わりとテンプレな異世界転生 ~七鍵守護者の救世譚~

東利音(たまにエタらない ☆彡

わりとテンプレな幼年期編

プロローグ


 紅坂くおうさか透流とおるは、逆召喚陣ぎゃくしょうかんじんの前に居た。


 地面に描かれたそれ逆召喚陣は既に稼働を始め、淡くも眩い光を放っている。

 あとは、その中央に飛び込むだけだ。それでこの世界とは別の世界へと導かれるのだ。


「覚悟はよいのじゃな?」


 透流の師匠でもあり、保護役である天野あまの夢幻むげんが、透流に尋ねる。

 が、聞くまでも無いことだ。他に方法は無いのだから。

 事実それは念を押すという意味からの声掛こえかけではなく、透流の無事、、そして成功を祈っての言葉がけだった。



◆◇◆◇◆




 事の発端は、数日前に遡る。


 六鍵の守護者シクスベヒターである透流は、『冥界の通行手形ユンターヴェルトゲゼッツ』の異名を持つ少女、武藤むとう芙亜ふあとともに冥界の門を潜り抜けていた。

 目的はひとつだけ。

 復活の兆しを見せる冥界王、デューナゾードの再封印――厳密には封印の延長――を施すためである。


 暗く、周囲にはほとんど何もない異空間、あるいは亜空間。だが薄暗いものの、微かに光は差している。

 その場の中央には黒くうごめく大きな物体。これこそが封じられた冥界王の本体。


 そして、その周囲には六芒星を描くように六つの台座が据えられていた。

 透流はそれぞれの台座に一つずつ、実体化させた鍵を差し込んでゆく。

 芙亜はそれをただ黙ってじっと見守っていた。透流をこの場にいざなうこと。それで彼女の役割はなかば終わっているのだ。


「さてと。あとはじいさんから聞いた呪文だな……」


 透流は詠唱を始める。

 とうの昔に丸暗記してしまっている。

 すらすらと、それでいて淡々と透流は詠唱を続けた。

 呪文を結べばすべてに片が付く。

 透流の長かった旅が終わろうとしていた。


 透流の詠唱が最終文言に差し掛かる。

 透流は最期まで、詰まることなく流れるように唱え終えた。

 これで儀式は全て終わり……のはずだった。


「どういうことだ? 起動しない?

 呪文をとちったのか!?」


 透流は慌てて芙亜を振り返り見た。

 芙亜の顔にも不可解な表情が浮かんでいる。


「透流の詠唱は……、問題ない。一字一句たりとて」


 芙亜は短く答えた。透流のバックアップを司る芙亜も封印のための詠唱は暗記していた。

 ここで聞いていた限りでは、透流の詠唱に誤りは見当たらなかった。


「じゃあなんで?

 くそっ! もう一回、もう一回だ!

 壱からやり直してみるか」


「待って!」


 芙亜は再び詠唱を繰り返えそうとする透流を制した。

 詠唱をやり直すのはリスクを伴う。

 最悪の場合は、これまで集めてきた六つの鍵が効力を失くし、収集しなおす必要すら生じかねない。


 彼女は自分の役割を理解していた。

 透流は単なる鍵の管理人であって、冥府のことわりを感知できない。

 それができるのはこの場には自分しかいない。


 芙亜はゆっくりと六つの台座を確認していく。

 大丈夫だ。問題ない。

 鍵は作用している。うっすらと輝きを放っていることからもそれがうかがえる。

 それならば、何故なにゆえ新たな封印が発動しないのか。


 芙亜は周囲の力場に心を委ねた。

 六つの点からそれぞれ中央に向う六色の道筋が浮かぶ。


(おかしい……、詠唱を終えたはずなのに……、

 違う! 寸断されている!

 鍵からの力が中央に届いていない!?)


