第465話 瘴気漬け

 銀髪さんは、本当にジジ様を説得してしまった。どうやったんだろう?


「……何だ?」

「いえ、どうやってジジ様がおとなしく留守番するように説得したんだろうって」

「秘密だ」


 えー、なんかズルくなーい? 教えてくれてもいいじゃなーい。


「バカな事を言っていないで、集中しろ。そろそろ到着するんだろう?」

「おっと、そうだった」


 ただいま私と銀髪さん、剣持ちさん、じいちゃんの四人は、絨毯で低空飛行をしております。


 船の方はここから少し離れた所の地上約百メートル程のところで待機中。女性陣は全員お留守番なのだ。


 で、そろそろあの瘴気漂う場所に到着するところ。いや、もう周囲が薄暗くなってきてるよ。


「確かに。これも瘴気の影響か?」

「天気はいいはずなのに」


 気味悪そうに周囲を見る銀髪さんと剣持ちさん。私がいるから絨毯の周囲は勝手に浄化されてるんだけど、それでもしつこく瘴気がまとわりついてくる。


 銀髪さん達にも感じ取れる程、ここの瘴気は濃い。下手したら、魔獣じゃなくて魔物が出て来そうな程だよ。


「じいちゃん、これ、まずいかも」

「そうじゃな。早めに目指す相手を探した方がええ」

「だね」


 検索先生ー、瘴気を振りまいてる連中、特定出来ますかー。


『申し訳ありません、神子。これだけ瘴気が濃いと、私の方にも支障が出ています』


 うえ。じゃあ、一挙に浄化行きましょうか?


『いえ、手間がかかりますが、小規模の浄化を繰り返してください。一挙にやると、最悪この瘴気を操っている連中の息の根を止める事になります』


 マジで? それはさすがにちょっと……んじゃあ、このままあちこち移動した方が良さそうですね。


『そうしてください。もうじき、街に入ります』


 あ、やっぱり街なんだ。


「もうじき、街に到着です」

「この瘴気の中に、街があるのか?」

「住人は無事でしょうか?」


 銀髪さんと剣持ちさんの言いたい事はわかるよ。瘴気は生物に悪影響しか及ぼさないからね。


 そして、街が瘴気に包まれているという事は、そこにいる人達に悪影響が出てるはずなんだけど……


「あ、門が見えた」


 ここの街も、周囲を壁で囲うタイプみたい。石作りの壁と、頑丈そうな扉のついた門が見えてきた。


 のはいいんだけど、門が閉まってるね。


「閉まってるな」


 銀髪さん、見たまんまを言わなくていいですよ。


「門の上から行きましょー」


 今乗ってるの、空を飛ぶ絨毯だから。門くらい軽くひとっ飛びなのだー。


 ここに来るまでの間に、周囲の瘴気がかなり浄化されている。浄化する側から、新しい瘴気が流れ込んでくるからいたちごっこなんだけど。


 今のところ、浄化のスピードの方が上なので、緩ーくだけど瘴気が薄くなりつつある。


 さて、街の中はどうなってるかな?


「うわあ」


 壁の内側は、外側よりも濃い瘴気が蔓延していた。しかも、通りにバタバタと人が倒れてるよ。


『神子、倒れている人間をピンポイントに選んで浄化してください』


 そっか。人の浄化は先にしないと危険だもんね。んじゃ、見える範囲で浄化をえいっとな。


 お、ぴくりとも動かなかった人達が、のろのろとだけど起き上がってる。大丈夫そうだね。


 ちなみに、現在絨毯を包む結界には、ステルスの術式が使われておりますので、こちら側は見えないようになってまーす。


「あれは、浄化か?」

「そうですよ。あのままだと、危険だから」

「そうか」


 浄化は神子の十八番ですから。




 街の門から続く大通り沿いに、浄化をしつつ進む。結構通りで倒れていた人達が多いなあ。


 目に入る範囲で、人には浄化をしていく。そろそろ、街の中心に付きそうなんだけど。


『発見しました。このまま、大通りを進んで左手に出てくる神殿を目指してください』


 神殿? どんな建物ですか?


