ゆらゆら

おたんこなす

第1話

ミイラが歩いているのをよく見かける。


雨のよく降る日だった。アスファルトの焦げた匂いとミミズが這っているのが印象的だった。


傘をさすのをやめてしまおうか。


傘を閉じると生暖かい雨粒が直ぐに私を包んだ。傘に当たる雨粒の音が消えて私を打つ音がする。

何だかとても新鮮でとても気持ちがいい。シャワーとは似ているようで全く違う。なぜ傘などさしていたのだろう。目を閉じて深呼吸をする。雨粒も少し入ってきた。

愛用の折りたたみの傘は鞄の中にしまった。捨ててしまえばよかっただろうか。そうだ捨ててしまおう。


大丈夫ですか。


再び雨粒が傘に当たる音に包まれた。私は傘の下に戻ったのか。目を開けると女性が傘をさしてくれていた。なんと言う優しさだろう。見ず知らずの他人に、しかも雨の中傘もささずに突っ立ている怪しい男に対してだ。見れば自分は半分濡れてしまっているではないか。色白でほっそりとした慈悲深そうな顔立ちをしている。

人を助けることが何の苦にもならない、むしろ喜びさえ感じるような、そんな素晴らしい人間に見えた。


大丈夫ですか。


女性は心配しているのだろう、不安そうな顔で再び訪ねてきた。

私は鞄の中に手を入れてボールペンを見つけるとそれを彼女の右目に突き立てた。物凄い悲鳴が響き渡ったが激しくなる雨音で遠くまでは聞こえていないだろう。倒れて転げ回る女を私は見下ろしている。


この性悪女をどうしてくれようか。己の満足のために人の世界に土足で踏み込んで来るとは。私の発見を、新たな世界をこいつは一瞬で破壊してしまったのだ。どんな罰を与えても償い切れるものではない。


育ちの良さそうな顔をして今まで随分チヤホヤされて生きてきたのだろう。それが雨の中右目を失ってのたうち回っている。少しは自分のしたことが分かっただろうか。


それにしてもまだ悲鳴をあげている。うるさいではないか。私は愛用の折りたたみの傘を取り出し広げてから中棒の30cmぐらいのところで二つに折った。コマの付いている方の中棒を口の中に突き立てた。


ぎゃ!


女は動かなくなったがまだ僅かに生きているようだったのでもう一方を心臓に突き立てた。女は絶命した。


私は悲しかった。こんなに素敵な女性がたった一度のミスで命を落としてしまうなんて。こんな腐った世界だからこそ人は新たな世界を求めるのだ。ああ、私はまた果てしなく歩いていかなければならない。


雨は上がり強い日差しがアスファルトを乾かしていく。逃げ遅れたミミズが干からびても女の顔は傘が日除けになるだろう。



重くもないし。軽くもないし。熱くもないし。寒くもないし。

呼吸のできる場所へ。呼吸のできる場所へ。

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ゆらゆら おたんこなす @otankonasu

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