第13話 指名が取れないのは誰のせい?

 私がいそいそと調剤室に戻ると、先ほどのやりとりを繕うかのように周囲はいつも通りの業務を行っていた。

「あっ、朝倉さん調剤入ってくれるかな」

 空気を察したのか、真澄さんがやさしく声をかけて来てくれて、その気遣いに涙がこみ上げてくる。

「久美子さん、言い方はきつい所あるけど、本当は朝倉さんの事を思っての事だからさ」

 真澄さんはこういう時、必ずフォローしてきてくれる。普段はおねぇのようなキャラだけれど、やはり管理薬剤師をやるだけの人ではある。きっと男が女子社会で生きるにはこういう気遣いが重要なのだろう。

「じゃ、とりあえず調剤よろしくね。投薬に入るのは少し落ち着いてからでいいから」

 真澄さんに促され、調剤業務に入った。調剤は処方箋の内容に問題が無いか確認し、正しく薬を棚から取ってくる業務だ。私はこの仕事が一番好きだ。なぜなら、投薬のように人と接する事が無いし、一番楽だからだ。楽な仕事だけやって過ごせれば、これほど幸せな事は無いかもしれない、そう思っていた。そして、あれから一回も投薬する事なく一週間が過ぎ、八月の最終週が来てしまった。

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