第4話 双子

季節が変わり、じめじめとまとわりつく湿気が気分をなえさせる梅雨。部室を、物置になっていた小さな第二学習室に移動させられてから一か月がたった。星座研究部は、安価で壊れにくい丈夫なプラスチック製の椅子と机をお小遣いレベルの部費で買わされ、傘を常備することを禁止されていた。変わったのは部室だけで、相変わらず部誌の内容は決まらないし、けんかが絶えることもない。あたしの周りには時魔が寄ってくるし、あたしを守るように、ヒカルがその時魔をボコボコに退治する。そんな生活がそろそろ「普通」になり始めていた。


「二年の丸井タスクって、時魔だよね。」

ニコが唐突に切り出した。学校の先輩の話から、急に現実味を帯びない話に飛び、あたしはうっかり聞き逃すところだった。

「え、そうなの!?」

驚いたのはあたしだけだったらしく、カサメはこくんと頷き、ヒカルも知らなかったのかとでも言いたげな目をした。

「知ってたなら早く退治しちゃえばいいのに。」

「そんな単純な話じゃないんだよ。」

ニコに、バカにするように言われて、少しムッとした。

「お札は間違って人間に貼ってしまうと有害なんだ。時魔かどうかの証拠がないと退治もできない。山鳥みたいに即決で、後先考えず行動できるものでもないんだよ。」

ヒカルに、思いっきりバカにされて、だいぶムッとした。

「そうそう。アスカは昔から猪突猛進だからな。」

別の声が聞こえて、気づくと部室のドアに一人の男子生徒がいた。短い髪の毛に、短く細い眉毛、猫目の、あたしに良く似たその男は……。

「ヨウ!何してるの、部活は?ついにサボった?」

「今日はオフなの。いくら練習で忙しい柔道部にも、休みの日くらいあるっつーの。その貴重な休みに、子憎たらしい双子の妹の様子を見に来てやってるんだ。感謝してほしいな。」

そう、あたしの双子の兄、山鳥ヨウだ。二卵性双生児のくせにあたしと不思議なほどそっくりな顔や身長。しかし、ヨウは一回りも大きい相手を片手で振り回せるほどの腕力を持っている。さすがにあたしにはそんな腕力はない。

「双子?!アスカちゃんに双子の兄なんていたの?」

ヒカルとニコはいつもどおりだった中で、カサメだけが驚いた。

「アスカ、おまえ、俺のこと話してなかったの?」

ヨウも驚いた。あたしは驚かれることに驚いた。

「うん。だって言いたくなかったんだもん。ヨウは話してほしかったの?」

ヨウは手のひらを広げて、やれやれと首を振った。あたしたちはそこまで仲良し兄妹ではないのだ。

「へえ。山鳥さんの双子のお兄さんか。」

たいして驚いていないニコは、平然として言った。そのまま握手をして、自己紹介までし始めた。フレンドリーなやつだ。

「僕は二ノ原コウキ。ニコって呼んで。」

ヨウはニコの笑顔につられたのか、にこやかな顔になっている。

「あ、二ノ原って、あの一年E組の?俺、A組なんだけど、女子が噂してたよ。いやあ、有名だな、おまえ。」

どうやら、ニコはもてるらしい。意外だ。こんな調子に乗るやつが、ね。

「肝心の人は、振り向きもしないけどね。」

そう言ったときのニコの顔はかげっていて、どこかさびしそうな、怒っているような表情だった。・・・カサメかな?と勝手に想像していた。

「ふーん、大変だな。がんばれよ。」

ヨウは、ニコの言葉の意味を理解していないらしい。まるで、宿題を忘れてしまった友達を励ますような言い方だ。他も自己紹介をするかなと思ったが、ヒカルはさっき顔を上げてヨウの顔を確認したきり本に戻っているし、カサメは人見知りなので、あたしと会った時と同じようにムスッとしている。

