかってきた。

「もしもし、葵花」

「こんな時間に何の用だよ」

「岬橙のこと」

「岬橙のことか」

「うん、私ね毎年毎年岬橙のお墓参りに行きたいと思ってたの。でも毎年行けなくて、実は行ったの今年が初めてなの。」

「俺も、サッカー部の練習と重なったりして一度も行けてなかった」

「今日、私、岬橙にこんなに大きくなったんだよって言ったの。葵花もこんなに大きくなったんだよって……」

「紅乃、来年も一緒に行こうな」

と言って電話を切った。紅乃は泣いていた。普段は弱いところを見せない紅乃が泣いている。

その日、俺は岬橙のことや紅乃のことを考えて眠りにつく事が出来なかった。

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