第4話 商取引
「というわけでな、知る人ぞ知る特別な製法と少しの魔法力。
それさえあれば、価値の高いアイテムが精製できるってわけだ。
別名『ピンクポーション』」
あんな葉っぱからピンクの液体が出来上がるとは思えないが、そこは魔法の力なんだろう。
「それでその材料のひとつが、『ルズ』だということですか」
と俺は尋ねた。
「そういうこと。
あとは、そこらに溢れる安物の薬草だ。
重要なのは製法と『ルズ』。
はい、ピンクポーションのいっちょできあがり! ってね」
「だからあんなに高いんですね」
「高い? 『ルズ』が?
おいおい、そんなことないぜ。むしろ薬草のうちじゃあ安い方だ。
単独では効果も無いし、入手難度も低いんだ」
「えっ、でも30000Gぐらいはするって……」
「ああ、それをお前さんの中では高いというのか。
まあ、そうだろな」
ムルは、そこで俺の年齢に思い当ったようだ。
どうにも、地が出てしまっている。会話する上では、俺はもっと大人びていると感じられているのかもしれない。
「とにかくだ。
非常に都合のいいことに俺は、その
買い手はギルドで十分だ。
今のお前からしたら想像もつかない稼ぎになるぜ?」
「その条件として生えている場所を教えろってわけですね」
「そういうこと~。
だけど、俺はずっとここに留まることはない。
まあ長くても一週間だな。
だからその後はまた、お前の好きにすればいいさ。
だがな、製法は決して他人にばらしちゃいけねえ」
自分はいいのかよ! と突っ込んでしまいそうになったが普通に話を合わせる。
「どうしてですか?」
と至って普通のことを聞く。
「そりゃあ、信用ならねえ奴にばらしたら、広まっちまう。
そもそも、『ルズ』なんて他の地方ではそれほど珍しくもない草だ。
で、この地方だとそれなりに希少。
だが、効果的な利用方法を知っている物が居ない。
だから、希少なわりには値打ちがない。
ここまではわかるか?」
「なんとか」
「だがな、ここに『ルズ』が生えていて、しかも特殊な製法を知ったものが居るとするわな。
一気に『ルズ』の価値が上がるんだ。
利用価値が出来る。しかも独占だ。
知っているかい?
俺達が作ろうとしている魔法薬の末端価格。
ただ単に魔力を中程度回復するだけのアイテムなんだがな、1万やそこらは下らねえ。
それほど高価ではないが、まあ中級冒険者の必須アイテムだ。
需要はあるんだ。
こんな辺鄙な街にだってわざわざ瓶詰にして運んでいるくらいだ。
それよりレベルが落ちるアイテムだと、費用対効果が急激に落ち込むからな。
だがそれっていうのは、単に作り手が限られているから価値が上がっているということだ。
誰でも作れるようになったらすぐに品余りの状態になっちまう。
そこを押さえているのが今のピンクポーションの製造元だ。
ほとんどその製法は流通していない。
俺みたいに知っている奴が居ても金儲けのために使わない。
そんな暇がないってのもあるが、仁義って言うのもある。
乱造しないことを条件に教えて貰ったようなもんだからな。
わかるかい?
需要と供給、費用対効果。乱造と仁義?」
いまいちピンとこない。いや『需要と供給』や『費用対効果』とかについてはわかる。
わからないのは値段のことだ。
一万だったら、『ルズ』そのままの方が高いじゃんと思ってしまう。
それを正直に尋ねる。
「ああ、そういうことか。水で薄めて売るんだよ。
小瓶に詰めて、封印を施せば効果は数か月は失われない。
そうだな、大体『ルズ』一枚で100本ぐらいか?」
瓶や他の薬草の仕入れもろもろの諸経費を差っ引いても……。
100万G近い金が転がり込むことになる。
まあ、山分けだろうし、取り分は……。
そうだ、取り分だ。まさか製法だけ教えて終わりってことでもないだろうけど……。
それも嘘を教えられたら……?
「なんだ? 俺が信用ならねえって顔してるな」
「そういうわけでもないんだけど……」
「まあ、先に分け前の話をしておくか。
魔法薬100本ほどは俺にくれ。
ちょっと入り用でな。それだけあると助かる。
それ以上の薬ができたんなら、それはギルドに売りつける。
分け前は半分だ。
加えて、製法を教えておいてやるよ。
お前を信じてだぜ。誰にも言うなよ。秘伝の技なんだ。
高い金を払っても買えない。
もし万一誰かがそれをばらしたら、人の口に戸は立てられない。
いずれ、見つかり制裁を受けるだろう」
うーん。魅力的すぎて……。
ちょっといろいろ悩んでしまう。
それに……、そんな重要な情報を知っていることがばれてしまったら、なんかそれだけでいろいろ狙われたりしてしまうんじゃないか……。
それをそのままムルさんに言う。
「あの、僕みたいな子供が作り方知ってるとまずくないですか?
