ココロコネクト セカイランダム
げじげじ
プロローグ 希望と期待と憧れと
それに対して八重樫太一が抱いていた印象は、『もうそこにあるどうしようもないもの』だった。
地震や台風のような天災と同じように、現れれば多大な被害をもたらす。だが、それ自体を止めることはどうあがこうとも到底叶わず、その被害を最小限に抑える事に務める他なかった。
認めたくはないが、自分達の手が届かない力を持った存在である事は断言できる。
だからこそ大抵の出来事は見過ごす他なく、日常を崩さず生活する事で、些細ながらも抵抗をしてきていたつもりだった。
だからといって、太一が自宅のリビングでプロレスのビデオをポップコーン片手に見ている時に、何の前触れも無く現れたりしたら、驚くのも無理はないだろう。
「どうも……」
「うぉ、ご、ごっさん!?いや、その感じからして〈ふうせんかずら〉か……」
突如かけられた声に振り返ると、太一の背後に文化研究部の顧問である後藤龍善が立っていた。ただ、覇気がなく生気がない、傍目からすると凄く疲れているような様子に見える事から、今後藤には〈ふうせんかずら〉が乗り移っていることが分かる。
毎度の事ながら心の準備をしてなかっただけに、目の前にいる相手にふさわしいリアクションが出来ない。
容器から散らばったポップコーンが宙を舞う。
今までは室内で出会う時には、大抵ドアから侵入してくる事が常だったが、自分達をあれだけ超常的な現象でかき乱してきたんだ。今更音もなく後ろに立たれていたとしても、決して不思議じゃない。
「そうやって毎回驚いて身構えないでください……めんどくさい……」
「一体何の用だ」
文研部の部員の誰かが傍らにいる状況ならまだしも、〈ふううせんかずら〉と一対一で相対している状況は、太一から余分な言葉を紡ぐ余裕を奪い取る。
「え……あぁ……そうですねぇ……色々な事がひと段落した……もとい飽きたので、次に移ろうと思いまして……」
「何故俺の前に現れた?いつも通り、部室で皆の前で宣言すればいいじゃないか」
なんとか脳裏で自らの彼女である稲葉姫子を思い浮かべ、太一は毅然とした態度を作り上げた。即興の今にも剥がれそうなメッキで、〈ふうせんかずら〉に影響を与えれるとは到底思えないが、こうしているだけで何処か勇気が湧いてくる。
「いえ……今回はそうはいかないんです……あなた達ひとりひとりと、他者の介入を許さない場所で会話をしないと……」
その言葉に太一は違和感を覚えた。
「一人一人と話す?いや、そんな事より――他人の介入を許さないって一体どういう事だ?」
「言葉通りの意味ですけど……何故そこに突っかかってくるんですか……」
〈ふうせんかずら〉の口調はあからさまに疑問形ではなかった。
太一の真意を知った上で、面白がっている事を隠そうとは、微塵も思っていない。
「莉奈は、俺の妹は今この家に居る。なのにリビングから知らない男の声が聞こえてきているはずなのにここに降りてこない。一体これはどういうことなんだ」
「さぁ……ご自分で確かめに行ったらいいんじゃないですか?」
奥歯を噛み締めながら、太一は二階へと駆け上がった。莉奈の部屋のドアを開け、転がるように中へと入る。
そこにはベットの上で寝息を立てている莉奈の姿があった。震える手を抑えつつ近づき、本当に寝ているかを確認し胸をなで下ろす。
きっとこの姿を文研部の誰かに……特に稲葉に見られでもすれば、シスコンだと罵られるだろうと、太一は思わず苦笑いを浮かべた。
「満足して頂けましたか……」
背後を振り向くと、〈ふうせんかずら〉は莉奈の部屋へ足を踏み入れていた。
それが自分達文研部以外を巻き込んだ事を表しているようで、背筋に冷たいものが走る。
「お前……俺の妹に一体何をしたんだ!?どうして俺達以外の人間に手を出した!?」
「今回は本当に、急を要する用でして……私としても、不本意なんですよ……あぁ、ついでですし、せっかくなので、脅迫をしておきますか……もしもあなたが私に反抗的な態度を取れば、八重樫莉奈さんに何かが起こるかもしれません。そのことを重々、ご承知ください……」
一瞬世界が暗転した様な錯覚が起きた。しかし、ここで取り乱すわけにはいかない。安易に動けばそれが反抗的な態度と捉えられない。
「脅迫……じゃ、じゃあ早くその用を済まして妹を起こしてどっかに行ってくれ!」
「それもそうですね……では私の質問に答えてください」
少し〈ふうせんかずら〉の雰囲気が変わる。それに合わせ太一も両手に力が入った。
「八重樫太一さん。あなたの想像する世界とは一体何ですか?」
「――は?」
質問の意味がまるで分からなかった。いや、〈ふうせんかずら〉が発した言葉の意味は分かる。だが、警告に留めているとしても、わざわざ今まで避け続けていた第三者に危害を加えるという宣言をしてまで、そんな質問をする意味が分からない。
「世界って……一体どういう意味の世界なんだ?」
「いえ……だからそのどういう意味という部分をお聞きしているんですが……」
「もう少し明確にして欲しいんだが」
「私は時間がないんです……今あなたが焦っている理由を考えてください……」
「……あぁ、分かってる。俺にとっての世界は……家族や友達、それと文研部の4人だ。これでいいか?」
取り敢えずこの場は切り抜けることが出来た。
なんとか言葉を引きずり出して、太一は体全体を覆っていた緊張を解く。そして、もう一度〈ふうせんかずら〉に意識を向けた。
――一瞬何かの見間違いかと思った。
しかし、確かに〈ふうせんかずら〉は口角を上げて笑っている。
不気味で張り付く様ではあるが、〈ふうせずら〉が笑みを浮かべている。
その事実に、太一は身の竦むような恐怖を覚えた。
「4人……ですか?それは青木義文さん、桐山唯さん、長瀬伊織さん、稲葉姫子さんの4人ですか?」
「そ、そうだが。それがどうかしたのか!」
〈ふうせんかずら〉は太一へと向かって足を進めていく。
それに圧倒されて後ずさると、壁に背が当たる。
「その世界の中に八重樫太一さん、あなたは居ないんですか?」
太一の寸前に、後藤の姿をした〈ふうせんかずら〉の顔が近づく。
怖い。手足が震える。体中から嫌な冷や汗が流れる。
そんな訳がない。俺はちゃんとあいつらと同じ世界に居る。
そう怒鳴ろうとするが、何故か口が開かない。
「どうなんですか?」
息がかかる距離で囁かれた言葉を聴き終えた頃には、太一の首は縦に動いていた。
その瞬間、太一の視界は突如暗転する。
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