「ヨウ、他の部員も紹介するよ。こっちのメガネが空島ヒカル。頭は良いけど冷めたやつ。」

にらまれたので、にらみ返した。いやなら自分で名乗れ。

「こっちの女の子が笠原アヤメ。みんなはカサメって呼んでる。」

カサメは小さく会釈した。いつもの威勢がなくて、かわいい。

「ああー!!」

ヨウが突然叫んだ。

「こいつ知ってる!〈憤怒のカサメ〉だろ?キレると、持ってる傘が凶器になるっていう・・・。怒らせたら保健室行きって一部で有名なんだよ!」

「・・・凶器っていうのは、これのことか。」

カチッとスイッチが入る音がしたのは気のせいなのだろうか。思ったことをそのまま言うヨウは、カサメの逆鱗に触れたらしい。カサメは鞄から折り畳み傘を取り出した。


 カサメが使い物にならなくなった折り畳み傘を捨てに行き、あたしがヨウの手当てをしている間に、話がさっきの時魔に戻った。

「だから、証拠をどうやって掴むかがポイントなんだよ。本当に丸井タスクが時魔かどうか、確かめなきゃいけない。」

ニコは最初、いつものように話していたが、やがてフェードアウトしていった。

「そういえば、ヨウは僕らの正体を知ってるの?」

小さく囁くように言ったニコの言葉に、あたしはドキッとした。・・・故意ではないのだ。

「ああ。昔から俺たちは時魔に狙われやすいんだけど、最近は極端にその数が減っているから、アスカに言ったんだ。『この近くに時魔を退治しているやつがいるのかもな』って。そうしたら、こいつ嘘つけないから、分かっちゃった。」

ヒカルににらまれた。今日はこれで何回目だろう・・・。

「まあ、それならそれでいいよ。でも他言は禁止だからね。」

いいらしい。こうして秘密は徐々に秘密ではなくなっていくのだと思うのだが。

「分かってるって。まかせろ、絶対人には言わねえよ。」

信用できない。

「頼んだよ・・・?」

ニコも同じ気持ちらしい。


 カサメも帰ってきて、「どうやって丸井タスクの魔黒石を見つけるか」という議論が始まった。

「服で隠しているんだろうなあ。」

「わたしがありかを白状させようか。傘があればいつでもできるよ。」

「カサメ、それ、半殺しにする気?」

「もっと文明人っぽくしようぜ。」

「わたしが野蛮人だと言いたいのか。」

「僕はそうだと思う。」

ニコとヨウが一度に吹っ飛ばされたので、物にぶつかる前にヒカルが光速で受け止める必要があった。カサメは折り畳み傘をもう一本隠し持っていたらしい。というか、傘って何のために使うものだっけ・・・。

「・・・そもそも、丸井タスクってどんな人なの?」

「二年A組、柔道部所属。ってことは、ヨウが知っているんじゃないか。」

みんなの視線が一気にヨウに集まる。

「・・・丸井先輩はあんまり部活に来ないんだ。でも柔道は強いし、ルックスも良いから、言い寄ってくる女子たちをとっかえひっかえして、毎日毎日デートに明け暮れていると聞いたよ。」

それって・・・

「最低!!」

思わずカサメとハモってしまった。

「時魔がどうとか言う前に、相当性格がひねくれてるわね!」

かろうじて形が保たれている折り畳み傘を振り回して、カサメが怒鳴った。危ない。

「たぶん、それは時魔としての行動だと思うが。」

ずっとしゃべっていなかったヒカルがボソッと言った。

「どういうこと?」

「時魔がすることは、人々の時を操り、魂を奪うこと。人の心を奪うことで時を奪うことになり、時魔の本来の役目の一つになるのではないか?」

あ、なるほど。

「え、え。」

中間試験の結果が下から一桁だったヨウは、まだ分からないらしい。あたしも人のこと言えたものじゃないけれど。

「みんな、明日の放課後、十五分だけ集まれるか。」

ヒカルはため息をついて、面倒くさそうに聞いた。

「うん・・・。」

「俺も?十五分だったら何とかなるよ。」

こうして、星座研究部の四人とおまけのヨウは土曜日の放課後に集まることになった。

「明日は時魔を一匹捕まえられるだろう。・・・たぶん。」

なんとも自信のないまとめで、長かったこの日の部活はお開きとなった。

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