 芙亜が精神を集中すると、六つのエネルギーが合流する地点にうっすらと鍵穴のようなものが浮かんでいるのが認知できた。


「七つ目の鍵……」


 芙亜が小さく漏らした。


「七つ目の鍵?」


 透流が芙亜の言葉を繰り返す。


「そう、鍵は六つじゃ足りないんだわ!」


「馬鹿な、台座は六つ、それに……、この世界のどこを探したってこれ以上の鍵は……」


 言いかけて、透流ははっと気が付く。

 それは芙亜の言わんとしていることと同じだった。


「そう、冥界には鍵なんてそもそも存在しない。

 わたしたちの世界には六つしか鍵は無かった。

 だとしたら……。魔界……」


「魔界……?」



◆◇◆◇◆



「参ったな……」


 冥界での再封印の儀が失敗に終わり、天野の元へ戻った透流は頭を掻きながら思わずそう漏らした。


 片田舎の山里の奥。

 辺鄙な場所に建てられた、天野家に代々伝わる屋敷。

 屋敷のほぼ中央に位置する客間に天野、透流、芙亜の三人は居た。


 透流が思わずネガティブなことを口にしてしまったのは、その前に天野が語った内容があまりにも面倒だったからだ。


 封印の儀の失敗を告げられた天野が透流と芙亜に向けて述べたこと。

 それは、ある意味では至極まっとうであり、ある意味では透流の理解を超越していた。


「なるほど……、七つ目の鍵か……。

 その可能性は無きにしも非ず……とは思っておった。

 そもそも、現在施されている封印は儂らの世界から為されたものではないらしい。

 知っておろう?

 お主らの特別な力のいしずえが何に由来するか?」


 言われるまでもない。透流、芙亜達のように選ばれたもののみが扱える力。

 科学に支配されたこの世界での異質な力。魔力とも呼ばれるその力の源は、魔界にある。


 天野は、二人の表情だけを見て続けた。


「それぞれの世界で自分たちの世界をどう呼び習わしているかは知らんがの。

 この世界があり、冥界があり、そして魔界がある。

 これらはまったく異質な世界じゃ。じゃが繋がっておる。完全に独立した世界というわけではない。芙亜が冥界へ干渉することが可能なようにな。裏と表、表裏一体、三つの世界が密接に絡んでおるのがこの世界の真の姿。

 そしてお主たち、儂も含めてじゃが……。

 鍵を鍵として形作る能力、自然現象を操る能力。冥界への行き来。

 それら全て魔界由来の力。魔界を源とする力をほんの少し融通して貰っているにすぎん。

 地・水・火・風、そして光と闇……。

 六つの力は、この世界の構成とも通ずるものがある。

 じゃが、七つ目の力――、芙亜の話では六つの力を束ねた力。

 それはおそらく儂らの世界では手に入らんのじゃろう」


「ええ、感じることはできましたが……、あれは未知の力です。

 出会ったことも、もちろん触れたこともないような。表現することすら難しい……」


 芙亜が慎重に言葉を選びながら語る。


「そのとおりなんじゃろう。

 儂らの世界には無いもんじゃ。ということは……。

 それを手に入れるためには、魔界に赴かねばならん。

 そしてそのための方法は……」


 そこで、天野は言葉を切った。

 それを告げるのが二人にとって酷だとわかっていた。

 他に方法があれば教えてやりたい。

 だが、選ぶべき手段はひとつしかなかった。


「魔界……。

 いや異世界と言ったほうが通りがよいじゃろうな。

 魔力が常態で存在し、魔王が統べる世界ということから魔界と呼びならわされているが、伝手を頼って聞いた話では今は魔王の座は空位らしいからの。魔力はあっても魔王はおらん。そういう意味では異世界と呼ぶ方が適切なんじゃろう。

 異世界へ行って、七つ目の鍵を探し当てるしかなかろう。

 ただ、困難なのは、この世界と異世界を簡単に行き来する術が無いということじゃ。

 異世界に行くためには、一旦この世界の体から離れ、新たな身体を得る必要がある。

 つまりは、『』。

 この世界での記憶を持ったまま異世界へ生れ落ちる。

 どういった種族、環境で命が宿るのかはまったく想像もできんし選ぶこともできない。

 また、今身に着けている魔法や透流の流態カスタムが発揮できないこともあろう」




 そこまでの話を聞いての透流の「参ったな」発言である。

 が、他に手段がないのであれば、残った道を進むしかない。


「で、どうすればいい?