狙われちゃったり……。
そもそも乱造しちゃいけないって……」
「ああ、そりゃそうだ。
ギルドなんかにゃ持ち込めないな。
俺みたいな冒険者だったら、旅のついでに輸送したりして小遣い稼ぎをしている奴もいるから、入手経路の誤魔化しようもあるが」
「ですよね~」
「じゃあ、お前のあの店。あそこに客を紹介してやるよ。
信頼のおける、口の堅い奴だけだ。
こんな街にでも月に数人は来るだろう。何せ顔が広いんでな。
合言葉でも決めてそいつらにだけ売ればいい。
10本単位で買うのが普通だから、結構な稼ぎになるぜ?」
どうしよう? それこそ『人の口に戸は立てられない』だ。
どこかからそんな情報が漏れないとも限らない。故意にしても過失にしても。
ふと別のアイデアが浮かんだ。
「ムルさんって、他にも魔法薬とかアイテムとかの作り方って知ってますか?
その……、売り物になって俺とかが知っててもおかしくないやつで」
「ああ? 知らないことはないが……。
どうするつもりだ?」
「その、ちょっと危ない薬の作り方はいいです。
でもその代り、僕でも平気な魔法薬の調合方法を教えてくれませんか?」
それだったら、無難な商売ができるはずだ。
「俺はそれで構わないが……、このあたりで採れる薬草だけだと種類は知れてるぜ?」
「ええ、それで」
「欲のない奴だな。
変わってるな、お前」
「普通だと思いますけど?」
「そうか?」
ということで話はまとまった。
取引成立だ。
俺はムルさんにあの薬草の生えていた場所を教える。
ムルさんは俺に、魔法薬――無難なやつ――の調合方法を教える。
それだと俺に悪いということで、いくらか現金を支払ってくれることにもなった。
大した金額ではない。道案内の日当代わりだ。
早速翌日の朝から、出発することにして、ムルさんは宿に帰って行った。
「はて、さて……、これはどうしたことだろう?」
別にムルさんは怒っているわけではない。
あと数枚は生えていたはずの場所。確かにその通りだった。
二枚ぽっちでも数枚に含まれる。
問題は、その辺りをどれだけ探しても他に生えている場所が無かったということだった。
もっと沢山採れると思っていたのだが。
あたりを散策しながら、ムルさんが説明してくれる。
「そもそもこいつの分布エリアは特殊でね。
あまり広く拡散しない。
それというのもこいつらの領域を増やす策略にあるんだ。
言ったよな?
ボォンラビットが近くに居なかったかって?」
確かに昨日そういう話だった。
「こいつの実はな、誰も食わない。何故だか知らないが、そのボォンラビット以外は取り合わねえんだ。
で、根が太くて沢山生えるもんだからな。密集してしまうと枯れてしまう。
だから、うさぎちゃんに食べて貰って、その実の中の種を糞として遠くに運ばせてるんだ。それの繰り返しで、狭い範囲で世代交代していく。
そういうわけで、こいつの生えているところにはうさぎちゃんがいるわけだ……。
本来ならな」
このあたりにはうさぎちゃん――ボォンラビット――どころか、魔物の気配がしないらしい。
「うーん。
ボォンラビットなら、この辺りまで勢力を広げていてもおかしくないからなあ。
群れでいるんだと思っていたが……。
たまたま一匹だけ迷い込んだか……?
それとも……」
ムルさんは立ち止まって考え込む。
「なあルートくんよ?
俺はもう少し森の奥まで散策しようと思うんだが、どうする?」
どうするとは付いていくのか、引き返すのかということだろう。
この辺りには、魔物は出ない。狩りでも薬草とりでも毎日やってくる場所だ。
一人で帰る分には問題ないが……。
好奇心が勝ってしまう。
初めて出会った冒険者。しかも凄腕っぽい。雰囲気だけは。
まだ足を踏み入れたことのない森の奥に行く絶好の機会。
このあたりの魔物の強さを肌で知るチャンスだ。
考えた末、俺は選択した。
無難より冒険。
「お邪魔でないのなら」
と控えめに。
「おうよ、お前の安全は俺が護るよ。
腕は確かだ。それは俺が保証する。
なんせ、1000の通り名と、10000の異名を持つ男だからな」
とムルさんは気軽に応じてくれた。
自画自賛。桁も増えてるし二つ名でも偽名でもなくってるし、『通り名』と『異名』の違いがわからないけど。
危険な感じはしなかった。
剣の腕はゴーダ以上。そんな感じもするし、魔術だって使えるんだろう。
安心安全な添乗員(護衛)付きの森の奥ツアー。
なあに、昼までには帰ってこれるさ。
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