砦の神子様

斎木リコ

第一章 冬前

第1話 浮気ですかそうですか

 大広間には、たくさんの人。皆着飾って、キラキラしている。その中を、私は歩いていた。人の波が左右に分かれていくのが、何だか笑える。海割りか。


 やがて、大広間の中央で談笑している、目当ての人物のもとまでたどり着いた。集まった中でも特にきらびやかな衣装を身につけた、この国の第三王子ヘデック。


 彼は私を見ると、あからさまに嫌そうな顔をした。


「何だ、来たのか」

「来てはいけないのかしら?」


 私の返答に、彼は眉をひそめただけ。彼の隣では、さもここは自分の場所だと言わんばかりの女がいる。


 マヨロス伯爵夫人トゥレア。先月から、第三王子ヘデックの愛人になった女だ。


 そのヘデックは、眉をひそめてこちらをにらみつけてくる。


「いつまでそんな辛気くさい顔をしている。興ざめだ、部屋に帰れ」

「今日は大事な話をしに来ました」


 私の言葉に、彼は鼻で笑った。


「ここをどこだと思っている? ああ、異界の者は夜会も知らぬか」

「こうでもしないと、あなたが捕まらないからですよ。人のせいにしないでちょうだい」

「何だと!?」


 ヘデックの怒りの声に、周囲のざわめきがぴたりとやんだ。しんと静まりかえる中、私は最後通牒を突きつける。


「いい加減にしてちょうだい。あなたは、私の夫のはずよ」

「それがどうした。妻ならば、夫が愛人を囲った程度で騒ぐものではない。大体、結婚して二年も経つのに子の一人も出来ぬではないか。それで妻だと言われてもな。妻なら妻らしく、勤めを果たせ。それも出来ぬなら、夫のやる事に口出しなどするな。みっともない」


 ヘデックの最後の一言が、私の堪忍袋の緒を切った。


「みっともない? みっともないのはどっちなの? 配下の新妻を寝取って、その夫は地方に左遷。それが王族のやる事だとでも?」

「うるさい!! お前に指図されるいわれなどないわ!!」


 そう言ってこの場を去ろうとしたヘデックに、待ったをかける。


「待ちなさい!」

「まだ何か――うぐ!!」


 私は、頭につけていたティアラをむしり取り、振り返ったヘデックの顔めがけて投げつけた。がん! って音がしたけど、平気平気。仮にも剣士なんだから、あの程度ダメージでも何でもないはず。


 ちょっと身体強化をかけたけど、問題ないない。頭、吹き飛んでないでしょ?


 変なうめき声を上げて後ろにひっくり返った彼を、隣にいたトゥレアが驚いて抱き起こそうとする。会場中のそこかしこから、悲鳴や怒号が響いた。


「やってられっか」


 そう言い残して、大騒ぎするその場から、私は立ち去る。これで、もう思い残す事はないや。

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