第4話
イングリッシュ・マーシャ。その名前を知らない者はいない。伝説のガンマン、また十数年前に勃発した革命の英雄であり、弱気を助ける正義の味方であったと言われている。彼が子どもたちの
だがイングリッシュ・マーシャはその頃を境に忽然と姿を消した。理由は分からない。当時の大人たちが言うには革命の前夜に恐れをなして逃げ出したという噂であった。それは、正義を信じて止まない少女だった頃のノーバディには信じられないことであった。
革命の英雄は決して自分にとって不利な戦いでも逃げずに立ち向かっていくものである。思えばノーバディにとって初めて人を信用しなくなった始まりのような気がした。
「まあ、この話をどう受け取るかは、アンタ次第だ。だが、何せあの子がマーシャの子だと言って財宝の在り処も知っているそうだ」
「下らねぇ、ガキのホラじゃないのか」
「ああ、俺も最初はそう思ったんだがね。その子の身包みを見たらマーシャの財宝の在り処が書かれた紙があったのさ。こいつは即席で作れるもんじゃないよ。ガキが何者であれこの地図は本物の可能性が高い」
ガニコはそう言うと棚に置いてあったウイスキーを手に取るとコップに並々と注ぎノーバディにも奨めたが彼女は断った。
「まあ無理にとは言わねぇよ。お前さんが乗り気でないなら別の奴を雇うまでさ」
ガニコが注いだウイスキーに口をつけようとした。
「いいぜ。乗ってやるよ」
ノーバディは即答する。彼女はガニコの持っていたウイスキーを奪い取り、それを飲み話を続けた。
「ただ条件がある。そのイングリッシュ・マーシャ様の財宝ってのは何なのさ?まさか、その英雄様は金や地位なんかよりも日々の生活を大切にしろってんで、麦やら桑なんかを入れてあるなんて言わないよな?アタシはそんなのご免だぜ!」
「もし仮にそうならペキンパーまで、あのガキに執着しないはずだ。少女娼婦にここまで入れ込むには、ガキ自体に価値があるだけじゃない、二次的なもんがあるはずだ。しかも、その地図は、さっきも言ったとおり、この辺の紙なんかじゃ作れない。もっと精巧なところで作られた地図さ。それこそキチンとした製紙技術を持った奴が作っているような代物さ。期待を求めるだけの価値はある」
ガニコは少女の持っていた地図を机上に広げた。地図は古く色褪せてはいたものの読めないものでもなかった。地図には、ただ経路と、そこに何かあるように示されているように簡単な印が付けられていた。はっきり言ってガキの宝探しのような地図であった。
「まあ、順当に考えれば、目的の品は、この印だろうな」
「なあ、ガニコ。アタシにはこの話がとても旨いモンには思えねぇ・・・・・・何かアンタが確信してるような事があるんじゃあないか?何かアタシに隠し事とかよお」
そう問い詰めるノーバディに対してガニコは一度、彼女を睨んだが、またいつもの下品な顔つきになった。
「そうだなあ、たしかにお前を信じさせるには、この地図だけじゃあ物足りんよなあ・・・・・・いいだろう、なぜこの話を信じることになったのか」
ガニコは、おもむろに地図とは違う何かが包まれた敷物を取り出した。少女の持っていた黒い光沢を放っているコルト・マグナムである。チンピラ風情を殺したとき使っていた銃だが、改めて見てもノーバディは今まで見たこともないような銃であった。
「理由はコイツだよ。こいつは、イングリッシュ・マーシャの銃さ。名前は”ベルスタア”。由来は伝説の女ガンマンから来てるんだがよ。これは銃職人のジョゼフ・エッガーって爺の作ったもんさ。この世に二つとない銃だよ」
そうかいと適当な相槌をうってノーバディは言った。
「なんでアンタはそんな銃を知っているんだい?まるでイングリッシュ・マーシャを見た事があるような口ぶりだな」
「誰が観たことないって言った?俺がまだいい年したガキの頃さ、あれは一度観たくらいじゃ忘れねえよ。あれこそ、その英雄様の使っていたものさ。この銃は、まさしく『ベルスタア』さ」
「じゃあ、結局この銃も地図も信用できる情報はないってか?」
ノーバディはガニコに怪訝そうに聞いた。
「酷い言い草だな。まあ間違っちゃいないけどな」
「いいさ、どのみち渡りに船ってやつさ。次の賞金首のいる目的地のついでにやってやるさ」
ノーバディの返答ににガニコは微笑んだ。
「ノーバディ、おまえはやっぱり良い相棒だぜ!」
ガニコの言葉に対してノーバディは何も答えず話を続ける。
「そうと決まったら出発だ。ガキは借りるぜ」
「ああ、構わんさ。ぜひ良い話を待っているぞ」
保安官にガニコおっさんの使いだよと説明すると特に何も言わずに少女の入っていた檻の鍵を渡してくれた。
「今ここで起こっていることは俺は何も口はださねえが、お前のやっていることは俺も見てねえ・・・・・・だから早く消えてくれ。気が変わらんうちにな・・・・・・」
保安官は、そう言うと入り口に向かって出て行ってしまった。
「ありがてえこった」
ノーバディは、そう言って鍵を持って少女の檻まで近づいていった。少女は、昨日のこともあってか疲れている様子でうたた寝を決めていた。
「のん気な野郎だぜ。おいこら、起きろ!」
ノーバディが、鉄格子を蹴り上げると少女が飛び起きた。「わッ」っと小さな悲鳴を上げながら少女はノーバディに起こされたのを知るとひどく不機嫌な顔をした。
「ほら、出発だ。お目当ては英雄イングリッシュ・マーシャ様の遺産さ。テメーの分の馬と食糧は用意してる。さっさと準備しな」
ノーバディが鉄格子の鍵を開けて少女の前に食糧と衣服の入ったバックを目の前に投げると、少女は言った。
「どういうつもり?イングリッシュ・マーシャって何の話よ?」
少女は、そう言ったがノーバディが少女の持っていた”ベルスタア”とマーシャの地図を見せびらかすと何も言わなくなった。
「コイツだよ嬢ちゃん。こんなの持ってるから疑われるのさ。さあ案内してもらおうか、その財宝とやらを」
「私に選択肢なんてないのよね?」
「ああ、ないね。もし仮にそうでもなったらアンタを叩きのめしてから財宝の在り処を聞き出してペキンパーのところまで帰してやるよ」
ただしとノーバディは少女に1つ告げたした。
「もし財宝の話が本当で、お前がその場所まで案内させてくれると言うなら礼としてアンタを見逃してやるさ。どこにでも好きに逃げるといい。マーシャの遺産は頂くがな」
ノーバディは、そう言って看守の椅子に座り少女の返事を待った。しばらくすると少女は答えた。
「ええ、分かったわ。アンタの話に乗ってやる。こちとら牢屋で過ごすのは、さすがに考えものだったわ」
「よし出発だ。目指すは南のサウンズ・ヒルだ」
ノーバディは、上機嫌に鼻歌交じりに出て行くと少女も後に付いて行った。
「そんでアンタ名前は?」
「別に言う義理はないわ。そうでしょ
「名前が分からなきゃ、いろいろ不便だぜ。これから、一緒に旅するのにそりゃあないぜ。教えたって減るもんじゃないんだろ?」
ノーバディの言い分に少しは納得したのか少女はそっけなく答えた。
「コルダよ。ハニー・コルダ」
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