『石作りの、神子の世界で言う古代ギリシャの神殿に似ています』


 あー、あんな感じか。了解です。


「瘴気の元がわかったので、そちらに向かいます」

「どこだ?」

「この通り沿いの、左手に見えてくる神殿です」

「しんでん?」


 銀髪さんと剣持ちさんが首を傾げてる。そっか、ラウェニア大陸は教会組織が強いから、神殿って言葉そのものを知らないのかも。


「えーと、教会のような神を祀る建物です」

「教会じゃないのか?」

「教会の神様とは、違う神様を祀ってるんですよ」


 多分。ざっくりだけど、間違ってはいないと思う。


 絨毯で大通りをそのまま進むと、左手に確かに神殿としか思えない建物が見えてきた。


 古代ギリシャというか、古代ローマというか。ああいう、石作りで、柱がたくさんある建物。


 うわー、建物が瘴気で真っ黒に見えるよ……


「これは、酷いな」

「悪臭もします」


 剣持ちさんが言うとおり、酷い臭い。慌てて結界に防臭の術式も加えた。これで安心。


 あの臭いも、瘴気が原因なのかな。他の要因は、ちょっと考えたくない……


『この街で、瘴気が原因の死者はまだ出ていません』


 良かったー。腐乱死体の臭いとか言われたら、どうしようかと思ったよ。


『この悪臭は、瘴気ではなく、それを操っている連中が焚いている香の臭いです』


 これが香!? お香に失礼でしょ! そんなの。


『神子、まずは建物の地上部分を浄化しましょう。ここを浄化すれば、街中も大分ましになるはずです』


 了解です! ええい!


「お、黒い靄が晴れたな」


 銀髪さんの言うとおり、建物を覆っていた瘴気が消えたよ。でも、何かまだ下からにじみ出てきてるんだけど。


『瘴気を噴き出す呪物は、地下に置かれています。それを操っている連中も、地下です。急いだ方がいいでしょう』


 もう、ここから強力浄化で綺麗さっぱり消し飛ばしたい。


『一度、この街を結界で覆って、外からは瘴気に冒されている状態に見せかけてください』


 見せかける? 何で?


『神殿の浄化をしたおかげで、探索の精度が戻りました。この街から北側へ数キロ行ったところにある丘の上から、街を監視している連中がいます』


 という事は、そいつらは地下にいる連中の仲間?


『おそらく』

「ここから北に行ったところにある丘で、こちらを監視している連中がいるそうです」

「何だと?」

「ほう。なら、そちらはわしが引き受けようかの」

「賢者殿一人でか? ……フェリファー、お前も行ってくれ」

「カイド様! ですが――」

「俺なら問題ない。こいつもいる」

「……わかりました」


 何なら、銀髪さんもそっちに行ってくれていいんですよ?


 言ったら、速攻却下されました。何でだ? じいちゃんは絨毯に乗ったまま、剣持ちさんと丘を目指して飛んでいった。


 それを見送ってから、神殿に入る。あー、中には同じ格好をした人達がバタバタと倒れてるよ。


「こいつらは、意識が戻らないんだな」

「多分ですけど、瘴気を操っていた連中の仲間かと」


 瘴気が蔓延している中で普通に動ける存在は、浄化された空間では逆に動きづらくなるらしい。


 にしても、こんなになるまで瘴気漬けになるなんて、本当に生きてるのかな?


 浄化はしたけど、臭いお香までは消してないから、結界がなかったら悪臭で倒れてると思う。


『浄化で香の成分は消えています』


 そうなの!? 良かったー。


『神子はもう少し、自身の能力を把握しておきましょう』


 う……すみません。


 神殿の中には、倒れている人くらいしか見当たらない。周囲をぐるりと柱で囲んだ建物は、柱の内側に四角い箱を入れたような形だ。


 その箱に当たる部分に入ると、高い天井と奥まで続く広い空間がある。


 その一番奥に、大きな火が燃える台がある。聖火台みたいな感じ。


『あそこで香を焚いていたようです』


 あれが悪臭の原因か。いっそ水で火を消しちゃおうかな。


『その方がいいでしょう』


 よし、検索先生から許可が出た。んじゃ、水を一発!


「あれ、お前か?」

「もちろんです!」


 似非聖火台に水をかけて、火を消した。結界で囲って酸素供給を断つって手もあったけど、今回は水で。


 勢い余って、水が床にあふれてるけど、気にしない!


『もう一度、ここで浄化を』


 了解でーす。えいや!


「空気が変わったな。これも、浄化か?」

「そうですよー」


 若干、倒れている人達が苦しんでるけど、見なかった事にする。後で瘴気は全部浄化するから。その時も苦しむかもしれないけど、治療の痛みと思ってもらおう。


 さて、この神殿には地下があるはずなんだけど……検索先生、見つかりましたか?


『似非聖火台の後ろに、地下への入り口があります』

「銀髪さん、あの後ろに、地下への入り口があるようです」

「……いつの間に、そんな事を調べたんだ?」


 ギク!


「ま、魔法で!」


 便利な言い訳だな、魔法。銀髪さんも「そうか」と言って納得してるし。


 んじゃ、地下へと行ってみますか。

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