 その辺を歩いてたら、召喚陣に巻き込まれるのか?

 それともハローワークでトラックに轢かれるべきなのか……。

 あっ、そうか、その前にトラックに轢かれかけている幼女を探さなきゃなんないな」


 透流の問いに、天野は答える。

 もちろん透流の言葉が自嘲混じりの冗談であることは把握している。


「それは簡単じゃ。

 逆召喚陣……。

 そういったものが伝わっておる。

 実施には時と場所を選ぶがの。

 大した術式ではない。ただ、利用価値が低く、元の世界に戻って来られる保証もないために半ば忘れ去られようとしているだけじゃ。

 同時に二人は無理じゃ。

 どちらかを先に送り出して、もう一人は後日……ということになるじゃろう」


「で、その時と場所って?

 最短でいつになるんだ?」


 と透流が再び尋ねる。


「明後日の満月。

 場所は、ここ。

 この場所ほど魔力脈の集中している場所はそうはあるまいし、自分の家じゃからの。

 好き勝手がきいて楽じゃわい。

 屋敷の庭に召喚陣を描く。

 その次はまた一ヵ月後の満月じゃな」


 そこまで聞いて透流は決意を固めた。


「なら……、まずは俺が行く。鍵の管理はどうせ俺しかできなんだ。

 早い方がいいだろう?」


「では、その後にわたしが」


 と芙亜も続いた。


「すまんのう。

 儂も行きたいところじゃが、こっちに残って逆召喚陣を作動させる役割も必要じゃし……」


「で、魔界……、いや異世界か。

 どんなところなのか、そういった情報は……」


「すまんが、詳しいことは何もわからぬ。

 この世界とは何もかもが違っているかもしれん。

 ただ、わかっているのは異世界は魔力に寛容じゃということ。

 こちらにはない七つ目の鍵の手掛かりも……、また、こちらの世界に戻ってくる方法も……、望めば手に入る可能性は低くはない。

 あとは、異世界とこの世界では時間の進みが異なるらしいということぐらいじゃのう。

 どれほどの差があるのかわからんし、行き来する際にも多少は時間のずれは生じるじゃろう。

 お前たちが帰ってくるまで儂が生きながらえておられるか。

 それすらもわからん。

 まあ、冥界王が復活するのであれば、それは異世界にも兆しが見えるじゃろう。

 その時は、異世界から冥界へ。芙亜の力があれば簡単なはずじゃ。

 この世界から冥界へ赴くよりもな。

 直接再封印を施せばよいのじゃ。帰る方法を探すのはそれからでも遅くはない。

 そんなところじゃの。

 仮に……。この世界の人間の召喚方法が手に入ったならその時は遠慮なく儂を呼んでくれ。

 おいぼれじゃが、何かの役には立つじゃろうて」


 天野の申し出に透流は静かに首を振る。

 天野の力を過小評価しているわけではない。

 だが、この一件はそもそも自分と芙亜に与えられた任務なのだ。

 透流はそう認識していた。


「明後日か……。

 異世界の飯がどんなものかわからねえし。

 こりゃ、明日中に美味いもんを沢山食っとかねえとな」


 それで決まった。天野の話では逆召喚魔法陣の展開の準備にはそれほど時間もかからないという。透流と芙亜の手助けも要らないということだった。

 

 透流にしても、芙亜にしても必要なのは心構えだけ。

 今からできることは何もない。体ひとつ――あるいは魂ひとつ――で転生するだけのことだ。

 透流は、異世界転生までの期間を休息にあてた。


 そして、決行の日がやってくる。




◆◇◆◇◆




「ああ、じゃあ行ってくる。に転生してくるさ」


 言い残すと透流は魔法陣に飛び込んだ。


 自ら望んでの異世界転生。世界の秩序を保つため。

 冥界王の封印を延長する、その手段――七つ目の鍵――を手に入れるため。


 透流の異世界生活が幕を開けた。

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